──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

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柄本佑

 前回(第15回)の『光る君へ』、道長の兄弟にスポットライトがあたる回でした。中でも同母兄の道兼(玉置玲央さん)と、異母兄の道綱(上地雄輔さん)の描かれ方は興味深いものでした。

 ドラマの道長(柄本佑さん)は酒浸りの道兼を励まし、「兄上は変われます。この道長がお支えいたします」などと言っていましたが、史実では仲がよろしいとはいえない兄弟で、「萩野文庫本」といわれる『大鏡』の写本には、道兼は自分の足の裏に「道長」と弟の諱(いみな)を書いて、踏みつけて歩いていたというものすごいエピソードが出てきます。しかし、インパクトが強い逸話すぎて(?)、室町時代の時点で多くの写本には見られない記述になっていたようですね。

『大鏡』は、道長をヒーロー視する傾向が強いので、実兄の道兼から大切な諱を足で踏まれ、呪われていたなどという不格好すぎる逸話は、筆写する際に自粛されて「消えた」のかもしれません。この当時、筆写している人が作業中に興が乗って、あれこれ原典にはない文言を写本には書き入れることもよくあったのですが……。

 ちなみに、ドラマにも出てきた、藤原道長が兄・道隆(井浦新さん)の嫡男・伊周(三浦翔平さん)と「弓争い」をしたシーンも『大鏡』に出てくる逸話で、両者が「わが家から帝と后(中宮)が出るならば、この弓当たれ」「私が摂政関白になれるのならば、この弓当たれ」と念じてから放った矢で、伊周はことごとく外すのですが、道長はすべて的中させ、周囲をしらけさせたのでした。

 前回はドラマの道隆も体調不良を訴えていましたよね。これはネタバレになりそうですが、史実でも彼は早くに病死しています。道隆は、彼の嫡男・伊周に自分の関白職を継がせたいと言っていましたが、願いは叶わず。結局、弟の道兼が次の関白に昇進しました。これが長徳元年(995年)4月27日のこと。しかし、道兼は同年5月8日には早くも病没してしまっているのです。

だから道兼のあだ名の一つが「七日関白」というのですが、本当に7日ではないにせよ、極めて短期間の栄華でした。史実の道長はヒーローどころか悪党というほうが近い人物なので、道兼から呪われるくらいなら、逆に彼に毒を盛るなどの工作を重ねていたのではないでしょうか。

 道長は、道隆、道兼という二人の同母兄と仲が悪かったのに対し、異母兄・道綱とはかなり懇意でした。道長と道綱は同じ藤原兼家(段田安則さん)の息子ですが、道綱だけが正室・時姫(三石琴乃さん)が産んだ子ではなく、『蜻蛉日記』を書いた「右大将道綱母」、ドラマでは寧子(財前直見さん)という「妾(しょう)」の一人息子です。兼家に4人いた息子のうち、道綱だけがいかなる大臣にも一度もなれなかったのは有名な話で、それは彼が「無駄飯喰らい」と藤原実資(秋山竜次さん)の日記『小右記』で攻撃されるほどにやる気ゼロの役人だったからです。文学者でもあった母親・寧子譲りの才能で、和歌は多少うまかったものの、自分の名前の漢字――つまり「道」と「綱」の二文字しか読み書きできないと噂されるほどでした。

 しかし出世欲の強い道長には、ライバルにはなりえない兄・道綱との関係が心地よかったのか、『小右記』によると永延元年(987年)4月17日、33歳の道綱と、22歳の道長は牛車に同乗して、賀茂祭を見物しに行ったそうです。これがわざわざ「部外者」の実資の日記に残ったのは、当時右大臣だった藤原為光(ドラマでは阪田マサノブさん)という公卿の部下から投石の暴行を受けるというトラブルに巻き込まれたからです。まぁ、記録に残っていなくても、道綱・道長兄弟は同じ牛車に乗って、頻繁にブラブラしていたのではないでしょうか。

『光る君へ』藤原三兄弟の“本当の仲”とまひろ・吉高由里子が胸を熱くした『蜻蛉日記』の絶望的エピソード
『光る君へ』藤原三兄弟の本当の仲とまひろ・吉高由里子が胸を熱くした『蜻蛉日記』の絶望的エピソードの画像2
吉高由里子

