血縁関係のないキャストが集まり、家族を演じる映画の世界では、血のつながらない“擬似家族”をテーマにした作品はとてもリアリティーを感じさせる。岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』(16)や吉高由里子のデビュー作『紀子の食卓』(06)は、伝統的な家族制度が崩壊した日本社会の現状を映し出した社会派ドラマだった。
本作の主人公・三上健太のモデルとなったのは、2009年に代行サービス会社「ファミリーロマンス」を立ち上げた石井裕一氏。2019年に石井氏が執筆した『人間レンタル屋』(鉄人社)を原作にし、本作は映画化されている。塩谷瞬演じる三上に“レンタル父親”を頼まざるをえなかった3つの家族のエピソードを通し、社会から孤立しがちなシングルペアレントたちの実情、また“レンタル父親”を本当の父親と信じて育った子どもの心情を追っている。
3話構成のオムニバスとなっており、「Episode 1」ではシングルマザーの朋子(川上なな実)がネット上で見つけた三上の会社にレンタル父親を頼むことから物語は始まる。
続く「Episode 2」で三上にレンタル父親を頼むのは、スーパーマーケットでパートタイマーとして働く雅美(川面千晶)。息子も三上にすっかり懐くが、それに従ってレンタル父親の利用頻度が高まっていく。
さらに衝撃的なのは「Episode 3」だ。進学校に通う高校生の菜々子(白石優愛)は、レンタル父親として現れる三上を本当の父親だと信じて育った。だが、三上にいつも依頼していた母親が急死。これ以上はサービスを続けられない三上は、母親の葬儀を終えたばかりの菜々子に自分の正体を打ち明けることになる。
孤独な人たちの心の隙間を埋めることに喜びを感じていた三上だが、三上を本当の父親だと信じていた子どもたちを結果的に傷つけてしまうことにもなる。
ドイツの巨匠監督も魅了した「人間レンタル屋」
![“レンタル家族”サービスの是非を問う実話系社会派ドラマ『レンタル×ファミリー』](http://imgc.eximg.jp/i=https%253A%252F%252Fs.eximg.jp%252Fexnews%252Ffeed%252FCyzo%252F07%252FCyzo_347264%252FCyzo_347264_2.jpg,quality=70,type=jpg)
阪本武仁監督が「レンタル家族」を提供する会社が実在することを知ったのは、何気なく見ていたテレビのワイドショーがきっかけだった。当時、幼い子どもを育てていた阪本監督は、理想の家族を演じるレンタル家族に興味を持ち、石井氏の著書『人間レンタル屋』を読むことに。さまざまな代行サービスを請け負う石井氏の面白い逸話の数々に魅了されるのと同時に、本の表紙に本人が堂々と姿を見せていることに強い違和感も覚えたそうだ。
阪本「困っている人のために、石井さんが懸命に代行業をしていることは分かったんですが、本の表紙をはじめ、テレビや雑誌にも顔出ししていることが不思議でならなかった。もし、レンタル父親として通っている家庭の子どもが気づいたらどうするんだろうと。
石井氏が経営する「ファミリーロマンス」の他、日本には現在7つの会社がレンタル家族サービスを行なっている。阪本監督が取材した会社の経営者たちはそれぞれ個性的だったが、やはり石井氏の人柄は格別なものがあったようだ。
阪本「レンタル家族を提供する会社は、日本だけのもののようです。中でも石井さんの存在はひときわ個性的で、ドイツの巨匠監督であるヴェルナー・ヘルツォークが石井さんを主演にした映画『Family Romance, LLC.』(19)を撮っているほどです。石井さんは仕事熱心で、頼まれたことは基本的に断らない人ですが、マスメディアに出続けていることを含め、僕には理解できないところも少なくありません。
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阪本武仁監督が映画界に関わったのは、井筒和幸監督の『パッチギ!』(04)に演出部のボランティアとして参加したのが最初だった。主演の塩谷瞬とはそれ以来の付き合いとなる。
阪本「掴みどころのない石井さんをモデルにした主人公は誰が適任か。『パッチギ!』には桐谷健太さん、高岡蒼佑さん、加瀬亮さんらも出演していましたが、三上役に最適だと思えたのは塩谷さんでした。シングルマザーがどんどんハマってしまう、甘いビジュアルとミステリアスな雰囲気が、主人公役にぴったりでした」
塩谷に出演を打診したところ、すぐに快諾してもらえた。原作者と主演俳優を引き合わせるために食事の席を阪本監督がセッティングしたところ、2人はたちまち意気投合。
阪本「塩谷さんは人間レンタルというサービスにかなり興味があるようです。塩谷さんだけでなく、レンタル家族サービスに代行スタッフとして登録している俳優はけっこういるようです。お受験などの面談で父親代行を急遽頼まなくてはならない状況があることは、僕にも理解できます。しかし、ずっと子どもに本当の父親だと信じ込ませたままでいることには、僕は正直なところ抵抗を感じます。劇中で三上を取材するディレクター役を石井さんに演じてもらったのは、石井さんにレンタル家族というサービスを客観的に見つめ直してほしいという潜在的な気持ちがあったからかもしれません」
日本社会は家族を単位にして、地域社会や血縁社会が成り立ってきたが、家族や社会のあり方は大きく変わってしまった。家事代行や介護と同じように、家族の存在そのものを民間企業に求めることを考える人たちがいるという現実がある。
阪本「レンタル家族だけが選択肢ではないはずという僕個人の考えから、最終エピソードの主人公となる菜々子には、レンタル家族とは異なる新しいコミュニティーを見つける物語にしています。レンタル家族について、僕は全否定も全肯定もしていません。映画をご覧になった方たちに、考えてもらいたいんです」
「本物以上の喜び」を与える会社経営者
