プロ野球はペナントレースが終わり、いよいよ8日から日本シリーズ進出をかけたクライマックスシリーズ(CS)に突入する。注目はなんといっても、25年ぶり7度目のセ・リーグ優勝を決めた広島東洋カープだ。



 現在、各メディアでは「カープ特需」ともいうべき現象が起きている。雑誌を開けば女性誌でもカープ特集が組まれ、書店のスポーツコーナーも赤い色が目立つ。テレビでは、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)が「広島カープ芸人」の第3弾を緊急放送。広島での視聴率は23.6%(ビデオリサーチ調べ/以下同)と、シリーズ過去最高を記録した。

 今回の『アメトーーク!』内でも話題になっていたが、「カープ芸人」の第1弾が放送された2012年はカープがまだ連続Bクラスを続け、「カープ女子」という言葉も生まれる前。それから4年間のカープ球団と世の中の変遷を振り返ることができ、充実した内容だったのは間違いない。


 だが、この「カープ特需」に最もあやかっているテレビ局は、実は民放ではなくNHKだ。

 そもそも、9月10日の優勝決定試合の中継権を持っていたのがNHK、という引きの強さ。現在、2ケタも難しいとされるプロ野球中継にあって、関東地区の視聴率は16.8%。広島地区では瞬間最高で71%を記録した。

 この熱狂ぶりを受け、10月10日深夜にはNHK広島限定ではあるが、優勝試合の再放送をするという。五輪やW杯の日本戦以外で、スポーツ中継の再放送なんて聞いたことがない。


 また、こちらもNHK広島限定ではあるが、11日の夜10時25分というプライムタイムに、『激闘カープ!クライマックスシリーズは?』なる特番が放送される。“公共”放送として、そこまで一球団に偏っていいのか? という疑問も頭をもたげるが、広島ではそれが公共、ということなのだろう。

 カープ色に染まっているのは、NHK広島だけではない。10月4日の『うたコン』では、歌謡番組なのにカープコーナーを設け、広島出身の世良公則がカープ帽をかぶって1979年のヒット曲「燃えろいい女」を熱唱。その世良を呼び込むのがカープの緒方孝市監督夫人で、タレントの緒方かな子、というこだわりよう。そもそも、この『うたコン』のMCを務める谷原章介が『アメトーーク!』にも出演した熱狂的カープファン。
「相好を崩す」とはこういうときに使うんだな、と実感するほどの笑顔で司会を務めていた。

 今後、カープが日本一になった場合、世良が『紅白』に出場し、かな子婦人もカープ女子代表として登場。で、審査員席には緒方監督……なんてことを今から考え、その予行練習をしていたのではないだろうか、と邪推してしまう。

 ほかにも、『おはよう日本』や『サラメシ』『ブラタモリ』などでも9月下旬に広島特集が組まれ、カープにまつわる演出が施されていた。

 こういった、兎にも角にもカープ特集、を批判したいのではない。25年ぶりの歓喜、それくらいあってもいいと思う。
ただ、NHKでしかできないことがもっとあるはず、と歯がゆくなってしまうのだ。

 NHKでしかできないこと……その好例が、9月25日放送の『NHKアーカイブス』。この回の放送では、1994年放送のNHKスペシャル『もう一度投げたかった ~炎のストッパー 津田恒美の直球人生』を取り上げていた。今回の優勝でカープに興味を抱いた、というファンにとっては、初めて津田を知る機会となったかもしれない。また、古くからのカープファンであれば、前回優勝した1991年は津田が病魔に倒れ、生涯最後の登板となった年。チームは「津田のために」に一丸となることで強さを発揮したシーズンだった……。
そんなことを思い出したのではないだろうか?

 闘病生活の中、広島市民球場のカクテル光線を眺めては「俺、あそこで投げてたんだよなぁ……」とつぶやいたという津田。日本シリーズを戦うチームメイトたちの姿をテレビで見て、「どんなに野次られてもいいから、もう一度投げたいよ」と吐露したという津田。25年ぶりの歓喜の重さを理解する上で、25年前にあった出来事を知ることは、間違いなく意義があるはずだ。

 こういった優れたカープ特集、もっと日の目を見てほしいカープ特番がNHKには実に多い。それらの番組に、あらためて光を当ててほしいのだ。

 たとえば、『プロジェクトX 挑戦者たち』の初期の名作「史上最大の集金作戦-広島カープ~市民とナインの熱い日々」。
カープの創成期を題材としたイッセー尾形主演のドキュメンタリードラマ『鯉(こい)昇れ、焦土の空へ』。1975年の球団創設初のリーグ制覇を特集した『スポーツ大陸「赤ヘル旋風 昭和50年・広島初優勝」』。そして、スポーツドキュメンタリーの金字塔『NHK特集・江夏の21球』などなど。

 カープ以外で、これほど多様な側面からNHKで特集が組まれ続けてきた球団はほかにないはずた。ここからも、カープがいかに語り継ぎたい「物語」に恵まれ、ファンに愛されてきた存在かがより明確になるはずだ。

 権利関係など、クリアしなければならない問題もあるのかもしれない。だが、歴史的偉業だからこそ、歴史的な意義や物語を掘り起こし、今この時代とどうつながっているかを示すのが、公共放送の役割なのではないだろうか?
(文=オグマナオト)