ベテラン俳優としての本領を見せた光石研

 1シーン、1カット登場しただけなのに、妙に印象に残る俳優がいる。二ノ宮隆太郎は、そんなアクの強さを持つ個性派俳優のひとりだ。

監督&出演を兼ねた自主映画『魅力の人間』(12)や『枝葉のこと』(17)は海外の映画祭で高く評価され、監督と俳優を兼業しているスタイルと独特な雰囲気が北野武監督を連想させることから「リトルタケシ」とも呼ばれている。

 コワモテ感と愛嬌が不思議なバランスで同居するルックスを生かし、武正晴監督の『アンダードッグ』(20)や藤井道人監督の『ヤクザと家族 The Family』(21)などでチンピラ役を好演。吉田恵輔監督のコメディ映画『神は見返りを求める』(22)でも、1シーンのみの出演ながらインパクトのあるキャラを演じてみせた。

 スクリーンに二ノ宮隆太郎が映っただけで、何か不穏な事件がこれから起きそうな予感がしてくる。そんな注目俳優・二ノ宮隆太郎が監督業に専念し、商業映画デビューを果たしたのが『逃げきれた夢』だ。近年は『由宇子の天秤』(21)や『波紋』(公開中)などますます味のある演技を見せるようになったベテラン俳優・光石研を主演に迎え、人生の岐路に立ったひとりの男の揺れ動く心情を細やかに描いた人間ドラマに仕上げている。

 二ノ宮監督の作品は、いつも不穏な空気が漂っている。前作『お嬢ちゃん』(19)から監督業に専念していたが、萩原みのり演じる主人公の社会に対する苛立ちがヒリヒリするほど伝わってきた。『逃げきれた夢』も、定年を間近に控えた教師が自分のこれまでの人生を振り返り、その虚しさに嗚咽する。二ノ宮監督の現実社会や人間に対する洞察力は、その鋭さゆえに不穏さ、危ういものを感じずにはいられない。

「いい人」のつもりが、「どうでもいい人」と思われていた人生

「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇
「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇の画像2
光石と同じ福岡県出身である松重豊が旧友役で出演

 物語の主人公は、定時制高校の教頭を務めている末永周平(光石研)。定年退職まで残りわずか。いつもにこやかな表情を浮かべている周平だが、言葉の端々からは大きな問題なく教員生活を送れた安堵感と校長にはなれなかった不満とがせめぎ合っていることが伝わってくる。

 映画の冒頭、周平は介護施設で暮らしている父親を見舞う。認知症が進行しており、息子の顔を前にしても反応を見せることはない。そんな無反応の父親に「いや~、参ったよ。どうしようかね、これから」と語り掛ける。最近、周平も物忘れの症状があらわれ、誰にも打ち明けることができない悩みを、無言の父親に伝える周平だった。

 これまでの人間関係を見つめ直そうと決意する周平だったが、周囲の反応は驚くほど薄い。

娘の由真(工藤遥)に「付き合っとる人とかおらんの?」と話し掛けると、おもむろに気持ち悪がられてしまう。ずっとセックスレス状態だった妻・彰子(坂井真紀)にスキンシップを試みると、はっきりと拒絶される。

 学校の生徒たちとコミュニケーションを図ろうとしても、空回りの連続だった。自分では真面目に働く「よき夫・よき父」であり、生徒たちには理解のある「よき教師」のつもりだったが、どうやら自分だけの思い込みだったらしい。「いい人」のつもりが、「どうでもいい人」と思われていた事実が、ボディブローのように周平にダメージを与える。

 久しぶりに再会した中学時代の親友・石田(松重豊)からは、トドメの一発を浴びせられる。

酒を飲んでも本音を吐こうとしない周平を、「お前はガキの頃から自分勝手だ」と一喝する石田だった。言い返せない周平は、年甲斐もなく、親友に対してケンカ腰になってしまう。

 どこまでもカッコ悪く、醜態をさらし続ける周平だった。

 劇中、大きな事件は起きない。あるとすれば、かつての教え子・平賀南(吉本実憂)が働く定食屋でお金を払うのを忘れてしまい、南に追い掛けられるシーンぐらい。しかし、事件を描かずとも、主人公の心の中は乱気流のように揺れ動いている。

