ホンダがコンパクトミニバン「フリード」に約8年ぶりのフルモデルチェンジを実施する。ミニバン市場全体を見渡せばライバルがひしめき合う状況となっているが、新型フリードの登場で市場にはどのような変化が起こりえるのか。
戦略を含めホンダの担当者に話を聞いた。

異例? 8年が経過しても売れ続けるフリード

全長4,300mm未満、全幅1,700mm未満の「コンパクトミニバン」は日本で非常に人気がある。コンパクトなサイズでありながらミニバンのような使い勝手を有するクルマが、特に子育て世代から高い支持を集めるのは当然といえば当然の話だ。

2008年に登場したフリードも、いまだに売れ続けているロングセラーモデルだ。現行型は2016年にフルモデルチェンジした2代目。5ナンバーサイズに収まるコンパクトボディでありながら室内空間はとても広く、3列目シートを備えていて多人数乗車にも使える。
3列目シートのクッションが厚く、乗り心地が犠牲になっていないのもフリードの魅力。現行型の3列目に座って悪路を走行したことがあるが、まったく苦にならなかったことを覚えている。TVCMで耳にする「ちょうどいい」というキャッチコピーはフリードにぴったりだ。

2代目フリードは2016年の登場からすでに8年が経過しているが、2024年3月の月間販売台数は9,532台(日本自動車販売協会連合会)と大健闘している。軽自動車の「N-BOX」(同2万360台)を除けばホンダ車でトップの売れ行きを誇る。

ではなぜ、ここまでフリードは支持されているのか。
開発担当者は次のように話す。

「フリードにお乗りいただいているお客様の年代は30代が中心です。当社の調べでは30代が39%、次いで40代が26.7%、50代が14.5%、60代以上が10.5%、20代が9.0%となっています。ライフステージ別に見ると、子育て期が57.4%と最も多くなっています。そのため、メインターゲットを子育て世代のファミリー層に絞りました。居住性や乗り心地の良さ、ウォークスルー、多彩なシートアレンジ、3列目シートの採用などが購入理由になっているため、そこを中心とした商品開発、重点的な改良に注力しました。
そうした点が支持されている理由だと思います」

新型フリードについては「そう遠くない時期」に発売する予定で、価格については「現行型より少し高くなるかも?」とのこと。投入にあたっては、これまで「ちょうどいい」と評価されてきたパッケージングを継承しつつ、運転のしやすさや安全性の強化も訴求すると同時に、ライフスタイルに合わせて「AIR」と「CROSSTAR」の2つの個性(デザイン)を用意した。中でもCROSSTARの割合を増やしていきたいと担当者はいう。

「これまでフリードで最も売れていたのは、標準的なグレードである『G』でした。しかし新型フリードでは、CROSSTARの販売に、これまで以上に注力していきたいと考えています。ライフスタイルや趣味嗜好が多様化する現代において、クルマにも個性が大切だと思っています。
純正アクセサリーのラインアップを強化し、特にCROSSTAR向けにルーフラックやテールゲートタープ、ユーティリティフックなどをそろえ、アウトドアユーザーに向けたタフなアイテムも充実させました」

ミニバン市場は回復基調?

コンパクト、ミドル、アッパーミドル、ラージを含めたミニバン市場は年間70万台が売れる巨大市場だったのだが、コロナ禍の2020年から2022年にかけて年間40万台近くまで規模が縮小してしまっていた。しかし、コロナ禍があけた2023年から2024年には54万台規模にまで回復してきている。この動きは今後も続き、60~70万台規模に戻るのではないかというのがホンダの予想だ。

フリードに限ってみれば、コロナ禍で多少は落ち込んだものの、年間販売台数は7~8万台ほどで推移しており、継続的に売れ続けているとのこと。このタイミングで新型車を投入すれば、大幅に販売台数を伸ばせる可能性もあるわけだ。
3列シート小型ミニバンは希少な存在に?

