ラジオ『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)公式Twitter(@Ann_Since1967)より

 8月13日深夜に放送された『鬼越トマホークのオールナイトニッポン0』(ニッポン放送)が、ラジオマニアの間で話題になっている。

 8月8日~13日の期間、ニッポン放送はすべての番組をお笑い芸人が担当する「オールナイトニッポン お笑いラジオスターウィーク」を開催。その1週間の大トリは、“単発ANNの王”鬼越トマホークだった。最後の最後に核弾頭の2人を据える英断もさることながら、ニッポン放送の鬼越に対する期待の大きさも窺える。

 鬼越のことを“単発ANNの王”と称したが、彼らがANNを担当するのは1年3カ月ぶりだ。前回のANNではリスナーの住所を生放送中に晒すという事件を起こしており、そう考えると1年ちょいで戻してくれた制作側の愛が逆に深く感じられる。

 放送前、鬼越の坂井良多は、Twitterで意気込みを隠さなかった。

坂井、突然の結婚発表で芸人たちをまとめてイジる

 番組が始まるや、いきなり「お笑いラジオスターウィーク、あんま盛り上がんなかったらしいですね」と、余計なことを言う鬼越。

 そして、初っ端から全方位に牙を剥く。「ナインティナインを腐そうと思ったら、鈴木杏樹の話ばかりしたモグライダーのANNが期待外れだった」「オードリー春日が金ちゃんの実家の居酒屋に来たが、知人のテレビ局員にお代を払わせてタダ食いで帰った」「森脇健児をイジっていた安田大サーカス団長が、森脇より面倒臭くなっている」「アンジャッシュ渡部が復帰したら、調子が良かった児嶋が減速した」などなど。開始15分で彼らがイジったタレントは、TKO木本、ナイナイ矢部、ほんこん、モグライダー、鈴木杏樹、オードリー春日、安田大サーカス団長、森脇健児、ノブコブ吉村、アンジャッシュと、手当たり次第だ。フルスロットルである。

 こんなふうに悪口を撒き散らし、さらに「俺らは本当はTBSラジオ派」と制作側にまで食って掛かる始末。ここで、坂井が行ったのは突然の結婚発表だった。

坂井 「私、結婚しました!」
金ちゃん 「えーっ! 本気で!? 誰と?」
坂井 「彼女ー! ゆみのー!(元アイドルの早乙女ゆみのさん)」

「TBS派」と言ったそばから、レギュラーでもない単発ANNで結婚発表をする鬼越は、実は義理堅いのではないか?

坂井 「つうか、お前よ! なんだ、そのリアクション!! 1カ月前から(結婚を)知ってただろう!」
金ちゃん 「言うなよ! ラジオっぽいだろ、こっちのほうが!! 相方、そこで知るみたいな」

「こういうのはラジオっぽい」と言い出し、ラジオで結婚発表した芸人(オードリー若林、マヂラブ村上ら)をまとめてイジりにいった鬼越。相変わらずの尖りである。

 結婚は、坂井にとって人生に訪れた大事な出来事だ。ここで彼が語り始めたのは、生まれ育った境遇の話だった。

「僕は生まれてからずっと、家族も仲悪いし、一族も物凄い仲悪かったですよ。親父ともずっと確執あって、今も確執は拭いきれてなくて、ちゃんと『芸人やってる』って言ったことは1回もないんだけど」

「一族も仲悪くて。でも、祖父さんが温泉を掘り当てたから温泉の商売をやってた。仲悪いのに、一族でずっと同じ商売をやってて。普通に生活してたら、ある日突然、父の兄貴が手作りの斧を持って家を訪れることなんてないでしょ? 自分の弟に対して『お前、逆らうんだったらお前んちの息子、4人全員殺してやるからなー!』って言って」

