「捕まるなら、あなたが良かった」――互いの胸ぐらをつかみ合い、至近距離で見つめ合いながら、低音でささやかれたそのセリフ。森下佳子脚本×綾瀬はるか×高橋一生出演のTBS日曜劇場『天国と地獄~サイコな2人~』(毎週日曜21時)の第9話ラストで交わされた、まるで愛の告白のようなセリフには、視聴者が盛大にざわついた。



【写真】『天国と地獄』ついに最終話 彩子吠える「待ってろ、日高!」

 真面目で努力家で上昇志向が強く、融通が利かない刑事・望月彩子(綾瀬)と、連続殺人事件の容疑者とされるベンチャー社長の日高陽斗(高橋)の入れ替わりが描かれた同作。緻密かつ重厚な森下佳子脚本ゆえに、何が正義で何が悪かわからない深い人間ドラマになるだろうとは思っていたが、最終回直前で元通りに再び入れ替わった2人の間には、確実になんらかの愛情が芽生えていることがわかる。

 「この際、2人仲良く地獄行きといきましょうよ」と言う彩子に対して、「何も2人して地獄に行くことはありませんよ」と両手を差し出す日高。彩子は言う。「絶対に絶対に助けるから」

 そうした展開について、SNSでは「天国と地獄みてるんだけど恋愛感情芽生えちゃった系(?)」「天国と地獄を恋愛ドラマのテンションで見てるけど多分仲間いっぱいいる」などと“恋愛”と見る人がいる一方で、「望月と日高の間に生まれた強い心のつながりが、恋愛感情じゃないのがとてつもなく良い」「むしろ恋愛感情が無いのにあそこまで一生懸命になれるほうがアツいんじゃん…派」「最終回も恋愛要素なかったら天国と地獄はけっこういいバディものになるんじゃないか」と、“恋愛感情否定派”は実に多い。実際、どうなのか(ぜひとも恋愛じゃない愛であってほしいし、おそらく森下佳子脚本ならそうするはずだと半ば確信しているが)。

 まだ解決されていない謎はいろいろあるが、もう一つ気になるのは、2人の間に強い信頼関係・絆といった、ある種の愛が芽生えていったのはいつからなのか。最終回目前に振り返ってみたいと思う(※表記がややこしいので、以下の人物名は、全て「魂」としての人名で統一している)。

 まず第2話。入れ替わってしまった後、「私と協力して容疑を晴らして無罪放免になる道を選びますか」と日高に問われた彩子は「あなた、殺したのよね? 容疑を晴らすっていうのはやっていない人の使う言葉よ。やってないの? ひょっとして」。…今思えば、あれだけ抜かりなく頭のまわる日高が、ポロッと言葉を誤るとは思えない。


 これはもしかして彩子という人間の真っすぐさに対する信頼で、日高のSOSだったのか。その場合、以前から日高は彩子を知っていて、入れ替わりに選んだとしか思えない(とはいえ、第3話では「だからあなただったんですね。そうか、だから私はあなたと入れ替わったんですね」と気になる言葉をつぶやいていた)。

 第3話。手袋のことで追い詰めているかに見えた日高が、実は手袋についたDNAを分解していたらしき可能性が浮上する。本人にもそれとは気づかせぬよう彩子を救おうとしていたのではないか。だとしたら、本人にそれを悟られてはいけない理由がある。つまり、本当の黒幕が近くにいたということか。

 第4話。日高が妹・優菜(岸井ゆきの)や会社の部下たちに慕われていることを知り、どうしても殺人犯と結びつきにくくなった彩子が、ストレートな質問をぶつける。「どうして人殺しなんかするの?」それに対する日高の答えは「ただ突然殺したくなるんです」。笑顔で答えた日高は、自身と真っすぐに向き合ってくれる理解者が現れたことに対して、思わず安堵(あんど)してしまったように見える。


 そこから陸(柄本佑)と、陸の師匠・湯浅(迫田孝也)が物語に一気に深く絡んできて、湯浅が日高の双子の兄・東朔也だったこともわかってくる。 そして、第8話。死亡時刻の関係から日高に犯行が不可能だったことがわかり、彩子は「クウシュウゴウ」の正体を突き止めたことについて日高に言う。「お兄ちゃんのかばい立て。それはなんとなくわかるけど、どんな理由があるにせよ、人殺しは人殺しでしょ」「フォロワー100万人の人気者だろうが、死んでも誰ひとり気づかないおっさんだろうが、善人だろうが悪人だろうが、どんな人でも殺されていいわけないし、同時に誰かを殺すことも許されない。私はそういう当たり前のこと言ってるだけだけど?」。

 それに対し、日高が「その当たり前がここのところ成り立っていない世の中だと感じているもので」と言うと、真正面からにらみつけ、「どんな事情があれ、ここを譲ったらすべてがなし崩しになる。死守すべきルールってもんが人間にはあると思わない?」と投げかける。「自分の顔でド正論ぶつけられるのってのもテレるもんですね」と笑う日高(外見は彩子)だが、これはやっぱりうれしそうに見える。まるでどんな状況であっても、彩子だったら止めてくれるんじゃないかと信じているかのように。

 そして、第9話。元に戻った彩子が東を殴りつけ、「私はあんたをあわれんだりしない。
今までどんなひどい目に遭ってきたとしても、どんな人生だったとしても、こんなに思ってくれる人を叩き落せるなんて、あんたは正真正銘のサイコパスだから!」と言うのだ。

 私たちの多くは、小さな頃から「相手の立場に立って考えること」を親や先生に教えられて育ってきた。それは大切な力である一方で、“自分にとって見える・想像しうる範囲内の相手”の立場からのみ考えることで、真実が見えなくなってしまうこともある。それは例えば、自分や家族・友人・知り合いの範囲を超え、さらに地元も国も超えて、目に見えない相手と互いの正義をぶつけ合うことで起こる「戦争」だ。

 森下佳子は東京大学文学部で宗教学科を専攻していたが、東京大学大学院社会家系研究科・文学部の卒業生インタビューの中で、こんな言葉を語っている。

 「シナリオを書くときに心がけていることとして、シナリオの単純な図式としては、主人公がいて、敵対する悪人がいる、という風な物語上の見え方がありますが、敵対する悪人にもこの人の信じるもの、理由なり、理屈なりが必ずあるんです。それをできるだけ多面的に表す、その方がドラマって絶対に濃くなります」。

 正義感が強くて融通がきかず、「べき」が口癖だった彩子。最初はそんな彼女が入れ替わりによって、心の機微を理解して成長していく物語なのだと思っていた。でも、今は世の中が複雑になり、価値観が多様化し、何が正しいのかわからなくなっている時代だからこそ、人によって、相手によって、置かれた境遇や状況によって判断を揺るがされることなく、正しいことをきちんと正しいと言える人が必要なんじゃないかと考えさせられる。

 彩子が入れ替わりに選ばれたのは、まさしく「べき子」だったからではないか。日高の中ではおそらく最初からあったのだろう信頼と、彩子の中では真実が見えてくるにしたがって育っていった信頼。
2人のある種、何より強い信頼という愛の正体が、いよいよ最終話で明かされる。(文:田幸和歌子)

<田幸和歌子>
1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムをさまざまな媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。

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