山田孝之がカンヌ映画祭最高賞目指して、監督・山下敦弘や周りを巻き込み、自分勝手に突き進む。そんな、どこまでがドキュメンタリーなのかわからない「ドキュメンタリー風」番組。



 これまで、芦田愛菜に殺人鬼役やらせたり、大手に出資してもらえなくて山田のただのファンの社長に数千万出資させたり、カンヌ常連監督・河瀬直美に、カンヌに寄せたあざとい映像を見せて叱られたり、前科者役を探すのに本物の前科者を集めてオーデションしかけたり(結局、可能性が高いだろうということで「無職」の人から探すことに譲歩)、村上淳に首吊り特訓させておいて歌が下手だと即日解雇したり、とにかく「どうかしちゃってる山田」を堪能させてくれた。

 そして前回のラスト、打ち合わせ中に突然、長澤まさみが現れた……! それは、またしても勝手に決めた山田が、母親役として呼び寄せていたのだった。

「第10話 長澤まさみ 悩む」を振り返りたい。

 長澤は芦田の母親役ということしか聞いていないらしく、山田とも久々だし、芦田とも共演してみたいとの思いでやってきたらしい。まだ詳しくは何も知らぬ彼女に、簡単なあらすじと特殊な映画の撮影方法が説明される。

 あらすじとしては、父親と娘・らいせ(芦田)を殺しかけた母親・さちこ(長澤)と、その愛人・北村(オーディションで選んだ渡邊さん)に、奇跡的に助かったらいせが復讐を遂げる物語だ。


 そして、その撮影方法とは、奇才漫画家・長尾謙一郎による十数枚からなる絵からイメージして、台本などなしで撮影に挑むという山田流。絵を「読んで」おくように言われ、思わず「読む?」と問い返してしまう長澤。

■ちゃんと演出をする山下

 問題は長尾の描いた最後の絵、狂い死に、裸のまま水死体となった母親・幸子。これをどう描くかをリハーサルしながら長澤を交えて作っていくらしい。

 役の気持ちを問う芦田に「自分を産んでくれた育ててくれた母を、もう自分は殺すと決めてる。その気持ちが悲しい」と演出する山下。


 よく考えたら、この番組始まって以来の山下のプロフェッショナルな一面だ。いつも演出や決定は山田に奪われており、これが本職としての山下の姿なのだが、普段ただの子分のようなダメ男イメージがすっかり染み込んでいるので、こうしたちゃんと「できる」姿を見せられると、ついきゅんとしてしまう。「ダメに思わせておいて、実は最後にちゃんと出来る」マギー(司郎)一門の手口である。

■長澤まさみのすごさ

 芦田に殺されかかった長澤が、恐怖に追い込まれ狂ってしまう演技。「狂い死ぬ」というのがキーらしい。

「私は何も悪くない! 私は何も悪くない!」

 こんなこと言ったら失礼だが、その芝居がさすがなのだ。
編集されているとはいえ、直前までの漠然とした打ち合わせや、ふわーと現れた雰囲気を見ているだけに、いきなり役を仕上げ、具体的に演じる役者のパワーをはっきりと感じる。先ほどの山下もそうだが、やはりプロの仕事を、プロのレベルでこうやって見せてくれるあたり、実にまっとうな「ドキュメンタリー」である。

 金を出したので現場をうろうろしてる出資者の稲垣さん(ガールズバー経営)も、これを間近で観れるとはいい買い物だったはずだ。せめてそうあってほしい。

 長澤の演技を絶賛する山下と山田。「見えましたよね」これはいい作品になるのではといった空気が広がる。


■脱ぐのか、脱がないのか?

