「Hulu」公式HPより

 ストリーミングサービスのオリジナルドラマとして初めて、エミー賞ドラマ部門最優秀作品賞を獲得した『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(以下、『ハンドメイズ・テイル』)。マーガレット・アトウッドが描いたディストピア小説『侍女の物語』をドラマ化した超話題作である。

 舞台は、キリスト教原理主義の教えを都合よく解釈する過激派たちが「ギレアド共和国」として支配する、近未来のアメリカ。ギレアドは、逆らう者を有無を言わさず死刑にして遺体をさらしたり、体の一部を切り落としたりと、恐怖政治を行っている。女性からは就業の権利や財産をはく奪し、文字を読むことさえ禁じる。環境汚染のため不妊率が上がったことから、不倫や堕胎など「罪」を犯した女性の中から生殖能力のある者を拉致し、精神的・肉体的苦痛を与えて洗脳し、「産む道具=侍女」に仕立て上げる。彼女たちは、子どものいない「司令官」と呼ばれるギレアドの高級官僚の家に留め置かれ、「聖なる儀式」という名のもと強姦される。物語は、生き別れた娘を救い出すため、悲惨な状況の中でも奮闘する侍女、主人公ジューン(エリザベス・モス)の姿を描いている。

 日本では9月13日から、最新のシーズン3をHuluで配信中。これまで以上にスリリングで、予想もつかない緊迫した展開の連続となっている。今回はそんな『ハンドメイズ・テイル』の知られざるトリビアを紹介したい。

1)原作者がカメオ出演している

 アメコミ原作者のスタン・リーが、マーベル・コミックス原作映画のほとんどにカメオ出演したように、原作者が作品に出演するケースがまれにある。『ハンドメイズ・テイル』でも、ドラマ原作者のマーガレットが、記念すべきシーズン1第1話にチラッと登場している。

 彼女が演じたのは、「生殖能力のある女性たちを集めて洗脳し、絶対服従する侍女に育てるレッドセンター(訓練センター)」に複数いる“おば”の1人。“おば”とは反抗的な態度をとる侍女候補たちを、暴力を使って洗脳していく女たちの通称だ。

 レッドセンターでは、10代の頃にギャングにレイプされた侍女候補を取り囲み、全員で彼女を指して「おまえの責任、おまえの責任」と非難する。この儀式に戸惑う主人公ジューンの頭を思いっきり叩いたおばこそ、マーガレットだった。ほんのわずかしか映っていないものの、視聴者に恐怖心を植え付けるシーンに仕上がっていた。

 彼女はのちに「登場したのは一瞬だけど、撮影は壮絶を極めた」と回想。「気温が32℃もある中で、ビクトリア朝のウールでできたドレスを着せられて。撮影が行われたのは夜10時で、窓の外から巨大なスポットライトを当てられたの。

まるで加熱調理されてる気分だったわ」と語るなど、役者の苦労を味わうこととなったようだ。

 『ハンドメイズ・テイル』の舞台は主に、ギレアドにより統一されたアメリカのマサチューセッツ州ボストンだが、実際の撮影はカナダで行われている。ギレアドの主要施設のほとんどはトロントで撮影。レッドセンターは聖エイダン教会、司令官たちが娼婦と遊ぶセックスクラブ「イゼベル」は、フェアモント・ロイヤル・ヨーク・ホテルで撮影されている。

 ジューンが侍女として派遣されたウォーターフォード夫妻の自宅は、カナダ・オンタリオ州ハミルトンの「ザ・グランド・デュランド」と呼ばれる邸宅。同州ケンブリッジでは、見せしめのために吊るされた死刑囚や遺体の血のあとを侍女たちが掃除するシーンを撮影した。

 また、反逆者が劣悪な環境で強制労働させられる「コロニー」は、同州中南部にあるアックスブリッジで撮影されている。

3)主人公の親友モイラは、原作では白人

 ドラマでは、白人、黒人、ラテン系、アジア系などさまざまな人種の女性たちが、侍女、司令官の妻、マーサと呼ばれる家政婦たちを演じている。しかし、原作では「ギレアドは厳格な人種差別体制(白人至上主義)を敷き、有色人種は全員アメリカ中西部に追いやられる」という設定のため、主要登場人物は全員が白人。ジューンの親友である黒人女性モイラも、原作では白人なのだ。

 番組の製作総指揮者ブルース・ミラーは、米エンタメサイト「TVLine」のインタビューで、「(小説の中で)“有色人種は全員、別の地に追いやりました”と文字にすることはたやすい。しかし、テレビドラマの映像として“見せる”ことは、かなり難しい」「人種差別をテーマとしたドラマであっても、“人種差別的なドラマ”という印象を与えてしまう」とし、本当に伝えたいテーマが視聴者に届かなくなると懸念して変更したそう。

 これについては、原作者マーガレットと白熱した議論を繰り広げたが、最終的に彼女はブルースの意見を受け入れてくれたとのこと。

実は原作は、一部の読者から「白人女性だけの闘争に焦点を当てる、“ホワイトフェミニストたちのディストピア”」と非難されていた。ブルースは米誌「Vanity Fair」で、この設定変更について多くのファンから「素晴らしいアイデア」と喜ばれたことを告白。一方で、正確さを求めるファンからは批判も受けたことも認めた。

 常に真っ赤なドレスを着用している侍女たち。これは、生殖能力、生命に不可欠な血液の色をイメージしたもの。衣装デザイナーのナタリー・ブロフマンは、米誌「InStyle」に「情熱、力、勇気を意味する色」と説明している。

