2021年の「好きな女性アナウンサーランキング」(ORICON NEWS)では3連覇を達成し、『激レアさんを連れてきた。

』『あざとくて何が悪いの?』『ノブナカなんなん?』など複数のレギュラー番組で独自の存在感を放つ、テレビ朝日の弘中綾香アナウンサー。世間の支持を集める彼女が、雑誌「ダ・ヴィンチ」でのエッセイ連載をまとめた著書『アンクールな人生』を14日に発売した。彼女が思春期をさらけ出し、人生の次のステップに進むためのヒントが詰まった本作。2013年にテレ朝に入社後10年の中で、弘中アナが得た気付きやコミュニケーション術を聞くと、人生をうまく進めるヒントがたくさん返ってきた。

【写真】かわいい! 弘中綾香アナの撮り下ろしカット(10枚)

■高校時代に得た“個を尊重する”考え

――同書では、「かわいいだけじゃやっていけない」と悟った幼少期、暗黒期と語る中学時代、そして現在のアナウンサー・弘中綾香の“骨格”を形作った高校時代を振り返っていますが、高校生活は現在の弘中さんの考え方に大きな影響を与えたようですね。

弘中:そうですね。通っていた慶應義塾女子高等学校は、個性的な子が多く、みんな自分の世界を持っていて。10代の子にありがちな「一緒にこれしよう」というものがなく、「あなたはあなた、私は私」「得意なこともクラス40人違っていい」という環境でした。個々の差を楽しみ、評価される指標もたくさんあったので、すごく生きやすいし、楽しかった。頭が柔らかい時期に、そういう環境に身を置けたのはよかったですね。

実は、今働くテレビ朝日もそんな感じなんです。仕事柄、目標にしている人をよく聞かれますが、それだと誰かの2番煎じになってしまう。
誰かに追随するよりも、その人がいて、全然違う私がいた方が楽しいし、会社的にもいろんなバックグラウンドを持っている人がいたほうが強いチームになります。個を尊重する考え方は、高校時代に得たものですね。

――そこから大学時代を経て、就職活動ではなぜマスコミを志したのですか?

弘中:働くなら、女性の私だからこそできることを生かせる業界がいいなと思ったからです。メディアはそういう部分が強くて。誰かをサポートする仕事も最初は楽しいかもしれないけど、自分の性格上、後々違和感を抱きそうだったので、テレビ局をはじめ性差がないような職種を志望しました。

――もともとはテレビ局の総合職志望だったとのこと。エッセイでは、試しに受けたアナウンサー職で採用され、迷いながらも自分にある可能性を信じてみたいと思い、入社されたと明かされていましたが、入社して10年が経ちその判断を今どう思いますか?

弘中:やってみてよかったなと思います。入ってみて分かったのは、アナウンサーになってから、ほかの職業に移るのはセカンドキャリアとしてできるけれど、今の日本の社会だと何かほかの職に就いてからアナウンサーになることは難しい。難しい方に行っておいてよかったと率直に思いますね。あとは、この職業でないとできなかったお仕事があるので、それができたことはよかったです。

■選ばれる人にならないと仕事は来ない

――同書では、アナウンサー業を「ハイリスク・ハイリターン」と表現されていましたが、具体的にどういう部分でしょうか?
 
弘中:リスクは顔が割れていることですね。いろいろ言われるので、生きていくのが大変です(笑)。
ハイリターンなのは私にしかできない仕事がたくさんあること。20代に任せられないような仕事にたくさん挑戦させてもらいました。各業界のトップの方と会えるのもそう。今お仕事させてもらっている若林正恭さん(オードリー)、ノブさん(千鳥)、山里亮太さん(南海キャンディーズ)も皆さんすごい下積みを経て今第一線で活躍されていますが、私は下積みらしい下積みをせずに、ご一緒できているのはすごく幸せなことだなと思いますし、学べることも多い。アシスタントを務めさせてもらった『ミュージックステーション』も日本を代表する方々とお話させていただいて。すごく変な職業だなと思います(笑)。

――入社10年目。経験の中で得たものや新たな気付きはありますか?

