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宮崎監督が本作の制作に至った経緯や、バックボーンなどについてはあちこちで書かれているので、ここでは深くは述べない。ややこしい考察もネタバレなしでは無理なのでしない。それよりも、ジブリ作品は、それがジブリ作品であるというだけで見に行く人も多いので、そうしたライトな層に向けてレビューしていくことにしよう。
結論からいうと、『風立ちぬ』はある一点を除けば、間違いなく傑作だった。その一点とは、おそらく皆さん想像がついていると思うが、主人公である堀越二郎の"声"だ。
ニュース等でさんざん騒がれたが、今回堀越二郎の声を担当しているのは、『新世紀エヴァンゲリオン』の監督として知られる庵野秀明氏だ。宮崎監督と鈴木プロデューサーから声優のオファーを受けたときは驚いたと本人も語っているが、そりゃあそうだ。いくらアニメ監督で声優と日常的に接しているとはいえ、本人はド素人である。庵野氏は若い頃に多少の俳優経験はあるようだが、声優についてはまったく違うスキルが問われるのでやはりド素人といっていいだろう。
ただし、ジブリ映画は過去にプロの声優をあまり使わない方針で映画を作ってきたし、時にはそれがうまくハマることもあった。だから、今回の庵野氏についても、もしかしたらイケてるのではないか、さすがは宮崎監督! 慧眼なり! と驚かされるのではないか……という期待を少しだけ持っていた。
……。
棒読みであった。それも、人によって評価が分かれるとか、そういうレベルの話ではなく、おそらく100人が100人棒読み認定するだろうというレベルの棒だ。
いや、誤解なきよう言っておくと、庵野氏の声は決して悪くない。滑舌もいいし、太くて落ち着いた低音だし、普段しゃべっているところだけを聞くと、たしかに宮崎監督ならずとも「声優としてもいけるのでは?」と思ってしまうような気がしなくもない。しなくもないが、しかし、やはりいくら声がよくても、演技に関しては少々辛いものがあった。もっとも本人は「演技するつもりはなかったし、求められてもいないと思った」と言っているわけだし、宮崎監督もこれでOKを出したのだから、確信的にやっていることなのだろうけど。
また、今回は脇を固める役者陣の演技がうまいだけに、なおさら庵野氏の声が目立つ。そういう意味ではたしかに印象には残るから、無難にまとめられるよりはむしろよかったのだろうか……いやしかし、やっぱりこの声は慣れない……。
という具合に、庵野氏の声の話だけで、これだけ書いてしまうほどの衝撃だったのだ。ここまで言われると逆に気になるという人もいるだろうから、その場合は迷いなく劇場へ足を運ぶといい。
第二次世界大戦前後の日本を舞台にしているので、どうしてもどこか陰鬱とした空気感は漂うし、最近のジブリは『崖の上のポニョ』からずっと日本を舞台にした作品が続いているので、そろそろ『天空の城ラピュタ』のような冒険活劇を観たいのだが、そういう個人的な好みを差し引いても、本作の完成度は近年のジブリ映画の中ではかなり高いものだと思う。
なにせ、とにかくアニメーションがすごい。たとえば前半の関東大震災のシーン。宮崎監督が「公開していいのか悩んだ」というこの場面、結局変更なしで公開となったのだが、なるほど悩むのもわかるというくらい迫力に満ちている。とにかく怖いのだ。地鳴りが起き、大地が隆起し、木々がなぎ倒され、家屋が倒壊していく。目をつぶりたくなるような圧倒的な天災の恐怖が、生々しく描かれている。関東大震災は本作の直接のテーマではないが、堀越二郎が生きた当時の日本を描くのに避けては通れない出来事でもある。この場面を通して、観客は一気に大正時代へとトリップさせられる。
また、さらに遡って冒頭のシーンでは、少年期の堀越二郎が夢の中で飛行機に乗り、飛び立つ場面が描かれている。ラピュタを彷彿とさせる既視感は、時間にして5分程度ではあるがぜひ味わってほしいポイントだ。また、本作にはちょくちょく堀越二郎の夢が登場し、そこでは現実にはありえない空想の飛行機がいくつも登場する。ああ、宮崎駿という人間は、本当に空と飛行機が好きなんだなと、改めて実感する場面だ。
過去の宮崎監督作品に比べればわりと地味なストーリーで、派手なアクションもなければ、事件らしい事件もさほど起きない。夢を追う青年の半生を描くという本作のテーマから考えても、本作はかなり大人向けの映画といえる。今現在、何か夢を持ってまっすぐ進んでいる人、あるいは夢を諦めざるを得なくなり、迷いの中にいる人、そんな層に刺さる作品だろう。(文:山田井ユウキ)