制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題...の画像はこちら >>



Text by 西森路代
Text by 家中美思



2025年度後期放送のNHKの連続テレビ小説『ばけばけ』が注目を集めている。



制作統括を務めた橋爪國臣は、『青天を衝け』(2021年)、『ブギウギ』(2023年)などを手がけてきたドラマプロデューサーだ。

本作は、2023年の社会情勢を背景に企画が始動したのだという。



『ばけばけ』は、ナレーションに頼らず進む物語や、現代的なセリフの口調、映画のような画面の美しさも注目されているが、その裏では、脚本の書き直しや主題歌から生まれた重要なシーンなど、数々の試行錯誤があった。



本作の企画を立ち上げた橋爪へのインタビューを全2回にわけて紹介する。前編では、制作統括という役割から、脚本家・ふじきみつ彦との協働、そして『ばけばけ』の世界観が形づくられるまでの過程を聞いた。



―橋爪さんは『ばけばけ』の制作統括という立場ですが、どのようなお仕事なのか、まず教えてください。



橋爪國臣(以下、橋爪):ドラマでやりたいことを明確にして、キャスティングして、撮影が始まったら広報や制作、演出など、それぞれのプロフェッショナルと話をすることが制作統括の仕事です。



脚本家と一緒に脚本を作ることが全体の設計図になるので、2週間に1回、ふじきさんと打ち合わせをしていました。



また、現場で撮った映像の編集が終わったら試写をして、出来上がった作品を見て当初の方向性とズレていないか客観的に判断します。作ったものをどう世の中に出すかということを考えるのも、大きな仕事ですね。



制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題歌から生まれた散歩のシーン【前編】

橋爪國臣(はしづめ くにおみ)。ドラマプロデューサー。大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)、連続テレビ小説『ブギウギ』(2023年)などを手がけ、2025年度下半期の連続テレビ小説『ばけばけ』の制作統括を務める。



―橋爪さんは、普段、どこにいることが多いんですか?



橋爪:基本的にはオフィスにいていろんな仕事をしています。でも現場を見て状況を知っておかないといけないので、時間のあるときや、重要なシーンの撮影のときなどは現場に行っています。こうやって説明していると、仕事をしていないみたいですね(笑)。とはいえ、メールだけで1日に200件くらいきていて、毎日、忙しく過ごしております。



―全体の方向性を決める最初の部分は脚本家選びかと思いますが、ふじきみつ彦さんに脚本家として声をかけたのは、どのようないきさつがあったのでしょうか?



橋爪:2023年の夏から秋くらいに、僕が2025年下半期の朝ドラを担当することが決まり、せっかくやるのならテーマ性があるほうが良いなと思いました。



その頃、政治的な分断や、自分の正義をかざして誰かを批判するようなことが目立つようになり、そういった出来事に対してメッセージのあるドラマにしたいなと考え、バックグラウンドに同じテーマが流れている人を探しました。



そして、ふじきさんならエンタメ性を保ちつつ、テーマも組み込んだドラマが作れるのではないかと考えてお願いしました。脚本家も、自分が書きたいテーマや人物でないと面白いものが書けないと思ったので、伝記を200冊から300冊くらい読んで、そのなかからふじきさんが関心をもてそうな4つのテーマを提示しました。その4本は、広島、長崎、大阪の話と、小泉セツさんの話だったんです。



制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題歌から生まれた散歩のシーン【前編】

モデルとなった小泉八雲(左)と小泉セツ(右) / Rihei Tomishige (1837-1922)



橋爪:ふじきさんは最初、別の話を選んでいたんですけど、ちょっと筆がのらないということで、小泉セツさんのほうを書くことになりました。ただ、ふじきさんには言っていなかったんですが、僕も最初から小泉セツさんの話がいいなと思っていたんです。



―ふじきさんは、メッセージ性のあるものを表立って書くタイプではないと御本人も言っていますが、そのあたりはどう考えられていましたか?