周平が気にする、記憶が薄れていく症状も、周平が人生を見直すきっかけのひとつに過ぎず、黒澤明監督の『生きる』(52)のような劇的な展開が待っているわけではない。

 起承転結の型にハマらない、新しいタイプの日本映画だと言えるだろう。

「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇
「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇の画像3
光石研は実の父親である光石禎弘さんとの共演となった

 二ノ宮隆太郎監督がリスペクトしてやまない俳優・光石研。二ノ宮監督が光石をイメージして書き上げたシナリオが「フィルメックス新人監督賞」グランプリを2019年に受賞したことから、『逃げきれた夢』の制作が本格化した。カンヌ国際映画祭のACID(インディペンデント映画普及協会)部門に本作が正式出品され、フランスへの渡航を前にした二ノ宮監督に独特な作風について語ってもらった。

二ノ宮「自主映画として撮った『魅力の人間』や『枝葉のこと』などには自分も役者として出ていたんですが、前作の『お嬢ちゃん』は女性を主人公にして描いてみたいと思い、萩原みのりさんに出てもらいました。

今回もこれまでとは違う新しいことをやってみたく、世代の異なる光石研さんが主演した映画を撮ろうと思い、光石さんに当て書きする形でシナリオを書きました。光石さんが故郷の北九州に仕事で行くことになり、僕もお願いして同行させてもらったんです。光石さんの育った地元の商店街を、半日にわたって案内してもらいました」

 常に映画界で活躍を続ける光石研の存在感に、二ノ宮監督は特別な魅力を感じるという。

二ノ宮「光石さんはいろんな映画に出ていて、その佇まいに惹かれるんです。演技がすごいのはもちろんなのですが、光石さんには”そこにいる”という感覚があるんです。豊島圭介監督の『森山中教習所』(16)では俳優として僕も、光石さんと少しですが共演させていただき、光石さんの現場での過ごし方も勉強させてもらいました。どのキャストやスタッフとも分け隔てなく接している様子が印象的でした。光石さんへの憧れもあって、光石さんの所属事務所『鈍牛倶楽部』に僕も入らせてもらったほどです」

 二ノ宮監督にとっては、キャスト自身の持つ存在感が重要なようだ。多彩な作品に出演し続ける光石研を、二ノ宮監督は気取らない人柄も含めて尊敬している。また、北九州を共に旅した際には地元を案内しながら自身の少年時代を語る光石に、哀愁めいた大人の魅力も感じたそうだ。この体験は、本作の終盤、周平と南が街を散策するシーンとして再現されている。

キャストの表情を逃さないカメラワーク

「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇
「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇の画像4
妻・彰子(坂井真紀)らの前で心情を吐露する周平

 光石研にとって、石井裕也監督の『あぜ道のダンディ』(11)以来となる単独映画主演作は、光石の故郷・北九州で撮影された。光石演じる主人公・末永周平は、介護施設で暮らす父親のもとを訪ねる。実はこの父親役は、光石研の実の父親・光石禎弘さんだ。台詞のない役だが、映画の後半、実の息子を見つめる視線がたまらなく温かく、そして優しい。ストーリーや台詞だけを追っていると見逃してしまう、些細なショットこそが二ノ宮監督作品の真骨頂だろう。

二ノ宮「自分の父親は学校の教員をしながら、自分を育ててくれました。そんな父親の背中を見て育ったので、光石さんを主人公にした物語に父親の想いも盛り込ませてもらいました」

 二ノ宮監督の父親は劇中の周平と同じように定時制高校に勤め、教頭まで務めたそうだ。本作は光石研父子の共演映画であるのと同時に、二ノ宮監督と父親の物語でもある。

 映画の後半、光石研のベテラン俳優としての本領が遺憾なく発揮される。自分のこれまでの人生を振り返った周平は、妻と娘に自分の想いを吐露した挙句に「二人に好かれたいんよ。ただ、それだけ」と泣き崩れる。感情ダダ漏れ状態の周平に、唖然とする妻と娘だった。光石研の壊れっぷりが強烈だ。

