国内証券最大手の野村ホールディングス(HD)は、永井浩二グループ最高経営責任者(CEO)が「外科手術」と呼ぶ構造改革策を発表した。グループ中核の野村証券の156ある店舗のうち2割にあたる30店以上を数年かけて統廃合する。
海外事業は不振続き。グループ全体の足かせとなってきた欧州でのトレーディング事業は大幅に縮小。人員を減らし、コストを半減する。
一連の対策によって、今後3年間に、2018年3月期比で1400億円規模のコスト削減を目指す。
野村HDは19年3月期、1004億円の連結最終赤字に転落した。赤字になるのは10年ぶり。08年に買収したリーマン・ブラザーズの欧州・アジア事業の収益が上がらず、「のれん代」を減損処理したことが大きな要因だ。野村HD子会社の野村証券の取締役や執行役などの報酬を減額する。重複している人を含む60人について、19年3月期の業績に応じて変動する賞与部分をゼロとした。
構造改革策の中身はコスト削減の色合いが強いが、証券取引のデジタル化や顧客の高齢化への対応を意図したものだ。しかし、遅きに失した感は否めない。
証券取引はいまやネット経由が主流だ。口座数では、ネット証券のSBI証券が野村証券に迫る勢いだ。高齢になった顧客が、保有していた株式を売却する動きも進む。野村証券では17年3月期からの2年間で75歳以上の顧客から1兆円近くの預かり資産が流出した。
厳しさで知られる証券会社の営業のなかでも野村証券は別格だった。“ノルマ証券”と異名をとる突出した営業力で顧客を囲い込み、国内最大手の座に永らく君臨してきた。こうした成功体験が、大胆な改革を遅らせてきた。
●リーマン買収を主導した2人
野村HDが海外の法人向け事業で大規模なコスト削減を実施するのは今回で5回目。08年に、経営破綻した米投資銀行、リーマン・ブラザーズの欧州部門を買収したが、これが失敗だった。野村が買収する前にリーマンの優秀な人材は自分で新しいポストを見つけて脱出していたし、買収後も「まあまあ優秀な人間」(外資系証券会社の欧州部門の幹部)が次々と辞めた。
財務出身の渡部賢一社長(当時)と海外畑の柴田拓美COOのコンビがリーマン買収を主導したわけだが、この判断が最悪だった。柴田氏は英ロンドン、香港、米ボストンで計17年海外駐在した“国際派”。
柴田氏は当時、「会社を買収したというよりも、人材を買った」と胸を張ったが、これは幻想だった。最終的にはリーマンの8000人の外人部隊を4000万円台の高給で雇った。「彼らがペイ以上の稼ぎをしなければ、すぐに赤字になることは子どもでもわかる。そして、現実にその懸念どおりになった」(野村HDの元役員)と内部でも批判の声が上がっている。
ホールセール部門(法人向け)の日本人社員までリーマン流の成果連動型の報酬体系に変えてしまったことで、「どう逆立ちしても利益が出ない高コスト体質になってしまった」(前出の元役員)という。
国内営業を知らない渡部、柴田両氏の2トップが「リーマン部隊が加われば野村は世界クラスの組織になる」という机上の空論を実践した結果が、野村HDの長期低迷を招いたといっても過言ではない。11年秋頃、「野村HDが三菱UFJフィナンシャル・グループに買収される」という噂が駆け巡ったが、赤字に陥ったことで、この観測が再燃する可能性もある。
●日本郵政との軋轢
多くの営業マンを使って対面での顧客を増やし、大量の投資信託を販売したり、株式の注文を受けたりするのが野村証券の伝統的な営業スタイル。強固な営業力を武器に高い収益を誇ってきただけに、営業部門の社内での発言力も強かった。
だが、改革に乗り出した矢先に“ガリバー野村”の地位が揺るがすような事件が起きた。日本郵政が保有する、かんぽ生命保険株の売り出しの主幹事から野村証券が外れたのだ。全体を仕切るグローバル・コーディネーター(GC)は大和証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、JPモルガン証券の3社。GCに次ぐ主幹事にみずほ証券とメリルリンチ・インターナショナルを選んだ。
「野村外し」の理由として業界内でささやかれているのが、17年の野村不動産ホールディングスの買収交渉失敗だ。日本郵政はマンション開発に強みを持つ野村不動産を狙い、同社株を3割強保有する野村HDと交渉を重ねてきたが、価格面で折り合えず交渉は決裂。日本郵政には「はしごを外された」という恨みだけが残った。
野村HDは15年の日本郵政、かんぽ生命、ゆうちょ銀行のグループ3社の同時上場や、17年の郵政株の2次売り出しで、いずれもGCに入った実績がある。
だが、19年1月にかんぽ生命が初めて劣後債を発行した際、引受先は大和証券、みずほ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の3社で、野村証券は外れた。今回で2連敗だ。
KDDIがカブドットコム証券に出資するなど異業種からの参入もある。バブル崩壊後の野村HDの収益力の低下は、証券市場の長期低迷の象徴でもある。
(文=編集部)