 ここで、先日の「前科者」オーディションで見事愛人の北村役を勝ち取った、渡邊元也(エロ漫画家)が到着。刺殺されてるのに「イテテテテテテテテ」と、まるで緊張感のない珍演技で相手役の芦田も笑ってしまうほどだったのだが、なぜか合格し、長澤と挨拶など交わしていやがる。長澤の輝けるキャリアの中で、最弱の相手役だろう。体育座りしてて長澤を見ながら発した「映画観てるみたい」とは正直な気持ちだろう。

 しかし、ここで問題が。

 ベッドシーンのリハーサルをする直前、山田と山下の会話から「今日は脱がせたらダメ」などとの内容が漏れて聞こえてくる。
思わず「質問なんですけど、なんかこう、そういうシーンって、見えない感じ……ですよね?」と長澤が問う。

 しかし、山田と山下は、「体がですか?」「見えない?」「プライド……?」とピンと来ていない様子。ついには長澤に「局部みたいなものが……」とまで言わせる始末。長澤は、全裸の絵を見て、あくまでイメージだと思っていたらしい。

 しかし山田は「状況的に着衣ではない」「隠しはしないですよ?」と、断言する。視聴者は、この現場では彼が決めたことが絶対なのを知っている。
そんなブルドーザーのような山田と、「やっぱ気になりますうー?」と抜かす無神経・山下の波状攻撃。

「そうなんですねー……」と困りながら言葉を選ぶ長澤と、その横で頷く、相手の素人・渡邊。まさか、自身初のフルヌードの対戦相手が素人のエロ漫画家だとは、夢にも思わなかっただろう。渡邊の目は怖いほど真剣だ。芝居下手なのに。

「ここまでストーリーがわからない中で、それ(ヌード)が必要なのかわからない」

 長澤も判断しかねている感じだ。いや、おそらく「なし」なのだろうが、「今すぐには(返事は)難しいかなぁ……」と消極的だ。それはそうだろう。変な深夜番組の、変な映画で、変な顔の素人が相手だ(失礼)。これで引き受けでもしたら、それこそ長澤が変だ。

「今、この場では回答はできないかもしれない」と申し訳なさそうに答える女性マネジャーに、山田は「あー、それか」と吐き捨てる。意味ありげに「持ち帰って・社内で・話し合って・みたいなことですか?」と、さらに確認する。

 山田は、所属する事務所に、どんな仕事をやるかの選択・判断は、山田自身に委ねさせてもらっていると『山田孝之の東京都北区赤羽』の中で語っていた。それは、今回の「長澤」という事例だけでなく、この手の回答を、かつて何度となく見てきたであろう。それは長澤どうこうではなく、一部の役者や事務所や映画会社、ひいては旧態依然とした業界の悪しき慣習などに対する苛立ちの蓄積を表しているようにも見えた。

■エロ漫画家・渡邊という男

 山下は、カンヌのために「魂」を込めたいと、長澤に全部出してほしいと説得する。

 その流れで「もちろん渡邊さんも全部出すでしょ?」と目の前にたたずむ素人の決意までも引き合いにだすが、長澤はピンときていない。当たり前だ。長澤を抱ける千載一遇のチャンスだからか、とっさに「もちろん脱ぎます」と即答する素人・渡邊。

 しかし、渡邊が火だるまで殺されるシーンもスタントなしでやるんだと「初耳」の決定事項を聞かされ、目を丸くする。エロにつられて安請け合いしたら、火だるまにされるという、もはやおとぎ話。

 長澤と全裸で芝居することも「初めて聞いた」はずなのに、火だるまを聞いたときだけ「初めて聞いたんですけど」と食ってかかる姿は、煩悩の塊。さすがエロ漫画家。

 山下は、さらりと最後に爆死することまで付け足し「これできたら、スタントマンの仕事とかめっちゃくるかも」と余計なリクルートを斡旋する。細かった渡邊の目はリアルな「死の危機」を耳にして以来、ずっと刮目している。ちなみにこのやり取りの最中の、長澤の目は死んでいた。かわいそう。

■あの手この手で「脱がせ」にかかる!

