写真/Getty Imagesより

 新型コロナウイルスの感染拡大が世界を席巻する中、北海道大学の研究グループが発熱や筋肉痛などを引き起こす感染症の原因となる新しいウイルスを発見した。このウイルスは「エゾウイルス」と命名された。

 研究グループは、北海道大学、市立札幌病院、北海道立衛生研究所、国立感染症研究所、長崎大学、酪農学園大学、北海道医療大学などで、研究成果はNature Communications 誌に掲載された。

 2019年と20年にマダニに刺された後、数日~2週間程度のうちに発熱・血小板減少といった急性症状を示し、札幌市内の病院を受診した2名の患者がおり、この検体から免疫不全マウスと培養細胞を用いてウイルスを分離培養した。培養したウイルスは遺伝子配列解析装置を用いてウイルス種を突き止めた。

 培養したウイルスの遺伝子解析の結果、2名の患者は未知のナイロウイルスに感染していたことが判明した。患者が発熱していた期間にこのウイルス遺伝子が血中から検出され、解熱後に消失していたことため、急性の熱性疾患の原因がこのウイルスであると考えられた。

 ナイロウイルスはブニヤウイルス目ナイロウイルス科に分類されるウイルスで、人に病原性を持つウイルスも確認されており、出血熱の原因となるクリミア・コンゴ出血熱ウイルスが含まれる。

 研究チームはこの新たなウイルスを「エゾウイルス」と命名した。

 マダニは人間や動物から吸血する節足動物で、さまざまな病原体を媒介する。北海道ではダニ媒介脳炎の原因となるダニ媒介脳炎ウイルスや、ライム病や回帰熱の原因となるボレリア属細菌が確認されている。

 一方、西日本から関東にかけては、日本紅斑熱の原因となるリケッチア属細菌に加え、最近では重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の原因となるSFTSウイルスが問題になっている。

 解析技術の発展によって、世界各地のマダニからウイルスを含む新たな微生物が次々と発見されており、マダニ中には未発見の病原体がまだ存在していると考えられている。

 エゾウイルス発見後、北海道立衛生研究所が保有するマダニに刺された後に発熱するなどしてダニ媒介性感染症が疑われ、同所に検査依頼があった248検体を調査した。

 その結果、248検体から5つのエゾウイルス遺伝子陽性検体が見つかり、最も古い陽性検体は14年のものだった。先の2症例を合わせると14年から20年までの間に合計7名の感染者が発生していたことになる。

 これらの感染者に共通する点は、6~8 月にマダニに刺されてから数日~2週間の間に発熱や食欲不振が始まり、病院にかかった際には血小板減少や白血球減少、肝臓の機能を示す検査項目の異常値といったSFTSでも良く見られる症状を示していたこと。

 なお、これら7名は北海道内での感染が疑われている。また、7名の感染者のうち回復後の検体が残っていた4名については、エゾウイルスに対する抗体ができていたこともわかった。

 その後、北海道内の野生動物におけるエゾウイルスに対する抗体調査を実施したところ、エゾシカ、アライグマで抗体陽性個体が見つかった。また、北海道内のマダニにおけるエゾウイルス遺伝子調査を実施したところ、オオトゲチマダニ、ヤマトマダニ、シュルツェマダニがエゾウイルス遺伝子陽性を示した。

 これらの結果は、エゾウイルスがほかのナイロウイルス同様にマダニによって媒介されるウイルスで既に、北海道に定着していることを示している。

 同研究グループでは、エゾウイルス感染症(エゾウイルス熱)は日本国内では初めて確認されたナイロウイルスによる感染症であり、ナイロウイルスのほとんどはマダニの吸血によって媒介されるウイルスで、エゾウイルスも同様にマダニの吸血によって体内に侵入すると考えられる。「エゾウイルス熱の主症状である発熱や血小板減少などは、同じくダニ媒介性感染症であうSFTSや回帰熱に類似しているため、診断を目的に各地でエゾウイルス検査体制を早急に整える必要がある」と警鐘を鳴らしている。

 さらに、「研究は北海道のみを研究対象としたが、本州の一部地域で実施した調査では野生動物からエゾウイルス特異抗体が確認されており、北海道以外の地域でもエゾウイルス熱患者が発生する可能性がある」と指摘している。

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