「面白い!」「完全に騙された!」「感動した!」と映画ファンの間で噂を呼んでいるのが、上田慎一郎監督のノンストップコメディ『カメラを止めるな!』だ。今年の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」でゆうばりファンタランド賞(観客賞)を受賞。

4月にイタリアで開催された「ウディネ・ファーイースト映画祭」では1位の観客賞をごく僅差で逃したものの、2位のSilver Mulberry Awardに選ばれ、各国から配給の申し込みが殺到している。2017年11月に6日間限定で行なわれた国内での先行上映会は、全席が瞬く間にソールドアウトするほどの人気を呼んだ。インディーズ映画ながら、口コミで『カメラを止めるな!』の面白さが世界中へと広がりつつある。

 タンクトップ姿の若い女性がゾンビに襲われるシーンから映画はスタートする。B級ホラー『ワンカット・オブ・ザ・デッド』の始まりだ。ここから37分間にわたって、ワンカット撮影によるゾンビ映画がゆるゆると続く。
1台のカメラで、しかも長回しで撮られている独特のテンションが流れているものの、観た人全員が大絶賛していることにはふと首を傾げてしまう。キャストは無名だし、演技は微妙だし、妙な間があるし……。

 ところが『ワンカット・オブ・ザ・デッド』が終了すると同時に、本編『カメラを止めるな!』が幕を開ける。実はこの映画、B級ホラーの撮影事情を描いた内幕ものだったのだ。お人よしな監督に難題を吹っかけるプロデューサー、超わがままな俳優、撮影になかなか集中できずにいるスタッフたち、と撮影の舞台裏が次々と明かされていく。撮影現場で起きるハプニングの数々に大笑いしながらも、視聴後はすぐに忘れ去られそうなB級ホラーを健気に作っている人々の映画愛、さらには家族愛が思わぬ感動を呼ぶのだ。
インディーズ映画界に現われた“新世代の三谷幸喜”と呼びたい上田監督に、バックステージものの傑作『カメラを止めるな!』の舞台裏について語ってもらった。

──ぬるい低予算ホラー映画だなぁと思って観ていたら、クライマックスは思わず感動する展開に。完全に騙されました(笑)。ユニークな作品スタイルはどのようにして生まれたんでしょうか?

上田 4、5年ほど前になるんですが、ある舞台を観て、そこからインスピレーションを得たんです。すごく面白いと聞いて観に行ったところ、最初はB級サスペンスっぽい展開で、「あれ~、上演終わった後、なんて感想を言おうかなぁ」と微妙な気分で観ていたんです。すると1時間ほどでカーテンコールになり、「えっ、もう終わったんだ」と思っていたら、そこから舞台裏が描かれるというコメディ展開だったんです。
これは面白いなと。それでストーリーも登場人物も変えていますが、この作品の構造を使った映画をつくりたいと、プロットを開発していったのが『カメラを止めるな!』なんです。

──同じ時間を別角度から捉え直す点では、吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』(12)、無茶な映画製作のオーダーについつい応えてしまう映画人の哀しい性を描いているという点では、園子温監督の『地獄でなぜ悪い』(13)などを連想させますね。

上田 映画ならではの時間軸を遡らせたり、時間を省略させた作品が大好きなんです。『桐島、部活やめるってよ』は劇場で3回観ましたし、DVDでは何十回見直したか分からないほどです。クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』(94)や内田けんじ監督の『運命じゃない人』(05)、スタンリー・キューブリック監督の『現金に体を張れ』(56)も昔から好きですね。
バックステージものもよく観ています。三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』(97)とか。いちばん影響を受けたのは、三谷さんが作・演出した舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』です。副題が『幕を降ろすな』。三谷さんのドラマや舞台は、僕が思春期の頃に見たので、僕にとってはど真ん中なんです。

■本番中のほつれを大事にした

──劇中劇『ワンカット・オブ・ザ・デッド』と舞台裏が綿密にリンクする脚本を書き上げるのは、簡単じゃなかったのでは?