一方で、不審な行動や逃亡などした際に、すぐに見つけられるように目立つ色、という意味もあるのだとか。また、侍女は外出時に濃赤のクロークを着て、白の帽子をかぶることが義務付けられている。白は純粋と純白の象徴だが、彼女たちの顔を隠す「真っ白なお面」の意味もある。

 司令官の妻たちはピーコックブルーのドレスを着用しているが、これは聖母マリアが身にまとっているガウンの色をイメージしたもの。ほかに「従属」という意味が込められている。彼女たちは、男尊女卑のギレアドにおいては、侍女やマーサとさほど変わらぬ低い地位にいる。この色は、そんな彼女たちの不幸、悲しみ、落ち込みを表す色でもある。

 年齢が高めのマーサたちが着用するマットグリーンは、自然、成長、健康、治癒などを象徴する色。彼女たちは家事だけでなく、子育てや、家の者が病気になれば看病をする役割を担うため、この色になったと思われる。

 なお、リディアおばなど、ギレアドに貢献するおばたちが着用している茶色の衣服は、第一次世界大戦時の米陸軍の軍服をイメージしたもの。権力を意味する色でもある。

5)エミリーが同性愛者という設定はドラマ版のみ

 物語の主要キャラクターである、侍女のエミリー。原作では、侍女名である「オブグレン」としか表現されず、本名やバックグラウンド、どのようにしてメーデー(ギレアド抵抗勢力)に加わったかなどは一切明かされていない。しかし、ドラマ版では「詳しく書かなければならないキャラクター」だと判断され、原作にはない次のような設定を作った。

 ギレアドは同性愛を「重罪」とし、同性愛者たちを次々と処刑していったが、エミリーは生殖能力があったため、侍女として生かされた。そして、派遣された家のマーサと恋仲になり、彼女を通して、隣国カナダに亡命するための活動をするメーデーとつながりを持った。しかし、マーサとの関係が明るみとなり、生殖能力のないマーサはあっさりと絞首刑に。エミリーは「罰」として女性器切除(女性割礼)手術を施され、性行為による快楽を、二度と感じられなくされてしまった。

 同性愛者とすることで、エミリーのギレアドに対する強い憎しみの要因が明確になった。それだけでなく、ギレアドがいかに非人道的な政府であるかを際立たせる効果も得られたと、新たな設定は概ね評価されている。

 名前を奪われ、ギレアドの司令官の所有物としての「オブ〇〇(司令官の名前)」という名で呼ばれる侍女たち。主人公のジューンも、シーズン1と2ではオブフレッド、シーズン3からはオブジョセフと呼ばれる。侍女、マーサたちは互いを見張り、不穏な動きをしたら密告するように命じられている。しかし、同じ「被害者」である彼女たちは次第に互いを信頼するようになり、自分の本名を明かし、名前で呼び合うようになる。ジューンは、司令官のフレッドや、彼の妻セリーナからも本名で呼ばれるようになる。しかし、ジューンが名前で呼ばれるのはドラマだけ。原作で、本名は最後まで明かされていなかった。

 とはいえ、原作ファンの間では「主人公の名前はジューン」という説が有力だった。小説の前半、レッドセンターで侍女候補たちが互いに本名を打ち明けるくだりがあり、「アルマ、ジェニン、ドロラス、モイラ、ジューン」という名前が登場。ジューン以外の名前は、後にキャラクターの名前として物語で使われた。主人公の一人称で語られる小説において、ジューンだけ使われなかったのは、主人公こそがジューンだからだとファンは推測していたのだ。

 ちなみに1990年に公開された映画版では、主人公の名前はケイト。原作ファンたちは「ドラマではジューンの名が採用された!」と喜んでいる。

7)小道具にも意味がある

 シーズン1~2で、ジューンが侍女を務めたウォーターフォード家。壁に飾られている絵画は、値打ちがあるものに見える。番組美術監督のジュリー・バーグホフは、「フレッドとセリーナが、(クーデター後に)ボストン美術館に行き、好きな絵を盗んできて飾ったという設定にした。自然が好きなセリーナは、きっとモネの絵画を選ぶだろうと思い、モネ風の絵を用意した」と明かしている。

 また、「通常、あまり天井には気を配らないのだけど、ドラマではジューンが天井を見上げるシーンがある。司令官の書斎の天井は、ルネサンス建築の天井を参考にし、中央にアメリカの地図があるデザインにした。地図を、フレッドがダーツ盤に見立てて使うことを想像しながら」とも告白。そのフレッドの書斎には、ギレアドで禁じられている「本、芸術品、セクシュアルな芸術品、アルコール」があるが、最新テクノロジーはない。司令官たちは、その特権により禁じられている物を所有できるが、環境汚染につながるテクノロジーだけは頑なに拒んでいることを、これらの小道具でも表現している。

 一方、ジューンに与えられた部屋については、「必要最低限のものしかないが、わざと机を置いた。これはかつて編集者だったジューンに、“ギレアドでは、もう二度と物を書くことが許されないんだ”と、人生の喪失を感じさせるために置いた。鏡の跡もわざと残した。“もう、おしゃれをすることは許されないんだ”と思わせるために」と説明。ジューン役のエリザベスも、「部屋には鍵がないの。自傷できるようなものも何ひとつない」ことに気づき、演技するにあたり役立ったと明かしている。

 最高のスタッフを誇る番組美術チームだが、最も制作に苦労したのは、スーパーの小道具だったそう。ギレアドでは女性が文字を読むことが禁じられているため、商品に貼るラベルにかなりの時間を費やしたそうだ。最終的に、ラベルには内容物の写真や絵だけでなく、絵文字表記も添えることにした。スーパーのシーンに違和感を覚えるのは、値段や商品名がわかるような文字が排除されているからなのだ。