短気で素直な元ヤクザに無理やり話題作を鑑賞させ、その喜怒哀楽を観察する実験企画。『HiGH&LOW THE MOVIE』に退屈し、『おそ松さん』を嫌悪し、『この世界の片隅に』を大絶賛した“元アウトローのカリスマ”こと作家の瓜田純士(37)だが、果たしてこの青春アニメには、いかなる反応を見せるのか?――世界の興収累計で日本映画最大のヒット作となり、今なお国内外でロングラン上映を続けている『君の名は。

』が、今回のお題だ!

 昨年8月に封切られ、社会現象を巻き起こした新海誠監督の『君の名は。』。アジアやヨーロッパの各国でも続々と公開され、日本を含む全世界興行収入は約337億円を突破(1月8日時点)。日本映画の中で世界一売れた作品となった。

 本作の鑑賞を瓜田に依頼したところ、まずはこんな反応が返ってきた。

「めちゃくちゃ売れてる青春物のアニメですよね? こないだグラミー賞のノミネートを逃したとかいう報道を見ましたよ」

 アカデミー賞をグラミー賞と間違えてはいるものの、瓜田もこの映画の存在は知っていた。
だが、鑑賞にはまったく乗り気ではないようだ。

「俺にもメンツってもんがありますから。1人で青春アニメを見に行ってる姿を知人に目撃されようものなら、何を言われるかわかったもんじゃない。記者と2人で? もっとイヤですよ。ゲイカップルと勘違いされるじゃないですか。どうしてもって言うんなら、嫁同伴でいいですか? 嫁と一緒だったら、“家族サービスをする夫”という体を装える。
実際、嫁は『君の名は。』を見たいと言ってますし」

 その要求を飲むことにした。前回、『この世界の片隅に』を見てもらったときは、最前列の一番端の席しか売れ残っておらず、瓜田を怒らせてしまったため、今回は「最後列のド真ん中」の席を、記者の分を含め3枚連番で予約した。

 だが、劇場に来て拍子抜け。予約など必要なかったようだ。平日ということもあるだろうが、客入りは4割程度。
最後列はわれわれ以外、誰もいない。公開から半年経ってこれだけ入れば十分と見るべきか、さすがに勢いが落ちてきたと見るべきかは判断の分かれるところだろうが、とにもかくにも落ち着いて鑑賞できる環境が整っていることは確かである。

 いざ、開演――。途中で何度も、隣のほうから鼻をすするような音が聞こえてきたが、果たして……? 感想は終演後にじっくりうかがおう。

* * *

――いかがでしたか?

瓜田純士(以下/純士) なんだよ、この変態ムービー。嫁は大感激してますけど、俺には無理っす。
ないなぁ、これは。

――あれ? 奥様、目が真っ赤じゃないですか!

瓜田麗子(以下/麗子) もう、涙が止まらなくて……。ちょっとお化粧直しにトイレ行ってきます。

――では引き続き旦那様にお話をお聞きしますが、「変態ムービー」とはどういう意味でしょう?

純士 たとえばですけど、『ドラえもん』ってあるじゃないですか。あれを飽きずに見れるのは、のび太とかドラえもんとかジャイアンが三枚目だからですよ。でも、出木杉君としずかちゃんが主演のラブロマンスを、2時間見れます? 無理でしょう。
つまりはそういうことです。『君の名は。』は、絵やキャラクターに、「若い男女は美しくあって欲しい」という監督の変態的な願望が入りすぎてるから、こっちの目と心が追いつかないんですよ。

――絵のクオリティーはものすごく高かったですけどね。

純士 その技術力は、きっと世界でもダントツでしょう。キャラの動き、スマホの質感、コンビニで買った商品のリアル感。
どれもこれもすごい。すごいんだけど、100で来られすぎました。クリエイターたちの力が入りすぎてて、見てるほうが疲れちゃうんですよ。

――瓜田さんの地元である新宿の街並みも、本物そっくりに再現されていましたね。

純士 まわりくどい。あそこまでリアルさを追求するんだったら、実写でやれよ。なんでわざわざアニメにしたんだよ。監督はたぶん自分で見て自分で酔いしれてるんだろうけど、その優越感が鼻につきますね。そのくせ、バイト先の女上司が、先に風呂入って浴衣に着替えてるのに、バリバリのツケマで外行きのままなんですよ。そういう細部には気が回ってない。下手したら女性は化粧でそんぐらいに化けてるってことを、わかってないのかもしれないな。この新海って子は。

――瓜田さんより年上ですけどね。

純士 中身は俺のほうがオトナですよ。あんまこういうこと言いたくないけど、初めから違う人なんだな、と思います。見てる景色や育った環境、すべてにおいて俺とは違う人なんだな、と。(ここで麗子夫人が戻ってくる)

――旦那様はお気に召さなかったようですが、奥様はいかがでしたか?

