2月22日、女子プロレスを久しぶりに観戦しようと思い立ち、後楽園ホールに向かった。ビジュアル系レスラーが多いとされるスターダムの大会だ。
病院に運ばれた安川惡斗と映画『がむしゃら』は、本人や関係者の思惑とは全く違った形でその存在を広く知られることになってしまった。だが、安川はこれまでも何度も逆境に陥り、それを糧にして伸びてきたレスラーだ。大会の数日前、安川にはその『がむしゃら』の試写室で会っていた。『がむしゃら』から大変な熱量を感じたことを本人に伝えると、彼女は「うれしい!」という表情を全身で表現してみせた。体格がいいわけでもない安川は全然プロレスラーっぽく見えなかったけれど、そんなギャップが彼女の独特な魅力になっているんだろうなとも感じた。
『がむしゃら』には3人の安川が登場する。ひとりはリング上で悪役レスラーとして暴れ回る安川惡斗。もうひとりは、本名の安川祐香。青森県三沢市で生まれ育った彼女は、中学時代からイジメに遭い、自宅に引きこもり、自傷行為を繰り返した。そして、正反対のキャラクターである安川祐香と安川惡斗との橋渡し役となったのが女優・安川結花。暗い青春を過ごしていた安川だが、高校時代に演劇の世界に触れ、現実とは異なる世界があること、自分ではない別人を演じることの面白さを知った。
『がむしゃら』を撮った高原秀和監督は、日本映画学校の講師を務めていたことから、18歳の頃からの安川を知っていた。ドキュメンタリーの中で「お前はお前のままでいいんだ」という言葉が支えになったと安川は語っているが、この言葉を投げ掛けたのが高原監督だった。
安川と高原監督との信頼関係を強く感じさせるのは、安川の里帰りシーンだ。米軍基地があることからジェット戦闘機の轟音が常に響く三沢市に帰ってきた安川は、高原監督を思い出の公園へと案内する。
プロレスと出会ったことで、自分が輝くことができる場所を見つけた安川。だが、プロレスラーとしてのデビュー後も逆境の連続だ。腕立て伏せが一回もできないという体力的ハンデは、スターダムでの練習後に別のトレーニングジムに通うことで懸命にカバーしたが、白内障、バセドー病、頸骨損傷と次々とドクターストップが掛かる。でも、その度に彼女は這い上がり、リングに復帰してみせた。全女時代からキャリアを積み、スターダムの重鎮となっている先輩レスラーの高橋奈苗は「プロレス力は人間力。安川はたくましくなってきた」と成長ぶりを認めている。世IV虎が安川のことを「はっきり言って、嫌いです」と口にするシーンもあるが、それはレスラーとしての技量以上に安川が目立つことに対して彼女なりに苦言を呈していたようにも感じられる。
試写室で安川に、自身が主演を務めたドキュメンタリー映画『がむしゃら』の感想を尋ねてみた。
「映画を観て、私っていつも笑いながらしゃべっているなぁって気づきました。ヘラヘラしていて、気持ち悪いなと(笑)。以前、スポーツカウンセリングしている先生に言われたことを思い出しました。『笑いながら話す癖があるけど、それは一種の自己防衛の現われなんだよ』と言われたんです。本当にそうなんだなと、映画を観て分かりました。他の人から『気持ち悪い』と言われるのが、よく分かった(苦笑)。自分じゃ、これまでいろいろ乗り越えてきたつもりだったんですけど、まだまだ乗り越えなくちゃいけないことがいっぱいありますね。いい勉強になりました(笑)。以上!」
安川惡斗は不思議なレスラーだ。悪役レスラーとして憎々しいファイトを見せたかと思えば、女優・安川結花仕込みのマイクパフォーマンスでは、自分の心情を真っすぐに吐露することで観客の心をつかむ。かと思えば、時折ひどく弱々しい素顔の安川祐香がさらけ出てしまう。解離性人格障害と診断されたこともある安川はキャラクターの変貌ぶりで周囲の目を惹くが、まだ自身のキャラクターをうまくコントロールすることができずにいる。どこまでがガチなのか、フェイクなのか読めない危うさが漂う。いや、フェイクの中から生じるリアルさこそが彼女の真骨頂なのだろう。
現在はリハビリ中の安川は、入院先の病院を訪ねてきた世IV虎の謝罪を受け入れ、リング復帰後は世IV虎と再戦したいと語っている。2人が再戦を果たしたとき、安川惡斗はヘラヘラ笑いではない本気の笑顔を自分のものにしているはずだ。
(文=長野辰次)
『がむしゃら』
監督・撮影・編集/高原秀和 撮影/森川圭、中沢匡樹 音楽/野島健太郎 出演/安川惡斗、高橋奈苗、脇澤美穂、夏樹★たいよう、世IV虎、岩谷麻優、紫雷イオ、木村響子、ロッシー小川、風香、大山峻護、真綾、水戸川剛、彩羽匠、宝城カイリ、愛川ゆず季 配給/マクザム 3月28日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
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