上田 映画の脚本は中学の頃から書いていることもあって、これまで撮ってきた短編映画の脚本はだいたい一晩で初稿を書き上げています。

脚本を書くスピードは速いほうだと思います。でも、今回はさすがに時間を要しました。初めての劇場デビュー作ということもあり、2カ月くらい掛かりました。脚本を書く上で難しかったのは、メインになる登場人物が15~16人ほどいるんですが、それぞれに見せ場をつくることでした。今回、ワークショップに参加した新人俳優たちを使って映画を撮るという企画だったので、決して安くはないワークショップ参加費を払って参加してくれた出演者たちに、それぞれに見せ場をつくるという使命があるなと思いました。それに加え、表の芝居とその裏で起きているエピソードをうまく呼応するような脚本にしなくちゃいけなかったので、嫁と生まれたばかりの子どもを里帰りさせて、脚本執筆に集中しました。


──ワークショップ参加者にそれぞれ見せ場を用意したいという上田監督の心配りがあったんですね。苦労した甲斐あって、脇役俳優や裏方スタッフにもひとりずつ人間味があって、それぞれが自分の人生を歩んでいるんだろうなぁということを感じさせます。

上田 そうですね。個性的なキャストが集まってくれたと思います。上映時間が96分なんですが、その中に15~16人もキャラクターがいると観客は混乱しないかなと心配でしたが、みなさんそれぞれのキャラクターを楽しんでいただけているみたいでよかった(笑)。

──クランクイン前に、かなりリハーサルを重ねた?

上田 はい、特に37分間の部分ですね。でも、リハーサルをやり過ぎないようにも気をつけました。あまり固めすぎると面白くないなぁと。本番中にほつれみたいなものが出たほうが面白いんじゃないかなと。本作を実際にご覧になっても区別はつかないと思いますが、僕が脚本上で書いていたトラブルと、それとは別に現場でリアルに起きたトラブルが交じっているんです(笑)。ゾンビメイクが間に合わずに、キャストがアドリブでつないでいる場面は、本当にメイクが遅れてしまって、みんな必死でつないでいます(笑)。あとカメラのレンズ部分に血のりが付着してしまうんですが、あれもアクシデントでした。あのときは僕とカメラマンとでアイコンタクトを交わして、乗り切りました。本番では37分間の長回しは6回挑戦し、最後までカメラを回したのは4回です。血のりで衣装が真っ赤になってしまうので、1日に2~3テイクやるのが精一杯でしたね。

──撮り終わった瞬間は「やったー!」ですね。

上田 いえ、カメラにちゃんと映っているかどうか確認するまでは安心できなかったですね。カメラマンが転ぶ場面があるんですが、本番でカメラマンは本当に転んでしまい、転んだ拍子にカメラの録画スイッチがオフになり、最後まで演じたけど確認したら撮れてなかったなんてこともあったんです(苦笑)。僕やスタッフがカメラに見切れないようにするのも、けっこう大変でした。ちょっとくらいなら見切れてもいいように、スタッフも僕も劇中衣装の『ワンカット・オブ・ザ・デッド』Tシャツを着ていたんです(笑)。

■二度は撮れないカットを撮ることの大切さ

──「早い、安い、質もそこそこ」を売りにしているディレクターの日暮(濱津隆之)は、現場のことをよく知らないプロデューサーから無茶ぶりされ、断れずにワンテイクのゾンビものを撮ることになる。雇われ監督だった日暮が、あまり気の進まない企画ながらも撮影現場に入ると全力以上のものを発揮してしまう。雇われ監督ならではの哀歓が、本作の肝になっているように感じました。

上田 自分が本当にやりたい企画なら、がんばるのが当然ですよね。あまりやりたくないはずの企画で、さらに現場で次々と問題が起き、トラブルに巻き込まれていく展開のほうがコメディになるなと考えたんです。監督の日暮は普段は再現ドラマのディレクターという設定です。再現ドラマって、1日でものすごい量のカットを撮らなくちゃいけない。それでも職人として、納期を守ることをいちばんに考えている。スキルを持ちながら、妥協することもできるプロフェッショナルだと思うんです。これが映画監督なら「こんな質のものは世間に見せられない」とお蔵入りさせてしまうかもしれない。僕は、大人の職人であることに憧れみたいなものが少しあるんです。日々の仕事に対する葛藤を持ちながら、あるとき娘に対する格好つけもあって、ちゃんとした作品をつくろうという気持ちが湧いてくるわけです。

──ディレクターの日暮には、上田監督自身の体験も投影されている?