「親父とお袋もまったく仲良くなかったんで、(自分は)『絶対、結婚しない』と思ってた」

「俺、『結婚する』って親父に言ってないからね。そのぐらいの仲。つうか、しゃべってない。生まれてから10時間もしゃべってないんじゃないか?」

 まるで、リアル犬神家である。不仲とはいえ、親に結婚報告さえしていない坂井。つまり、父よりも単発ラジオ番組のリスナーに先に結婚を報告していたのだ。

 こんなふうに自身の身の上をとうとうと語り出す坂井を、相方の金ちゃんは制した。彼は、「ラジオは明るく楽しく人の悪口を言うのがいい」という考えの持ち主である。

金ちゃん 「良ちゃん、やめよう。今日、結婚でめでたい日なんだから」
坂井 「いや、しゃべらせてくれよ、歴史を。こういう紆余曲折があって。しゃべらせてくんないの?」
金ちゃん 「親の話をすると暗くなっちゃうんだよ、いつも良ちゃんは。めでたいから彼女とのハッピーな話を聞きたいの、俺は」
坂井 「いや、こういう話もいいんじゃないのとは思うけどね。ハッピーな話ばっかじゃないよ」

 すでに、番組が始まって35分が経過している。

坂井 「……やめる、この話? 俺、結構したいんだけど。やめていいよ。楽しい話しようぜ」
金ちゃん 「いや、全然いいけど。しゃべってもいいけど、35分しゃべってるからタイミングで(スタッフが)『タイトルコールに行こう』って言ってるから。いい、行って?」

 こんな無粋なタイミングのタイトルコールは、初めて聴いた。途中でトークを止めてまで無理にタイトルコールしなくてもよかったと思うが、タイムスケジュールとしてもタイトルコールを挟み、それをきっかけにコーナーを始めたい事情があったのだろう。

 こうしてトークを切られた坂井は、途端にテンションを落とした。そして、黙り込んでしまう。

金ちゃん 「良ちゃん、楽しい日だろう(笑)? 結婚発表してハッピーな日なんだからさあ」
坂井 「いや、小馬鹿にされる話でもないなあと思って」
金ちゃん 「してないよ。盛り上げようと思ってただけなの、今は。ローテンションになっちゃったからさ。別に、そんな変な意味とかはないからね」
坂井 「信頼してた相方がこうなっちゃうのかなと思って……。テンション下がっちゃったなあ。人生懸けてしゃべってやろうと思ったんだけど(苦笑)。相方がこんな感じかあと思って」
金ちゃん 「いやいや、良ちゃんそんなのはないでしょ。(メールを読んで)『長くなってもいいから話してくれませんか』って来てるから、これは話そう」
坂井 「……」
金ちゃん 「ヘソ曲げないでよ、そんな(苦笑)。楽しくやろうよ」

 コンビという特殊な関係が、坂井の鬱状態を招いた気がする。普通の距離感なら、進行を気にする相手の役目も理解できるはずだ。相方を好きすぎるから話を聞いてほしかったし、期待しすぎてしまうのだろう。逆も然り。金ちゃんは坂井を小馬鹿にしていないが、長年の信頼があったがゆえにトークをぶった切り、タイトルコールに容赦なく踏み込んだ。関係性があるからこその、今の展開だ。

 正直、リスナーは……少なくとも、筆者は半信半疑だった。坂井が真面目に人生を語り、そして鬱モードに入り、番組の空気を悪くする、というネタだと途中まで疑っていたのだ。しかし、次第に「あれ、これってマジか?」と気付いていった。だから、余計にリアルだったのだ。

金ちゃん 「良ちゃん、頼むよ! 今日はハッピーな日で、『おめでとう』ってなってさあ……」
坂井 「(遮って)いや、ハッピーは人それぞれなんだよ。お前のハッピーと違うのよ。俺のハッピーって、不幸の上に成り立ってるハッピーだからさ。その歴史を説明しようと思ったんだけど」

 たしかに、結婚発表の流れでハッピーを貫くか否かは人それぞれだ。「結婚=人生の新章のスタート」なのだから、坂井は半生を語ろうとした。結婚という重大な節目だから、人生を振り返って伝えたかった。

 金ちゃんの気持ちもわかる。結婚を報告した直後に坂井が始めたトークが重すぎたため、雰囲気を変え、笑いの空気でショーとしてのラジオをやりたかった。同時に、相方の思いを受け止めたい気持ちも彼の中で共存している。ラジオに対するどちらのスタンスもわかるだけに、より聴き応えは増したという皮肉。予定不調和の“本音ラジオ”であり、“人間ラジオ”だ。