 撮影を担当したのは、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』(21)の撮影監督を務めた四宮秀俊。二ノ宮監督とは『枝葉のこと』『お嬢ちゃん』に続いてのタッグとなる。緊張感のある長回しが特徴的な四宮のカメラワークだが、今回はカット割りを見せるなど、『枝葉のこと』『お嬢ちゃん』とは違った変化を見せている。

二ノ宮「四宮さんとは、今回は光石さん演じる周平と、周平と影響を与え合う人物を切り取る映画にしたいと事前に話しました」

「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇
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定食屋で働く平賀南(吉本実憂)は、周平の教え子だった

 大事件は起きない周平の物語は、どんなクライマックスを迎えるのだろうか。家族との対話もチグハグなままの周平は、かつての教え子・南を連れて、北九州市の黒崎商店街を散策する。レトロな雰囲気のする喫茶店でお茶をする2人だが、ここで南が重大な告白をする。他人のリアクションの薄さを嘆いていた周平だったが、彼自身も年齢の離れた南に対し、彼女が期待しているような言葉をうまく返すことができない。

 生き方を改めよう、真摯に人に向き合ってみよう。そう思い立っても、人間の性格は急には変われない。親子ほど年齢の離れた教師と元教え子の言葉のやりとりは、リアルさとシビアさの狭間で揺れ動きながら、ラストシーンへと向かっていく。起承転結という物語の流れからこぼれ落ちていく表情や仕草が、観ている者の胸をチクチクと刺す。

二ノ宮「起承転結に当てはめようとは考えていませんし、起承転結から外そうとも考えていないんです。映画全体のバランスは重視しています。心のささやかな動きを描きたいと思って、制作した作品です」

 希望を感じさせるエンディングなのか、それともシビアな結末なのか。タイトルの『逃げきれた夢』も、どこか苦味を感じさせる。

二ノ宮「観ていただいたお客さんに、自由に感じてもらえればと思っています」

言葉では語り尽くせない二ノ宮隆太郎の世界

「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇
「リトルタケシ」と呼ばれた二ノ宮隆太郎監督作『逃げきれた夢』 人生の岐路に立つ男の悲喜劇の画像6
個性派俳優としても注目される二ノ宮隆太郎監督

 6月30日(金)より公開される福永壮志監督の『山女』ではメインキャストのひとりに選ばれるなど、俳優としての注目度も高まっている二ノ宮監督。「リトルタケシ」と呼ばれた初期作品のように、監督と出演を兼ねるスタイルはもうないのだろうか。

二ノ宮「リトルタケシなんて呼んでもらって、本当にありがたいです(照笑)。自分が北野さんみたいにもっと有名だったら、監督と出演の話も来るんでしょうが、それはないと思うんで。自分では監督と出演を絶対にしないわけではなく、自分が監督する作品で、自分みたいなのが必要になった場合は出ることもあると思います。必要がなければ出ないということです。俳優としては“キャラもの”である自分を呼んでくれる作品があれば、作品づくりに少しでも貢献できるよう全力で努めるつもりでいます」

 終始にこやかに語る二ノ宮監督だったが、ふだん取材している商業映画の監督たちとは異なる不思議な雰囲気の持ち主だった。お互いの言葉と言葉は時折すれ違い、質問を重ねれば重ねるほど、二ノ宮監督が実像から離れていくような気がした。劇中の周平と会話しているような感覚に陥った。二ノ宮隆太郎と彼が撮る作品には、言葉では語り尽くせない独特な味わいがあることは確かである。

『逃げきれた夢』
監督・脚本・二ノ宮隆太郎 撮影/四宮秀俊
出演/光石研、吉本実憂、工藤遥、杏花、岡本麗、光石禎弘、坂井真紀、松重豊
配給/キノフィルムズ 6月9日(金)より新宿武蔵野館、渋谷シアターイメージフォーラムほか全国ロードショー
©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ
nigekiretayume.jp

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