 前回のドラマでは、まひろ(吉高由里子さん)と友人――というか、まひろの父・為時(岸谷五朗さん)の恋人女性(故人)が以前の結婚で設けていた娘という「さわ」(野村麻純さん)という縁者の娘と連れ立って石山詣に出かけました。そこで「右大将道綱母」こと寧子と出会い、道綱とも知り合ったものの、まひろ狙いだった道綱が間違えてさわの寝床にやってきて、下手な言い訳をして逃げ去るというシーンがありました。

 天下の光源氏にも、お相手の女性を間違えて夜這いする失態があったのですが、その時の光源氏は乗り気になってしまった彼女を置いて、ドラマの道綱のように逃げ去るようなことはしなかった=女にハジをかかせる男ではなかったという描かれ方をしています(『源氏物語』「空蝉」)。

これを「思われてもいない男から抱かれなくてよかった」と考えるか、「せめて一晩でも、素敵な方のお相手ができてよかった」と考えるかは当の女性次第なのでしょうが、さわは後者だったようですね。

 おそらく前者だったのが、道綱の母上こと「右大将道綱母」でしょう。しかし、ドラマの寧子は、史実の「右大将道綱母」とはかなり違うイメージで描かれています。ドラマの中の『蜻蛉日記』も、前々回だったでしょうか、いまわの際の兼家と寧子が「輝かしい時代であった」と満足げに語れる内容で、まひろが胸を熱くしながら読める書物であり、とにかく後世に伝わる写本の内容とは徹底的に異なる熱愛日記だったようです。

 現在に残る『蜻蛉日記』は、夫・兼家が冷たいとか、彼みたいに身分が高い御曹司に比べると中級貴族の娘にすぎない私(道綱母)だけれどもバカにされたくはないとか、私には兼家との子どもが道綱ひとりしかできないとか、現状に対する盛大な不満ばかりが目につくものです。一方、ある時期まではなんだかんだ兼家が来てくれてうれしかった……と満足する内容も多かったとはされています。

 とはいえ、史実の道綱母もさまざまな寺に籠もっていましたが、それは決してポジティブな行動ではなく、「もう都には私の居場所なんてない! 出家する!」とヒステリーを起こして、寺に駆け込み(文字通りの駆け込み寺)、うんざりしながら兼家が引き止めにきてくれるという流れを繰り返し、それしか愛情の確認手段がない……という絶望的なエピソードばかりの書物なのですね。それが、現代に伝わっている『蜻蛉日記』なのです。もし、筆者がまひろに会えたのなら、彼女の胸を熱くした彼女所有の『蜻蛉日記』を一読させてもらいたいものです……。

 さて、つらつらと書いてきましたが、次回のメインイベントのひとつになりそうな、ききょうこと清少納言(ファーストサマーウイカさん)による「御簾上げ事件」についてもご説明しておきたいと思います。

『枕草子』にも出てくる有名な逸話――いわゆる「雪のいと高う降りたるを」の段の話ですが、ある冬の大雪の夜、中宮・藤原定子(高畑充希さん)が「清少納言、香炉峰の雪はどんなものでしょう」と問いかけてきたので、清少納言が高々と御簾を持ち上げたところ、定子はお笑いになった。また、周囲の人からも対応を褒められたというのです。

 唐代中国の漢詩人・白居易の詩の一節に「香炉峰雪撥簾看」があり、「香炉峰の雪は簾を撥(かか)げて看(み)る」として日本の学校の授業でも習うくだりですが、実は「撥」という漢字に元来、「高々と持ち上げる」という意味はありません。

「簾を少しだけずらして」、その隙間から雪を見る……くらいが本当の解釈となるはずなのに、清少納言はそれとは真逆の行動をした。これは史実の紫式部が何度もディスっているように清少納言の浅知恵が原因なのか、もしくは冗談のつもりでしたのかは『枕草子』からはわかりませんが、とにかく中宮定子は彼女の行動を見て笑ってくれたのでした。まぁ、自信満々の誤答を、育ちの良い定子はギャグだと受け取ったのではないかな、と筆者などは思いますが。

 とりあえず、次回のききょうこと清少納言の本格女房(侍女)デビューを楽しみにしておきましょう。

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