上田 多分にあると思います。わがままな役者っていますよ(笑)。適当なプロデューサーもいます(笑)。最初は「監督の好きなように撮ってかまいません」と言いながら、撮影直前になって「クライアントから頼まれました」「この人をちょっとでいいので、どこかで使ってください」「台詞を増やしてほしいと事務所が言ってきたので、よろしく」とか。でも、僕はなるべく、そういう無茶ぶりも楽しむように心掛けるようにしています。

──現場では意図せぬアクシデントが次々と起こる一方、役者やスタッフたちとの個性が化学反応を起こし、思いがけないものが生まれることに。

上田 そこは、すごく意識していることです。リハーサルはやりますが、本番では逆にリハーサルで固めていったことを、崩そうと考えています。何度やっても撮れるカットじゃなくて、二度と撮れないカットを積み重ねていきたいんです。ドキュメンタリーが入った、二度は撮れないカットを狙うことは、映画づくりにおいて重要なことだと思いますね。

■流行に左右されない、100年後に観ても面白い映画

──『ワンカット・オブ・ザ・デッド』は日暮ディレクターの奥さんや娘がアシストすることで、カメラを止めることなく撮影が続くことになる。上田監督の奥さまは、アニメ映画『こんぷれっくす×コンプレックス』(15)のふくだみゆき監督。ふくだ監督の協力も大きかったのでは?

上田 とても大きかったです(笑)。物理的なことで言えば、『カメラを止めるな!』のタイトルロゴやポスターなどのビジュアルは、彼女がやってくれました。衣装なども、相談して決めています。女性はこういう場でピアスは付けないとか、そういう細かい点は、男ではなかなか気づきません。あと、いちばん大きなのは僕のメンタルケアですね(笑)。

──それ、とても大事ですよね。

上田 ハハハ。やっぱり外でイヤなことがあって、落ち込むこともあるわけです。でも、家に帰って話し相手がいるのは、すごく大きい。「実は今日はこんなことがあってさ~」と話しているうちに、だんだんと笑い話になっちゃうんです。精神衛生上、とてもいいですね。脚本もその都度、いちばん最初に読んでもらっています。妻は遠慮がなく、面白くないときはハッキリと「面白くない」と言ってくれるので、有り難いですよ。『カメラを止めるな!』には当時生まれて数カ月だった息子も出演しています。脚本を書いているときに、夜泣きがすごくて、そのときの体験を脚本に活かしました。『カメラを止めるな!』は妻と息子なしでは完成しなかった映画です(笑)。

──クラウドファンディングで製作された本作ですが、HP上の「100年後に観ても おもしろい映画」という上田監督のスローガンが印象に残ります。

上田 最近起きた事件や事象を追い掛けて映画を撮るというよりは、50年や60年経っても楽しんで観てもらえるような娯楽作品を追求したいなと僕は考えているんです。映画そのものの面白さが真ん中にあるような普遍的な映画を、これからも撮っていきたいですね。
(取材・文=長野辰次)

『カメラを止めるな!』
監督・脚本・編集/上田慎一郎
出演/濱津隆之、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、細井学、市原洋、山﨑俊太郎、大沢真一郎、竹原芳子、吉田美紀、合田純奈、浅森咲希奈、秋山ゆずき 
配給/ENBUゼミナール・シネマプロジェクト 6月23日(土)より新宿K’s cinema、池袋シネマ・ロサにて劇場公開
(c)ENBUゼミナール
http://kametome.net

●上田慎一郎(うえだ・しんいちろう)
1984年滋賀県出身。中学・高校の頃から自主映画を制作。2010年から映画製作団体PANPOKOPINAを結成。主な監督作に、短編映画『テイク8』(15)、『ナポリタン』(16)など。オムニバス映画『4/猫』(15)の一編『猫まんま』で商業デビュー。『カメラを止めるな!』で劇場長編デビュー。同級生のわき毛が気になって仕方がない女子中学生を主人公にした、ふくだみゆき監督のアニメ作品『こんぷれっくす×コンプレックス』(15)ではプロデューサーを務めている。