5月10日深夜に放送された『きのう何食べた?』(テレビ東京系)の第6話は、筧史朗(西島秀俊、以下「シロさん」)の自意識が暴走した回である。
上町法律事務所に女性の司法修習生・長森夕未(真魚)がやって来ることに。
実際、夕未はシロさんに好意のあるそぶりを見せるのだ。この態度にいちいち困惑するシロさん。焦り、慌てふためき、自分が恋愛対象に見られていないか確認すべく、夕未に「彼氏はいないの?」と、ついつい聞いてしまった。
シロさんの心境がわかっていればこの問いにも納得だが、相手からすると、あまりにも脈略がなかった。ドン引きする夕未。
こんなことが起こったそもそもの原因は、シロさんの自己評価の高さにある。だから勝手に1人でしどろもどろになり、結果的に起きてしまったセクハラ事案。まあ、顔が西島秀俊だったら、誰でも自意識過剰になるとは思うが……。
同時期に、シロさんは小日向大策(山本耕史、以下「小日向さん」)からのお誘い攻撃にも頭を悩ませていた。
シロさんは小日向さんと待ち合わせた。
「小日向さんは割と俺のタイプなんだ……!」(シロさん)
あなたの顔を見てればわかる。あからさまにうれしそうだから。
第6話は、「男女からのモテ期到来!」という勘違いから「フラれてガッカリ」というシロさんの自意識過剰回だった。実は、原作において司法修習生のエピソードと小日向さんに誘われるエピソードは別々の回で描かれている。この2つをくっつけたドラマ制作陣のセンスは特筆ものだ。シロさんが独り相撲したエピソードとして、見事1つにまとまった。
なんといっても今回は、待望のジルベール初登場である。原作でも人気の高いキャラクターだけに、ハードルは上がりまくっていた。
ジルベールを演じる役者は磯村勇斗と、すでに発表済みだ。不安材料はあった。シロさんは彼を見たとき「どこがジルベールじゃ!」と内心でツッコむのだ。
いや、恐れ入った。磯村自身はイケメンのはずなのに、イケメンと呼ぶには少々惜しいジルベールの雰囲気を彼は仕上げてきていたのだ。ジルベールが、ちゃんとジルベールだった。
磯村といえば、『今日から俺は!!』(日本テレビ系)の相良猛役が記憶に新しい。筆者は同作のレビュー記事で『今日俺』のMVPとして磯村を挙げたが(参照記事)、あのときの彼の作り込み(狂気の再現など)もすごかった。さらに、今回も原作以上に原作っぽいジルベールとして登場。磯村もすごいし、彼を起用したドラマ制作陣の目利きもすごい。素直に驚いた。
また、磯村に呼応する山本耕史もいい。シロさんと会話するときのダンディさはどこへやら、ジルベールが来た途端にクネクネし始める。渋声から甘声への異常な高低差。原作版小日向とドラマ版小日向には若干の違いがあるが、山本は役を完全に自分のものにしている。
実は、ジルベールと会話した際、山本は一瞬セリフをかんでいる。そのかみを、磯村は「かわいい」とアドリブでツッコむことでフォローし、OKテイクにさせた。これぞ、まさに丁々発止。
第7話では、シロさん、小日向さん、ジルベールにケンジを加えた4人が一堂に会して食事するようだ。つまり、西島、内野、山本、磯村という実力派の役者4人が集結する見せ場でもある。この面子による演技合戦が今から楽しみで仕方ない。というか、この面子なのに公安ドラマでも時代劇でもなく、ラブラブなカップル2組による会合が描かれるという事実がすごい。
司法修習生からはガッカリされ、小日向さんからの誘いは勘違いだった。へこんだシロさんは「今日は何もしたくない」とふさぎ込むが、とはいっても鍋を作ろうとするのがならでは。普通の人なら、こういう日は弁当かカップラーメンで済ますだろうに。今までのグルメドラマと違い、自分で料理を作るところがこのドラマのいいところ。やりきれないことがあっても、料理が発散させてくれる。さらに、その料理を大切な人と食べれば、いつの間にかもやもやは消えている。その過程に救いがあるのだ。また、元気になったシロさんにケンジが安堵している様子も素敵だった。相性がいい人との食事は幸せをもたらせてくれるのだと、改めて実感する。
また、食べ過ぎようとするケンジをシロさんが咎める場面も秀逸である。
シロさん「おいおいおい! うまいからって食いすぎるなよ」
ケンジ「え~っ。また腹八分目にしとけって言うの?」
シロさん「この後があるからだよ」
ケンジ「……」
無言の間の後、ニヤッと笑うケンジの喜び方が妙だ。明らかに勘違いしている。シロさんはシメの雑炊のことを言っているのに、ケンジはエロいことを想像している。このドラマ、ちょいちょいそういうのを意外とぶっ込んでくる。
今夜放送の第7話は、ケンジがどうしてシロさんのことを好きになったか理由を明かすエピソードだ。……というか、気づいたらもう7話か。『きのう何食べた?』は全12話と発表されており、折り返し地点はもう過ぎたということ。すでに、現時点で名残惜しい。
(文=寺西ジャジューカ)