 長澤が脱ぐのに抵抗がある理由として「昔はいいと思っていた」が「大人になって見え方が美しいものなのか?」と自分で疑問があると言う。

 一旦返事を持ち帰ることになった長澤に、例の絵を全て渡すが、おそらく断るのを決めているだろう長澤は気まずそうだ。

 後日、東宝に場所を移しての打ち合わせ。ここで、長澤 VS 山山コンビの激しい脱がせの攻防が繰り広げられる。

 まず、「全裸が必要条件の一番だと言われたらお断りした方がいいのかも」と先制パンチを繰り出す長澤に、

・一番ではない。一番は気持ち。(山田)
・この前のリハを見て逆に服が邪魔だと思った。(山下)

 と、やり返す2人。徹底抗戦のかまえ。

 映画の規模の大きい小さいでは決めているわけではないと長澤が断言する。では理由は何か。

 山下が仕掛ける。見えて当然のシーンでも無理に隠す日本映画を不自然に感じたことないか? それを「僕ら」で変えていきたいんだと、続く日本映画のために、パイオニアとして先陣切ってやってやるんだと、大義をちらつかせる。

 さらには「俺も現場で全裸で演出してもいいですよ」と、長澤にとってどうでもいいことを言い出す。長澤は、先日の渡邊が火だるまになるのを聞いたときと同じ顔だ。

 どさくさに紛れて「カンヌって、そういうやり方らしいんですよ?」と結構な嘘まで言っていた。

 普段、山下を困らせてばかりの山田も「日本だとそういうのないから」「こっから先、(映画の)誤魔化しがきかなくなる」「脱ぐことで強さ・気持ち・表情が出る」と、かつてないほどの協力体制。北風と太陽が手を組み、なりふり構わず女性を脱がそうとしているような必死さだ。

 さらには「一瞬」「ちらっと」「片方」など、一口アイスをもらおうとしてる子どものような言葉を口にして、長澤に怪しまれてしまう。

 ついには、「僕らは男として長澤さんの裸を見たいわけじゃなくて、映画を作る上で、さちこに脱いで欲しいんです」と余計に怪しい言葉まで口にしてしまう。言えば言うほど、脱がせたい感があふれる2人。

 結局「なんか身体だけなのかなーって」と、ますます長澤に警戒されてしまうはめに。がんばれ2人とも!

・リアルな丸見えな感じだと引くのでは? 内容が頭に入らないのでは?

・「今の私が脱ぐとストーリー関係なく、そこだけしか注目されないということがわかったから」「今やるべきことではないと思う」

 以上の理由を口にする長澤の決意は固そうだ。

■全裸→ナレーションに変更

 話し合いを終え、席を立つ山下の「じゃあ」という言葉に、もう降板するつもりの長澤は「すいません」、山下は「よろしくお願いします」。噛み合わない。

 直後、「こうして、私が映画に出演することはなくなりましたが、流れでこの番組のナレーションは引き受けることになりました」との経緯が長澤本人の声で説明される。まさか裸と引き換えのナレーションだったとは。しかし残念。

 そして、長澤の代わりは巨大な「像」を使い、それを「さちこ」として撮影することに。その「像」のビジュアルはおそらく長尾作で、巨大な球に近い全裸、その乳首から水が噴き出してるという前衛的なもの。

「これをいじると、また違うって言い出すから」と、この通り忠実に再現するように助監督に発注の指示を出す山下。山田を見越してのことなのは言うまでもない。

 そしてついに、8月29日クランクイン当日を迎えたところで次週へ。

 次週は「第11話 芦田愛菜 決断する」

 ふざけつつも、「もしも長澤まさみが知り合いに無理なヌードをお願いされたら?」という、よくできたドキュメンタリーを見せてくれた今回。クランクイン5日前にする作業とは思えないが、いよいよ撮影が始まる。

 あのまま、村上淳や長澤まさみが出演していたら、十分メジャーでも勝負できそうな豪華さなのだが、山田はそれをよしとしなかった。それを蹴ってでもこだわった内容。果たして映画は完成するのか? 5月の「カンヌ」は期待していいのか? いよいよ残りあと2回。
(文=柿田太郎)