坂井 「最初に、俺が軽快にハッピーにしゃべって。(TKOの)木下さんとか木本さんの話とか、あそこって俺的に心がない部分なのよ。絶対にこの話(人生の振り返り)にはつなげようと思っていたから」
金ちゃん 「そこはもう、俺も知ってたよ。『この話はする』って(本番前に)言ってたけど、空気感は(俺に)伝わってなかったね」
坂井 「こうなってしまった以上、これで成立させるしかないから。でも、ここからでもいいから、俺の思いをお前に聞いてほしいというか」
金ちゃん 「それは、しゃべってもらってね……」
坂井 「(遮って)こうなった以上、お前のコーナーとか台本見ながら進行するというのも取っ払おうよ。取っ払ってやってきたんだから、鬼越トマホークっていうのは」
金ちゃん 「それは、全然大丈夫だから」

 予定通り進まないジレンマ、もしくは空気を入れ替える目的なのか、トークを中断させてまで挟み込まれる曲やCMがこのへんから妙に多くなった。しかも、この最悪のタイミングで流れた曲は、鈴木紗理奈「シャレになんない」である。これは、ディレクターからのメッセージか? 選曲で鬼越をイジる格好になっているが、聴いている側は反応が難しい。

「台本無視を宣言 → CM → トーク再開 → 1分後に鈴木紗理奈の曲を流す → CM」という流れからは、あまりにもな緊迫感が伝わってくる。「シャレになんない」の曲紹介を鬼越にさせず、サクッと「曲に行きます、お願いします」で金ちゃんがディレクターにバトンを渡した様子からは、ブース内がかなり重い空気になっていることも窺えた。

 CMが明けると、坂井が結婚したゆみの夫人から電話がかかってきた。

ゆみの 「もぴ~? 奥さんだよ! のろけてくれ~!」
坂井 「ごめんね。申し訳ない」
ゆみの 「良ちゃん、ゆみのの好きなところ10個言ってくれ」
坂井 「3個しかない(笑)。小さいの10個じゃなくて、大きいの3個しかない」
ゆみの 「じゃあ、大きいの3個言ってコーナー行こう!」
坂井 「可愛い、面白い、可愛い(笑)。ハッハッハッハッハ」
ゆみの 「大好きー! イエーイ!」
坂井 「ごめんねー。ちょっと戻します! すいません」

 明るくて、いい奥さんじゃないか。番組を聴き、ブースの状況を察し、電話してきてくれたのだ。坂井は結婚をしてよかった。これで一気に、張り詰めた空気は変わった。

 とは言っても、そのままコーナーに全振りするわけじゃない。坂井は、やはり半生を語りたがった。

「これだけ言わせて、5分ぐらいで! 仲悪くて絶望的な一族に育ったっていうのはあるのよ。家族間の会話はゼロで、チャンネルの主導権も親父が何十年も握る。そんな生活の中、親父への恐怖もあって。で、親父は志村けんさんの笑いがすべてだったから、ダウンタウンさんをまったく認めなかったの。『下品だ』って言って。ダウンタウンさんをまったく見れない環境というか、AVみたいな感覚でさ、ダウンタウンに触れない思春期を育って、学校の話題にも付いていけずさ、溶け込めずにいたわけよ」

 その後、高校を卒業した坂井は実家のお金を頼りにプー太郎生活に突入した。アルバイトを始めてはすぐに辞め、友だちは1人もいなかった。

「それで20歳のときにブックオフに行ったとき、100円コーナーに松本(人志)さんの『遺書』があったの。小っちゃいときから『ダウンタウンを見ちゃいけない』みたいな家庭に育ったから、その『遺書』になんか惹かれる感覚があったんだよね。ずっと、興味があったし。(中略)松本さんも『父親と確執があって、見返そうと思って(お笑いを)やった』みたいな。そこに強く惹かれて」

 友だちはいないし、人前に立つのも苦手。人とコミュニケーションが取れなかった坂井だが、『遺書』を読んで3年が経過した23歳の頃、ついにNSC(吉本興業の芸人養成所)入学を決意した。

「『この人(松本)に会いたい』と思って、NSCに入ったのよ。それで、NSCに入って……お前と出会ったんだ、俺は。お前と出会ったときに、俺はもう、今だから言うけど、絶対にこいつだと思った。お前しかいないと思って、俺は……たぶんお前と組めば、ダウンタウンさんまでたどり着けると(泣)」

