「ボーナスカットで住宅ローンが払えなくなった社員のために金利1%の緊急融資の受付が始まったが、来年もボーナスは減るし、いずれ月給も減るだろうから、怖くて申し込めない。お先真っ暗だ」

 日本郵政グループの郵便事業会社、日本郵便の社員は肩を落とす。


 日本郵政は5月13日、年間一時金を3.0ヵ月とすることで労働組合と合意した。前年実績の4.3ヵ月からいきなりの3割カットである。これにより、約1200億円の人件費が削減され、持ち株会社の日本郵政、傘下のゆうちょ銀行かんぽ生命、郵便局(窓口会社)、日本郵便のグループ5社の正社員約23万人の年収は平均約6.9%、約50万円減る計算になる。

 ボーナスカットの最大の原因は、日本郵便の大赤字だ。

 妥結から約2週間後の5月26日に発表された日本郵便の決算内容は惨憺たるものだった。10年3月期に427億円の営業黒字だったのが一転、前期は1034億円もの営業赤字に転落したのだ。増益だったゆうちょ、かんぽの社員にすれば、日本郵便の大赤字のとばっちりで年収ダウンというわけだ。

 だが日本郵便は、ボーナスカットで人件費を抑制しなければ、いずれ債務超過に転落し、存続が危うくなる危機的状況にあった。実際、4月に社員に配付した資料で鍋倉眞一社長はこう訴えていた。

「このままの経営状態が続いた場合、我が社は債務超過に陥りかねません。債務超過を避けるためには何としても平成24年度(13年3月期)には単年度黒字を達成しなければなりません」

 しかし、このボーナスカットだけでは危機を回避出来ないほど、日本郵便の経営は深刻な状況にある。ボーナスカットはあくまで緊急避難的処置で、詳しくは後述するが、計画しているリストラを完遂できなければ、さらなる賃金カットが待ち受けているのだ。


 そもそも、日本郵便の11年3月期決算の当初見込みは163億円の営業赤字だった。だが、郵便物の減収などによる減収で182億円の赤字が加わり、そこへさらに841億円という、郵政史上類を見ない大赤字がのしかかったのである。

 この大赤字を生んだのがJPエクスプレス(JPEX)だ。

 JPEXは日本通運のペリカン便と日本郵便のゆうパックの事業統合を目指したものだったが、約1000億円の赤字を出した末に清算され、最終的には日本郵便が引き受けた宅配事業だ。このJPEXを抱え込んだことで、日本郵便の収益が劇的に悪化したのだ。

 日本郵便の当初計画では、今期の営業利益も979億円の赤字見込みだった。それが、今回のボーナスカットによる、約576億円の経費削減で、赤字見込額は約410億円にまで縮小する。この賃金カットを来年も継続すれば、来期には32億円の営業黒字となる見込みだ。

 ただし、この目標達成には非常に高いハードルがある。

 というのも、社内資料では、宅配事業は抜本的な改善策を行わなければ、毎年1000億円規模の赤字が続く見込みになっていた。前期の株主資本が1915億円だから、債務超過転落必至である。

 そこで、この赤字を減らすため、日本郵便は今期だけで1200億円にも上る経費節減策を実施予定だ。
世間に耳目を集めた非正規雇用社員の大量解雇(雇い止め)などの人件費削減で約500億円、運送・集配料削減で約470億円など、熾烈な経費削減策が予定されている。

 このリストラの目玉も当然ながらJPEXだ。旧ペリカン便時代にシェア最優先で引き受けた採算割れ契約の打ち切り、宅配の翌日配達サービス地域の縮小、さらにはJPEX関連の拠点閉鎖や人員削減など、徹底したリストラを行う予定だ。

 だが、4月開始予定だったJPEX関連のリストラは東日本大震災で軒並み繰り延べられ、来月から本格スタートの状態。加えて、震災で郵便物の減少が加速するという不運もあり、期中のリストラ完遂は難しくなるばかりだ。

 それゆえ、厳しい見方をすれば、今回のボーナスカットは、“聖域”ゆえに手つかずだった職員の賃金カットに踏み込むことで、リストラの遅れに対する“のりしろ”を確保したともいえる。だから来年のボーナスカットも確実で、リストラの進捗状況によっては定期昇給の停止(原資114億円)から賃金カットまで、さらなる人件費削減策が行われることになる。

 実際、経営側が今回の春闘で当初、労組に提示したボーナス2.8ヵ月で、定期昇給については判断保留(今回は定昇ありで妥結)という厳しいものだった。また、総務省は4月末締め切りの事業計画提出にあたって、春闘交渉の結果を盛り込むよう求めていたことからも、賃金カットは「競争力向上のために現場職員の賃金引き下げもやむなし」という当局側の意向を汲んだ既定路線だったと見ることも出来る。

 ボーナスカット妥結後に幹部に配付された、「債務超過回避措置」の文言が踊る内部資料には、日本郵便の厳しい将来が描かれている。前述したボーナスカットや約1200億円のリストラを完遂しても、旧JPEXを含む宅配事業が営業利益ベースで収支均衡するのは5年後の2016年3月期。しかも、日本郵便のもう一つの事業の柱である郵便事業が毎年200億円のペースで利益減が続くため、15年3月期には純資産がマイナスになる、つまり債務超過転落のシミュレーションが描かれている。


 つまりは現在行おうとしている経費削減だけでは会社建て直しには不十分であり、結局は定昇停止や賃金カットなど、さらなるリストラにいずれは踏みこまざるを得ないということだ。今回のボーナスカットに際し、日本郵政グループ経営陣と労組幹部は、業績が急回復した場合は特別報奨金を支給すると決定し、社員に理解を求めた。だが、先の内部資料を見れば、それが画餅に過ぎないことは、経営陣も労組幹部もとうに承知していることは明らかだ。

 単独で存続不可能だった大赤字事業のJPEXを引き受けるという経営陣の判断ミスの尻ぬぐいを日本郵便、ひいては日本郵政グループ社員が負わされるという構図は変わりそうにない。今回のボーナスカットは郵政大賃下げ時代の幕開けに過ぎない。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 小出康成)

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