「あなたとセックスするのは、やぶさかでない」とのたまった御仁。
私は、あまりにもなオファーにどう返答していいのかわからず一瞬フリーズしてしまった。しかし、こちとら百戦錬磨の40女だ。凍りついたとしても0. 1秒で解凍し、「お気遣いありがとうございます」と慇懃無礼(いんぎんぶれい)に深く頭をたれてみせた。
あくまでビジネストークに徹してみるが続けて、「そのあたりはいまのところ間に合っています。......ところで、いただいたお仕事の納期についてですが」とビジネストークに緩やかに切り替えた。やぶさか野郎は、少々バツが悪そうだったが、しょせん男はかっこつけしいな生き物だ。奴も突然キリッとして、納期の話をはじめた。
ところが軌道修正してもしても、「セックスするのはやぶさかでないトーク」にもっていこうとするのである。相手は「なんなら今夜、やぶさかでない」モードになっているので、私はおもむろに腕時計をみて「あ! 電車に乗り遅れる。どうしてもこの時間の電車にのって帰宅せねばなりません。では!」と、トークをしめて店を出て、駅までのタクシーに乗り込んだ。
どういうつもりかやぶさか野郎は、自宅が反対方向にも関わらず「駅まで送ります」と私のタクシーに続けて乗り込んできた。
そのあともやぶさか野郎のセクハラは続いた。私の仕事場は自宅のなかにあるので、名刺に記された住所がイコール「住んでいる場所」になる。やぶさか野郎は夜中に突然「いま、近くにいます」とメールを送ってきたりした。これらは完全に無視して、仕事の用件の連絡が届いたときのみ返信した。
すると今度は、やぶさか野郎の態度が変わり、パワハラをしはじめた。さすがに頭にきて「こういうことが続くようならば、仕事をおります」と抗議したら、「それは困る!」と慌てはじめた。なぜなら、この仕事は、やぶさか野郎の上司から私指名できている仕事だったからだ。
こうなったら仕事を完璧にやり遂げて、やぶさか野郎とだけ縁を切るしかない。お値段以上のものに仕上げて、そのプロジェクトを終わらせた。ことの顛末(てんまつ)をなにも知らないやぶさか野郎の上司からは、「良いものをつくってくれてありがとう」と礼を言われた。
とにかく、「女40代、離婚してひとり」という状態なだけで、普通にしていればスムーズに進んだ仕事が、ねっとりとした状態をかいくぐりながらの面倒くさいものとなったし、パワハラを受けたりもして、心底あと味の悪い仕事となってしまったのだ。
しかし、このあと三度目の屈辱を味わうことになる。どうしても気がおさまらない私は、一連の話を女友だちに聞いてもらったりしたのだが、結構な割合で「いつまでも女として見られてるって証拠じゃない」「あなたにも隙があったんじゃないの」と言われてしまうのだ。
ああ......このなんとも言えないモヤモヤ、どうしてくれよう。モテ自慢をするんだったら、こんなしょぼくて惨めな話、しないし! 同性にも理解されないという屈辱。
40代ひとりの女性は、とことん面倒くさい世界にいるのであった。
イラスト/藤田佳奈美
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