ここで気になるのがライバルの動向だ。
かつて、3列目シートを採用するコンパクトミニバンはたくさんあった。国産車だけで見ても日産自動車「キューブキュービック」やトヨタ自動車「パッソセッテ」、ダイハツ工業「ブーンルミナス」などが存在したが、現在はすべて生産を終了している。新車で入手できるのはフリードとトヨタ「シエンタ」のみとなってしまった。

前述の2024年3月のデータでいえば、フリードが9,532台であるのに対し、シエンタは9,082台と拮抗している。月によってはシエンタが1万4,000台を超えるときもあり、3列シートミニバンは順調に売れている。この点について担当者は「シエンタの動向がまったく気にならないといえば嘘になるかもしれません。
ただ、コンパクトミニバンで3列シートという点で同じカテゴリーなので、ライバルでありつつ、仲間という意識も強いです。一緒にコンパクトミニバンの市場を盛り上げていければと考えています」と話す。

実際、ホンダの販売店の担当者に話を聞くと、シエンタを見て、その足でそのままフリードの試乗や見積もりのために来店する客も少なくないという。

ギラギラ顔のグレードを用意しなかった理由とは

フリードとシエンタが似たカテゴリーのクルマであることは確かだが、個人的には、並べて比べる車種ではないと感じる部分も多い。特にエクステリアデザインはまったく別で、好みが大きく分かれる部分だ。

また、走りについてもシエンタ(1.5Lのハイブリッド)はキビキビ走る印象だが、2代目フリードは柔らかく路面を撫でるように走る印象を受ける。走行体験を重視したいのであればシエンタだが、デザインやインテリアの質感で選ぶなら新型フリード(先代モデルであっても)といったところか。つまり、どちらも甲乙つけがたい魅力を持っている。

今後の市場環境、戦略についてホンダの担当者は次のように話す。

「これまでミニバンは、いわゆるノーマルタイプと、派手な加飾を施したギラギラタイプをラインアップしていることが多かったと思います。見た目がカッコいいからという理由でミニバンを選ぶ方もいらっしゃったはずです。しかし今後は、クルマを見た目重視ではなく、ライフスタイルや性格(人もクルマも含め)に合ったデザインや走りであるかどうかを重視して選ぶようになると思います。これまでのようなギラギラした外観のクルマは、あまり受け入れられなくなってくるでしょう。そのため、シンプルなノーマルタイプと、派手さを抑えつつも個性際立つクルマが求められるはずです。AIRとCROSSTARが、その象徴的な存在になればと考えています」

確かに、かつてN-BOX(現行型)を取材した際にも、開発担当者は同じようなことを話していた。シンプルなクルマが求められていると同時に、ライフスタイルに合った、個性をさりげなく強調するクルマが受け入れられているのだという。

そういった意味で、今回の新型フリードはAIRとCROSSTARという2つの選択肢があり、好みに合わせたチョイスが可能だ。中でもCROSSTARの販売比率を高めていきたいそうで、純正アクセサリーなども充実させ販売台数拡大を目指すという。普段使いはもちろんのこと、非日常を楽しむための1台として、CROSSTARは最適なクルマに仕上がっていると感じた。

そして何より、これまでフリードの魅力となっていた扱いやすさ、運転のしやすさ、車内の快適性は失われていない。それどころか、価値観が多様化する現代にフリードの世界観、コンセプトはうまくマッチしているとも思う。新型フリードを筆頭に、ミニバン市場は広がっていくばかりなのではないだろうか。

室井大和 むろいやまと 1982年栃木県生まれ。陸上自衛隊退官後に出版社の記者、編集者を務める。クルマ好きが高じて指定自動車教習所指導員として約10年間、クルマとバイクの実技指導を経験。その後、ライターとして独立。自動車メーカーのテキスト監修、バイクメーカーのSNS運用などを手掛ける。 この著者の記事一覧はこちら