橋爪:もちろん、テーマについてはお伝えしてたんですけど、ふじきさんにメッセージ性の強いものを書いてほしいというよりは、この人たちの生活を面白く書いてくれればいいと思っていました。



声をかけたあとは、ふじきさんと松江に行き取材をし始めましたが、3か月くらいは2週間に1回会って、「我々にとっての怪談とはなんですかね」なんて雑談をするだけのこともありました。



橋爪:そのあと、あらためて2024年の4月くらいに企画書を書き直しました。そのときに、ふじきさんが「この世はうらめしい。けど、すばらしい。」というキャッチコピーを書いてきてくれました。最初はキャッチコピーにする気はなかったそうなんですけど、これをきっかけに、『ばけばけ』のトーンも決まってきました。



―朝ドラを作る中で、最初に松江を散歩するだけという、ゆったりした時間があったんですね。



橋爪:朝ドラの作り方は人それぞれだから、みんなが同じかどうかはわからないんですが、今回は、ふじきさんと一緒に松江に行って、ただ町を歩き、雑談やディスカッションを深めたなかで、出てきた世界観をつかんでもらうというやり方が合うんじゃないかと思っていたんです。



制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題歌から生まれた散歩のシーン【前編】



―そのあと、ふじきさんは2024年の年末から2025年の年始の間に、一度書いていた最初のほうの脚本を書き直したそうですね。



橋爪:その頃、ふじきさんは第1週から第3週までを書き終えていたんですが、正直、そこまで面白いものではなかったんです。ただ時間がないからここでOKを出さなければならないとう状態でした。



でも4週目の脚本があがって、読んだらすごく面白かったんです。「ふじきさんの筆ってそういうことだよね」という面白さがありました。



それが12月の初めくらいだったんですけど、第4週の脚本が面白かったと伝えたところ、ふじきさんも書き直したいと言ってきました。1週間に1回分を仕上げるペースで書かないと撮影に間に合わなかったのですが、ふじきさんは「それでも書きなおしたい」と言ってくれて。年明けにいただいた脚本を読んだら、ふじきさんらしさが出ていて、すごく面白くなっていたんです。



―どんなふうに面白くなっていたんですか?



橋爪:書き直す前は、時代劇ということにとらわれていたのか、プロット通りに進めるための言葉が詰まっていて、生きた人間が話す言葉、魂をもったセリフになっていなかったんです。



だからプロット自体は変わってないけれども、セリフは8割がた変わっていました。物語を進めるためのセリフではなく、ふじきさんの色が入ったセリフというか。



たとえばトキがしじみ汁を飲んで「あー」と言って、父の司之介が「武士の娘がはしたない」と注意するシーン。こういったやり取りが入ったことで、場面が生き生きしていて、ふじきさんの世界の物語が始まったなと思いました。



制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題歌から生まれた散歩のシーン【前編】



―ハンバート ハンバートさんの主題歌“笑ったり転んだり”についても教えてください。佐藤良成さんは作詞の際に、脚本をあまり読まずに歌詞を書かれたと聞きましたが、『ばけばけ』の世界観にはすごく合っているように思います。それはどのように成立したのでしょうか?



橋爪:小泉セツさんが書かれた『思ひ出の記』という回想記があります。淡々とセツさんとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)さんとの間に起こったことが書いてあるんですが、ふたりの素敵な距離感が伝わる本なんです。



我々はその本を読んで、この空気感を物語にしたいと思ったし、ふじきさんにはそれが書けるだろうと思いました。最終話に至るまでふじきさんはこの本を読んで書いたのではないかと思います。



橋爪:良成さんにも同じ本を読んでもらって、「この空気感で主題歌を作ってほしい」とお願いしました。結果、良成さんが抽出して出来たのがあの歌だし、ふじきさんが抽出して作ったのが『ばけばけ』です。



同じものを読んで、違う解釈をしてできあがったからこそ良かったんでしょうね。良成さんに依頼したときは、良成さんの感性をいただきたくて、ほとんどリクエストを出さずに丸投げをしてしまいました。あとで「大変でした。もっとヒントが欲しかったです」と言われてしまったんですが、「大変だからこそ、良い曲ができたんじゃないですか」って(笑)。



“笑ったり転んだり”には、ふじきさんにも思いつかないようなことが書かれていて、ヘブンさんがトキにプロポーズするときに散歩をするというのも、良成さんの歌詞からイメージが生まれて、あの距離感になったんです。



―トキとヘブンの距離が近づく13週は忘れられないものになりました。ふじきさんは恋愛を書くのは苦手と言われていますが、それでもすごく伝わるものが大きかったです。どのようにあの場面ができていったのでしょうか?



