「私の全身の傷跡は、北朝鮮の人権状況の恐るべき現実を物語っている」
韓国に暮らす脱北者が、北朝鮮の拘禁施設で受けた拷問や性暴力の被害を理由に、金正恩総書記を相手取って訴訟を起こした。
原告であるチェ・ミンギョンさんは、韓国のNGO「北朝鮮監禁被害者家族会」の代表を務めている。
脱北者が韓国国内で刑事・民事の両面から北朝鮮を訴えるのは、これが初めてのケースである。
チェさんは1997年に脱北したものの、中国で4度逮捕され、そのたびに北朝鮮へ強制送還された。2008年に送還された際には、咸鏡北道の3か所の施設に計5カ月間拘禁されたという。
英国紙『ガーディアン』が入手した告訴状には、手袋を使わない不衛生な身体検査、検査中に受けた性暴力、右耳の鼓膜が破れ意識を失うほどの暴行、1日15時間を超える不自然な姿勢を強要される拷問など、具体的な被害の詳細が記載されている。
また、告訴状は2014年の国連調査委員会の報告書を引用しており、同報告書は北朝鮮による拷問、性的暴力、恣意的拘禁など、広範な人道に対する罪を認定した。政治犯収容所における体系的な虐待の実態も文書化されており、収容者数は8万~12万人と推計されている。
韓国憲法の規定上、北朝鮮も「自国領土」として扱われているため、韓国の裁判所で審理は可能だ。ただし、仮に原告が勝訴しても、北朝鮮に損害賠償を実際に支払わせる法的な手段はなく、判決の執行は困難である。
それでも、たとえ象徴的な勝利にとどまったとしても、今回の訴訟は大きな意味を持つ。
この訴訟を支援したNGO「北韓人権情報センター(NKDB)」は、今回の事案を国連人権理事会や国際刑事裁判所に提出する資料の基盤として活用する意向を示している。
「韓国法曹界における先例となる可能性がある。他の被害者も法的措置に関心を示しており、今後の集団訴訟の基盤となって、より広範な責任追及の努力につながるかもしれない」
ただ、韓国での関心は低く、メディア報道もごく小さいものにとどまった。それでもチェさんはこう語った。
「この小さな一歩が、自由と人権の礎となり、あの残虐な体制下で無実の北朝鮮の人々がこれ以上苦しまないようにしなければならない」