弘中:どの仕事でもそうですが、選ばれる人にならないといけないと思いました。番組に誰をアサインするかとなったとき、10年目だと5年目から15年目くらいの人から選ばれることになると思うんです。そこで選ばれないと仕事は来ない。そうしたシビアな面も多く、ちゃんと自分の強みや個性を出して分かってもらい、選んでもらえるかが大事。「弘中にお願いしてよかった」と思えるような仕事をしないと次につながらない。
そうでないと“誰でもいい”仕事しか来なくなってしまうので、1個1個の仕事を大切にしています。

――同書を拝読し、人とのコミュニケーションの取り方が絶妙だなと感じました。書かれていた「相手に気持ちよく伝わる言葉遣いをする」ことも、コミュニケーションを円滑にする1つのテクニックですよね。

弘中:そうですね。伝え方1つで、本当に変わります。言い方を考えるのは手間がかかりまけど、それで相手が気持ちよく自らやってくれるようになるんだったら、その労力は惜しむことではなくて。会社にはいろんな人がいて、同じ目的のもとに集まっているので、嫌いだから話さなくていい、というわけにはいかない。お互い気持ちよくできるように言い方くらいは考えたいです。

――それ以外に意識されていることはありますか?

弘中:やっぱり当たり前のことを当たり前にやることですね。そうしていれば、ふとミスをしたときも許してもらえる可能性が高い。例えば、いつもメールが返ってくるのに返ってこないとどうしたんだろうとなるけど、いつも返ってこないと、またかとなる。そういうささいなことが大事なんです。
あと、相手によってどのようなコミュニケーションが適しているかは、見極めて付き合うようにしていて。相手の特性を見て、どんなコミュニケーションが好きなのかを察知して対応しています。

■書くことが自身の助けに

――エッセイでは「自己肯定感が高いわけではない。むしろ低いと思う」と答え、なぜ世間のイメージとは真逆に見えるのかを分析されていました。自分の本質と世間のイメージとのズレに葛藤することは多いですか? どうやって乗り越えたのでしょうか?

弘中:最初の頃は、葛藤することが多かったですね。それを乗り越えられたきっかけは、4、5年前に執筆を始めたことです。テレビは編集され、瞬発力を試されますが、執筆は時間を取って、自分の考えを文字で説明できる。テレビでは切り取られているけど、裏ではこう思っていると伝えたくて始めたことなので、書くことだけで助けになっています。

あと中学や高校、大学の友達は、アナウンサーになる前からの素の私を知っているので、その子たちと話すことも大事にしています。顔や名前も一致しない方に嫌なことを言われることもあるけど、友達が私のことを理解してくれているのならいいんです。

――これから成し遂げたいことはありますか?

弘中:今は、そんなにないですね。4、5年前に文章を書いて人に読んでもらいたいと思い、本が出せて、1つ区切りができたので、次は何をしようかなという感じです。
面白いことがまた降ってきそうですし、まだ31歳で、ほかにたくさんやれることがあるんじゃないかなと思っています。

――エッセイで振り返ることで、自身がどういう人間だったか分かったと書かれていましたが、振り返ってみてよかったですか?

弘中:よかったですね。私自身、「次どうするんですか?」とよく聞かれますが、31年、目標もやりたいこともそんなにない人生だったんです。なぜこんなに行き当たりばったりで生きているんだろうと思っていたのですが、今回『ダ・ヴィンチ』の連載で2年かけて人生を振り返ったことで、私はこういう感じだからしょうがないと、一種の答え合わせではないけど、点と点が線になる感じがありました。

アナウンサーになったのはここ10年の話だし、なんなら私はその前の20年のほうが大事だと思っていて。社会人になってからの肩書による偏見の目があるけど、意外と自分が今ある肩書になる前の人生の方が自分の軸になっているものが多かったので、そういう意味では振り返ってよかったです。読んでいる方も自分を振り返ってみたら、何かのきっかけになるかもしれないですね。

(取材・文:高山美穂 写真:上野留加)

 『アンクールな人生』はKADOKAWA より発売中。価格は1540円(税込)。

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