デザインに特徴のあるスマートフォンやオーディオ機器で知られる英Nothing Technologyが、日本市場により力を入れて展開することを明らかにしました。円安などの影響で市場環境が非常に厳しい日本のスマートフォン市場ですが、そうした市場環境が逆に、Nothing Technologyのような企業にはチャンスになっているともいえそうです。


FeliCa搭載だけでなく日本オフィス設立も発表

本体の内部が一部見える透明なデザインを取り入れるなど、デザイン性に力を入れたIT製品を提供している英国のNothing Technology。日本にも、ワイヤレスイヤホンの「Nothing ear」シリーズや、背面が光るスマートフォン「Nothing Phone」シリーズを投入しています。

そのNothing Technologyが、2024年4月18日に日本で新製品発表イベントを実施。そこで発表されたのは、ワイヤレスイヤホンの「Nothing ear」と「Nothing ear(a)」、そして同社製品と、生成AIチャットとして注目される「ChatGPT」とを連携させる施策を新たに展開することなのですが、大きなポイントとなるのはこれらの製品や施策が日本だけでなく、世界に向けて展開されるものだということです。

海外のメーカーが、すでに発表済みの製品を日本で発表するイベントを実施することはよくあるのですが、海外のメーカーがわざわざ日本に来て、世界に向けた新製品発表イベントを実施することはほとんどありません。それだけに、Nothing Technologyにとって、今回実施したイベントに明確な意図があったことは確かでしょう。


その“意図”とは、日本市場に力を入れることのアピールです。同社は、これまで日本で製品をいくつか投入していますが、あくまで世界的に販売する製品を日本でも販売しているに過ぎず、日本で利用すると不便であったり、疑問を抱く点がいくつか見られたりしたのは確かです。

ですが、同社は今回のイベントに合わせて、日本市場本格開拓のため日本にオフィスを設立することを発表。さらに、日本オフィスのマネージングディレクターとして、かつてソニーで「Xperia」シリーズを手掛けていた黒住吉郎氏が就任することを明らかにしています。黒住氏は、スマートフォンやオーディオ製品に対する経験が豊富なことから、そうした人物をあえて採用したことも、日本市場に対する力の入れ具合を見て取れるでしょう。

製品面でも、日本市場に向けて積極的な対応を進めようとしている様子が見て取れます。
最も象徴的な事例が、2024年3月に発表したスマートフォン新機種「Nothing Phone (2a)にFeliCaを搭載する、と発表したことです。

海外であまり使われていないけれど日本でのニーズが大きいFeliCaを搭載することは、海外スマートフォンメーカーの日本市場に対する力の入れ具合を示すバロメーターとして注目されることが多いもの。それだけに、新機種で初めてFeliCaの搭載に踏み切ったことは、同社が日本で本格的にスマートフォンを販売するという姿勢を明確に示したといえます。

それに加えて、今回の発表イベントでは、同社製品に採用されているドットを用いたオリジナルフォント「Ndot」を、コミュニティーの力を借りて日本語に対応させる取り組みを進めていることが明らかにされました。Ndotは、これまで日本語に対応していなかったため、日本語でNothing Phoneを利用する際はフォントが変わってしまい、独自の世界観が失われてしまう印象を受けていただけに、フォントの日本語化対応は、日本での本格展開を進めるうえで大きな意味を持つでしょう。

特徴的なスマホに飢えている日本の消費者

ですが、なぜNothing Technologyは、円安で市場環境が非常に厳しいタイミングで、日本市場へ本格進出するという決断を下したのでしょうか。
その理由として、同社のCEOであるカール・ペイ氏は、日本での販売実績と関心の高さを挙げています。

実際、Nothing earシリーズは、すでに日本が米国に次ぐ2番目の市場になっているそうで、Nothing PhoneシリーズもこれまでFeliCa非搭載モデルのみの販売ながら、顧客からは非常にポジティブな評価を得ていたとのこと。加えて、日本からの同社Webサイトに対するアクセス数も150万を超え、世界で5番目に多い数に達しているとのことです。

そうしたポジティブな傾向から、同社製品との相性がよく、市場開拓の余地が大きいと判断し、日本市場に力を入れるに至ったようです。それゆえカール氏は、日本市場に対して長期的視野で取り組むとしており、オフィス設立に至ったのも長期的な事業展開を考えたがゆえのようです。

ですが、Nothing Technologyの製品はデザインに非常に特徴があるだけに、好みの分かれる製品であることも確か。
それだけに、日本で強固なファンが獲得できても大きなシェアを獲得するのは難しいようにも思えるのですが、現在の日本のスマートフォン市場が置かれている環境を考えると、逆に同社のような特徴的な製品を持つメーカーにとって、日本市場はとても参入しやすい環境にあるともいえます。

なぜなら円安や、政府が力を注ぐスマートフォン値引き規制の影響で、国内メーカーが相次ぎ撤退・規模縮小するなど市場環境が大幅に悪化した結果、市場に投入されるスマートフォンの新製品自体が減少しているからです。加えて、市場環境の厳しさゆえに、既存のメーカーが確実に売れる“無難”なモデルの投入に力を入れるようになってきており、消費者からすると製品の魅力が失われているのです。

それゆえ、市場には多くの隙間ができており、Nothing Phoneシリーズのような特徴のある製品に消費者が関心を示しやすくなっていることは間違いありません。隙間の広さが販売拡大につながるだけに、特徴ある製品を持つNothing Technologyのような企業には大きな商機があるともいえるわけです。

ですが、ここ最近の傾向を見るに、そうしたポジションを狙って日本市場に力を入れようとしている企業が増加傾向にあるのも確か。
安価な折り畳みスマートフォンを提供した中国のZTEや、同様に折り畳みスマートフォンに力を入れる米国のモトローラ・モビリティなどが、その最たる事例といえるでしょう。

それだけに、新興企業であり規模の面では競合のスマートフォンメーカーよりも小さいNothing Technologyが容易に勝ち抜くのは難しい、というのもまた確かだといえます。日本市場で存在感を高め、確固たるポジションを獲得するには、端末のローカライズだけにとどまらない戦略面での工夫が求められるでしょう。

佐野正弘 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。
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