橋爪:あのシーンは、ふたりの距離感はあまり変わってなくて、その距離感で一緒に歩き続けましょうと誓い合っただけなんです。



恋愛として成立させようとして書いたわけではなく、思ったことを淡々と書いていったら恋愛になっている。「好きだ!」と言った瞬間にカメラがぐるぐる回って、高らかに音楽がかかるわけでもありません。だからこその感動があるし、ふじきさんらしいかたちの恋愛になっているんじゃないでしょうか。



脚本が淡々としていたので心配なところもあったんですけど、あの間合いで撮影した結果、映像は淡々としていながらも感動できるものになったんです。



制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題歌から生まれた散歩のシーン【前編】



―私も、仕事で脚本を読ませてもらったんですが、読んだときよりさらに感情が伝わるものになっていました。



橋爪:脚本は淡いんですよね。でも演出の村橋直樹の情熱のある演出とあわさって、ふたりの良さが出たんじゃないかと思います。トキとヘブンのふたりが散歩するということは書かれているんですが、夕陽の中を歩いているということは、ト書きには書かれていません。このドラマは、そうやって台本やト書きから何をどう読み取って撮っていくのかが大事でした。



―そうですね。見ていて、ふじきさんの淡々としたおかしみと、村橋さんの情熱の感じられる演出と、俳優さんたちの複雑な表現の組み合わせが、すごくうまくいってるのではないかと思いました。



橋爪:俳優に関しては、ふじきさんの持つ空気感に合ったキャストを選ばないと面白くなくなってしまうので、それを最大の条件にキャスティングしました。



村橋は優秀な監督なので、ふじきさんの淡さを、少しだけ視聴者にもわかりやすくなるように演出することで、よりうまく世界観が伝わっていると思います。



もしかしたら、村橋はふじきさんのようなタイプの脚本を演出するのは得意じゃないかもしれないんですけど、今回はお互いの良さがうまく反応していいものになっているんじゃないかと思いました。



制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題歌から生まれた散歩のシーン【前編】



―淡々としすぎず、かといってエモーショナル過ぎず、ちょうどいい絶妙なバランスでした。いつもの朝ドラとは違う、映像の暗がり、光、淡さにもこだわりがあったんでしょうか?



橋爪:ふじきさんに脚本を書いてもらうときに、あまり時代劇を意識しないでほしいとリクエストしました。とにかく型にはまらないようにと。このドラマは明治時代を描いているけれど、当時の18歳の女の子のマインドは現代とは変わらない部分もあると思いますし、現代的な言葉で書いているのも狙いです。



でもその分、周りの衣装やセットに関しては時代感を出していこうと話し合いました。衣装に関しても、必要なときは、ちゃんとぼろぼろにして、メイクも肌の質感を残したりもしていています。映像に関しても、明るいライトをたくこともせず、夕方のシーンでは夕陽の光以外の照明を置かないとか。さまざまなこだわりがあり、あの質感ができあがっていきました。



制作統括が『ばけばけ』裏話を語る。直前に書き直した脚本、主題歌から生まれた散歩のシーン【前編】



―『ばけばけ』は、映像で語るような部分も多く、セリフが説明的すぎないところも特徴的ですよね。視聴者を信頼して、あえて「わかりやすさ」だけで作っていない部分もあるのではないでしょうか?



橋爪:そうですね。昨今はドラマだけでなく、バラエティもニュースもわかりやすくするために、テロップがたくさん使われたりしていますよね。



一方で海外のドキュメンタリーを見ると、ほとんどナレーションも字幕もない。日本のニュースやドラマは懇切丁寧で、そのわかりやすさにも良さがあると思うけれど、わかりやすくない部分があっても良いと思いました。そうした理由のひとつには視聴者を信頼しているということがあります。



―海外という言葉も出ましたが、『ばけばけ』放送前には英語版の予告も作られていましたよね。海外視聴者に向けた意識もあったのでしょうか?



橋爪:せっかく作るんだったら、日本以外の人、とくに欧米の人にも見てもらいたいし、ワールドスタンダートに合わせてみようということもありました。



橋爪:実際にヘブン役のトミー・バストウさんも『SHOGUN 将軍』に出演していますし、ヘブンの同僚・錦織友一を演じる吉沢亮さんも『国宝』で世界的に注目されています。キャストの広がりからも、海外につながっていってほしいと思っています。



ただ、注目されるために迎合したいわけでもなくて。僕らは好きなことを本気でやりたいし、良いものが作りたい。朝ドラという、多くの人が観てくれる枠だからこそ、キャスティングにしても物語にしても妥協しませんでした。良い作品はきっと伝わると信じています。

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