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阪本監督の話がひと段落したところで、タイミングよく石井裕一氏が登場した。にこやかな表情で、礼儀正しく名刺を差し出す。「株式会社ファミリーロマンス 代表取締役 石井裕一」と名刺にはあり、裏面には「本物以上の喜びを HAPPIER THAN REAL」という言葉が記されている。
石井「おかげさまで、会社の業績は順調です。コロナ禍中は結婚式の代理出席などの依頼は減りましたが、メインにしているレンタル家族の依頼は増え続けています。現場が好きなもので、経営者である僕自身も、現場に出て代行サービスを務めています。つい先日も葬式に代理参列してきました。亡くなった父親とは不仲だったため、最期まで会いたくないという方からの依頼でした。葬式の参列者は僕ひとりでした」
石井氏は高校卒業後は介護の専門学校に通い、介護の現場を経験。また、身長180cm以上あるルックスは見栄えがよく、芸能事務所に登録して役者を目指していた時期もあったそうだ。そうした体験を生かし、レンタル父親やレンタル彼氏、不倫の謝罪代行、集客に悩む地下アイドルの観客代行など、さまざまなニーズに対応している。
石井「介護を学んだこともあって、お年寄りのお世話などをするのが好きなんです。人と会話することでコミュニケーションを築いていく、この仕事に面白さを感じています。うさん臭く感じる人がいることは分かります。それもあって、テレビや雑誌からの取材依頼は断らず、ちゃんとした会社であることを説明するようにしているんです。依頼者からはいろんな案件が寄せられますが、もちろん犯罪に関わるようなケースはお断りしています」
どんな質問を投げ掛けても、淀みなく答え続ける石井氏だった。『アギーレ/神の怒り』(72)や『カスパー・ハウザーの謎』(74)など奇人変人たちを主人公にした実話ベースの怪作を撮り続けてきたヘルツォーク監督が、彼を主演にした映画を撮りたくなった理由が分かるような気がしてきた。
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現在42歳になる石井裕一氏は、会社経営と並行して25家庭と契約を結び、レンタル父親を務めている。トラブルなどは起きないものだろうか。
石井「運動会などのシーズンは、1日に3つの家庭を午前、昼食時、午後と掛け持ちすることもあります。各家庭でそれぞれ違った理想の父親を演じているので、各家庭に入る前に確認するようにしています。子どもの名前は決して間違えないようにしています。テレビなどに僕が出ることは、依頼を受けた際に説明しており、納得してもらっています。子どもがもしテレビに出ている僕を見つけたら、『最近、お父さんはエキストラの仕事も始めたみたいよ』と答えてもらうことになっています。それほど出演しているわけではないので、意外とバレないものですよ」
依頼者の子どもが大きくなっても、レンタル父親であることを自分からは明かさないのだろうか?
石井「10年以上、レンタル父親を続けている家庭がいくつかあります。長く依頼を続けていただくことは会社としてはうれしいわけですが、お子さんが結婚するなどのタイミングで打ち明けてはどうかと、依頼者であるお母さんには話すようにしています。打ち明けないままその子が結婚してしまうと、結婚先の家族も巻き込むことになりますし、孫が生まれたらレンタルおじいちゃんの役も務めることになりかねません。でも、ほとんどの依頼者は『本当のことを話すのが怖い』と躊躇されますね。僕が本当の父親ではないことに気づき、お子さんが家出してしまったこともありました。ごく稀ですが、『レンタルでも、お父さんはお父さんだよ』とうれしいことを言ってくれるお子さんもいます」
「理想の家族」に依存しがちな依頼者たち
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4時間2万円でレンタル家族を演じる石井氏。明るい人柄とコミュニケーション能力の高さで、依頼者たちからリピート指名されることが多い。だが、理想の父親を演じる石井氏に子どもだけでなく、母親もハマってしまい、依存してしまうことも少なくない。
石井「クライアントであるお母さんから『本当のお父さんになって』とプロポーズされることが、けっこうあります。でも、そこで感情に流されると、仕事に悪影響が出てしまうので、すべてお断りしています。依存傾向のあるクライアントには、利用回数を抑えるように提案しています。レンタル家族は大変気を遣う仕事なので、僕以外のスタッフには5家庭を上限にしていますし、スタッフの心理的なケアにも充分に配慮しています」
ここまで一気にしゃべり続けた石井氏だが、ひと息置いてから、こうも語った。
石井「仕事を終えて自宅に戻り、ひとりで過ごしていると、いつも誰かを演じ続けて、気を抜くことができずにいる自分がいることにふと気づきます。きっと、疲れているときなんでしょうね。レンタル父親の仕事を終えて、依頼先から帰る際の『なんで帰るの?』という子どもの声は、これまで何度も聞いていますが、やはり心に残ってしまいます」
石井氏が経営する「ファミリーロマンス」という社名は、心理学者のジークムント・フロイトが提唱した精神分析の概念であり、家族がそれぞれが抱える「理想の家族」像を指している。家族代行サービス業が日本でビジネスとして成立しているということは、日本には理想の家族を求めている人たちがそれだけ多いということだろう。理想と現実とのはざまには、底知れぬ深い闇が広がっているように感じられる。
『レンタル×ファミリー』
原作/石井裕一 脚本・監督/阪本武仁
出演/塩谷瞬、川上なな実、白石優愛、でんでん、川面千晶、埜本幸良、鈴木ふみ奈、亀島一徳、石井裕一、野見隆明
配給/Atemo 6月10日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
©2023『レンタル×ファミリー』製作委員会
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