麗子 もう最初から最後まで、ズッキュン、ズッキュン来まくりでした。途中から嗚咽が止まらなかったです。
  
純士 そのときに俺、わかったんですよ。嫁は凡人で、俺は天才なんだな、と。

麗子 ちゃうわ! 純士にはロマンチックさがないんや! 私、学園物は苦手なんやけど、これはホンマに最高やった。ようできてるなぁ、と。

純士 こんなもんによく感情移入できたな。アニメって、ブサイクな男の子も女の子も見るじゃないですか。どっかで自分にコンプレックスのある人たちが見た場合、学校のシーンなんかが特にそうだけど、脇役までもが揃いも揃ってヒロイン級に容姿端麗だったら、面白くなくなりますって。僕が、私が、この場にいたらどうなるんだろう? そういう想像を掻き立てるのがアニメの面白いところなのに、どいつもこいつも出来杉君としずかちゃんばっかだと、イケてない男女が自分を投影できず、置いてきぼりを食らって可哀想ですよ。その点、宮崎アニメなんかは、ヒロインが可愛いんだか可愛くないんだかわかんなかったりして、愛嬌があるから、感情移入できるんですけどね。

麗子 スマホの音とか、電車の発車メロディーとか、生活音がリアルやったから、私はストーリーに没頭できたけどな。

純士 ああいう音もすべて、「うるせえよ!」と思いました。うるさかったと言えば、なんすか、あの学芸会みたいなバンドは。あんなしみったれた歌詞でお経みたいに歌われたら、「家でやれよ!」と言いたくなりますよ。

麗子 ウソー!? 私はあの音楽、めっちゃ泣けたで。サントラのCD欲しいもん。

純士 頼む。それだけはやめてくれ。一緒に住んでるんだから……。上映中はマジで地獄でしたよ。こっちはバカだクソだと思ってるのに、横では自分の愛する嫁が感動して泣いてるんですよ。しかも、あの背筋が凍るような音楽を、監督が好きだからって、ちょいちょい出してくるわけです。「ほら、ここでこの曲が流れたら、お前らグッとくるだろ?」と言わんばかりに。だけどあの手の音楽が嫌いな人からしたら、「え、やめて!」となるじゃないですか。なのに、しつこく流してくる。眠たいったらありゃしない。落語かよ、と思いました。

――RADWIMPSは紅白に出るほど大人気ですけどね。

純士 流行りって怖いなって思いました。最後、出演者のテロップを見て、納得したんですよ。大御所を含む有名俳優が声優として何人も参加してるんで、各々の事務所が相当なプロモーションをしたんだな、だから流行ってるんだな、と。それだけのことですよ。

――ストーリーそのものは、どうだったでしょう?

純士 これから面白くなるんだろうと思って、ずっと信じて見てたんですけど、最後の最後まで裏切られました。どうでもいい奴らが、どうでもいい時空の歪みでどうでもいいことする話なんて、ホント、どうでもよくないですか?

麗子 歴史が変わったんやで! 運命を変えたんやで!

純士 あんな人形みたいな連中、死んでても生きてても一緒だろ(笑)。どうでもいいよ。

麗子 そんなことないわ! 途中で何度も入れ替わって、最後どうなるんかと思ったら、あぁ、こうきたか、と。

純士 何度も入れ替わるシーンにしても、混乱するから、もっとわかりやすくして欲しかったですよ。声が一緒のまんま、しょっちゅう入れ替わるから、今どっちなのかわかりづらくて、途中でどうでもよくなっちゃった。

麗子 それは純士がアホやからや! 普通にわかる! 私は全部わかったで!

純士 こういう話が好きな人は、『時をかける少女』とかも好きなんですよ。メンヘラ以下です。

麗子 『時をかける少女』は嫌いやけどな。

――「メンヘラ以下」とは?

純士 メンヘラの作ったもののほうが内容がとっちらかってて、まだ印象に残るんですよ。『君の名は。』を見て思ったのは、本物の凡人の心は、こうなのかもしれないってこと。大学出て、サラリーマンやって、毎朝きっちり電車に乗って。そういう人たちの心って、案外こうなのかもしれない。俺とは人生が違いすぎるので、ちょっとわかんないわ。あともう一つ、すごく気に入らなかったことがある。

――まだありますか? それは何でしょう?

純士 『君の名は。』というタイトルの存在を、途中で匂わせすぎですね。タイトルと内容が一瞬、かするか、かすらないかぐらいが映画や小説の醍醐味で、「なんでこのタイトルなんだろう?」というのをこっちは想像したいのに、天からケツまで、『君の名は。』みたいなことを、やたら言わせよう聞かせよう見せようとしすぎです。学芸会を前にした子供が「僕すごいんだよ! 僕の今からやる演技を見てね!」と練習の段階で周囲に見せまくるのと一緒。もうわかったから、うっせえな、って感じ。幼稚くさい子だな、と。

――よかった点はありますか?

純士 俺、見てる途中で、耳の奥がキーンとなったんですよ。ものすごくまずいものを食ったり、嫌いな人を見たり、つまんないものを見たりすると、キーンとなるんだな、ということがわかったのが唯一の収穫でしょうか。

――本作を総括すると?

純士 金持ちAが現れて、「さぁ、うちの屋敷を見てごらん」と言われて、バカラグラスやフェラーリを見せられたら、ウザってえと感じつつも、やっぱすごいと俺は思って、写メを撮るかもしれない。それがハリウッド大作としましょう。一方、金持ちBの邸宅に招かれて行ったら、フィギュアの山を自慢されたうえ、聴きたくもねえ幻のレコードを延々と聴かされて、「知らねえよ!」って感じで逃げ出したくなった。それが『君の名は。』です。

* * *

 ここまで言って大丈夫なのだろうか? という不安のほか、ここまで意見が対立して、この夫婦は今後うまくやっていけるのだろうか? という不安も募った今回の取材。3人で笑いあえる日はまた来るのか? 次回がもしあるなら、夫婦同伴で来ていただき、『君の名は。』よりもドラマチックな再会を果たそうではないか。
(取材・文=岡林敬太/撮影=おひよ)

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