「1冊の100円で買った本で、お前まで運良くたどり着いてさ。いろいろやってきて、ダウンタウンさんまでたどり着いたじゃない。そのときに、俺は『この決断は間違いじゃなかった』と。それで、ゆみのっていう俺のことを好きになってくれる女性と出会ってさ。俺も『絶対、結婚なんかしないし、人の人生なんて背負えない』と思ってたけどさ、結婚するって決めて。内に秘めてたダウンタウンさんへの思いも、なんとか松本さんに出会えてさ」

 8月12日に婚姻届を出した坂井夫妻。その前日の11日は、鬼越が出演する『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)の収録日だったそうだ。

「みんなに(結婚を)言わないようにしてたけど、相方とマネージャーとダウンタウンさんだけには筋を通そうと思って」

「松本さんに挨拶したらさ、『おめでとう』って言ってくれてさ。『今度、お祝いしような』って言ってくれて。なんかそれで、田舎の古本屋で100円で買ったときを走馬灯のように思い出しちゃってさ。あの1冊がなかったらこんな人生歩めてなかった、お前も隣にいなかったしね。(NSCに)入ってよかったなと思ってさ。で、結婚もするし。こんな人生になると思わなかったなあ、あんな田舎の閉鎖的なところで20年ぐらいつらい思いをしてたのに」

 なぜ、坂井が一族の闇を話したがるのかがよくわかった。これは人前に出るのも苦手だった彼が、今、芸人をやっている根幹の話である。

 中盤まで張り詰めた空気だったのに、ゆみの夫人からの生電話を機にちゃんと届く言葉で話せるようになった坂井の変貌にも驚いた。ただ、芸人がアイドルに手を出したのではない。彼にとって、人生を変える出会いだったのだ。自分を押さえつけ、萎縮して育った人間が、こんなに幸せになれるなんて思わなかった。結婚して、彼は本当によかったと思う。そして、ゆみのさんからの電話を機に、オープニングとは違う意味で惹き付けられるラジオになった。

 かつて、お笑い芸人を目指す若者たちにとって“生い立ち”はある種の通行手形だった。松本には貧しい幼少期があったし、ビートたけしには「貧乏」だけでなく「実家がペンキ屋」というコンプレックスもあった。そして、坂井の持つ「一族の確執」「閉鎖的な田舎育ち」という要素は、昔ながらではない現代的なそれである。そういう意味で、彼はこの世代の芸人の中で刮目に値する存在だと思うのだ。

 そして、金ちゃんの存在だ。坂井が口にした意味とは違うだろうが、相方が金ちゃんじゃなければ、絶対こういうラジオにはたどり着けなかった。「父は演歌歌手」「元子役」という境遇は、彼の人生に暗い影を落としたこともあると思うのだ。しかし、それをおくびにも出さない金ちゃんという存在に逆に興味が湧く。自身をメンヘラと認める坂井を包み込む忍耐力といい、こんな人間はなかなかいない。

「俺、思った。俺って、たぶんお笑い芸人として才能はないんだけど、良ちゃんと組む才能だけはあるわ」(金ちゃん)

 この流れから、番組はコーナーに突入する。「佐藤二朗のTwitterはバズりたい感じが透けて冷める」「『動物と戦いたい』と口にする武井壮は突き詰めると動物虐待」「佐久間宣行はセックス中もあの笑い方をする」「吉本で目の奥が笑っていないのは馬場園梓」と、鬼越はいつものペースを見せ始めた。よく、あの空気からここまで取り戻せたものだ。

 120分間にこれほど喜怒哀楽を詰め込んだのだから、「お笑いラジオスターウィーク」大トリにある意味ふさわしかった。期待していた“黒い笑い”とは違うものの、深夜ラジオでしか聴けない人間味だったと思う。メディアを問わず、自分たちの“らしさ”で輝く術の見つけ方が鬼越はうまい。「一族の確執を乗り越え、それでも今は幸せになった」で綺麗に収まらなかった点も、鬼越ならではだったと思う。毎回、鬼越にしかできないラジオを必ず貫いているし、2人のANNはいつも唯一無二だ。

 鬼越トマホークによる、次回の『オールナイトニッポン0』を楽しみに待ちたい。今、はっきりとANNレギュラーに最も近いコンビだと思う。

 

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日刊サイゾー2022.05.31