大阪・西成の「あいりん地区」が、徐々に姿を変えようとしている。「危険な街」というイメージが後退し、観光客が集まる背景には何があるのか。

年末年始の西成を歩きながら探った。(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)

日本人、外国人、老若男女
観光客が集まる西成の今

 Cool Nishinari!――大阪・西成「あいりん地区」(通称・釜ヶ崎)が、今や “観光地”と化している。世界でも有数の荒廃した街のひとつともいわれる西成。その「スラムぶり」が観光資源となり、老若男女、国籍を問わず観光客の関心を集めているのだ。

 2020年の年明け、「ホームレスと共生する街」・西成では、途切れることのない観光客が、非日常感溢れる街の様子を物珍しそうに眺めていた。

 ここ西成では、ペンキで壁やシャッターに描かれた「ダギング」と呼ばれる落書きが至るところに施されている。住民からも評判の悪いこの落書きは、今、地元アーティストが中心となり、ウォールアート(壁面絵画)へと描き替えられつつある。街の雰囲気も明るくなったと地元民や国内外の観光客からの評判も上々だ。「日本一、ディープな場所にあるカレー屋」というキャッチで知られるカレー店「薬味堂」のシャッターも例外ではない。この店のマスターの後輩だというグラフィックアーティストによって描かれたシャッター前で記念撮影する外国人観光客が何人もいた。彼らに西成の街の印象について聞いてみると、皆、目を輝かせてこう言うのだ。「So Cool!!」――。

 どうやら外国人観光客の間で、西成とはアメリカ・ニューヨークのハーレムを思い起こさせるカッコいい街であり、「日本のハーレム」という認識なのだという。そのハーレムは治安の悪さで知られている。西成にもそうした印象を持つ人は少なくない。だが、これは日本人の間だけの話のようだ。アメリカからやってきたという20代の男性観光客は、数日過ごした西成の印象を次のように語った。

「銃を持ってるヤツもいなさそうだし、路上で寝泊まりしている人もいるけど、みんな小柄なおじいちゃんばかりじゃないか。怖さはない。むしろ可哀そうだ。とても心配だね」

 身長は優に180cmはあろうかという屈強な体格で、銃社会といわれるアメリカで育った若い男性から見れば、西成は、世界の中でも治安が良いとされる日本、その安全の上に成り立つ、作られた「スラムもどき」の街に映るようだ。

年々薄れる“スラムぶり”
近年は異臭も感じられない

 実際、西成のスラムぶりは、年を追うごとに薄れてきている。かつてなら年末年始といえば、アルコールの臭いが混じった吐しゃ物と排せつ物による強烈な異臭、いわゆる「西成の臭い」が、西成のランドマーク「旧あいりん労働福祉センター」(通称:センター)周辺の路上を中心に充満していたものだ。だが、ここ2、3年、異臭はほとんど感じられなくなった。

 その理由は、まずひとつにはホームレスの数が大幅に減ったことが大きい。

 事実、大阪市のホームレスの数は、1998(平成10)年には8660人、2003(平成15)年には6603人と徐々に減り続け、2017(平成29)年には1208人、2018(平成30)年には1023人と、1998年から2018年までの20年間で約8分の1にまで減少した(出所:大阪市『大阪市ホームレスの自立の支援等に関する実施計画』平成31年3月)。

 この大阪市全体のホームレス数のうち、西成区は他の区と比べて突出している。古い資料だが、大阪市福祉局の調査によると、2012(平成24)年の大阪市全体のホームレス数は2179人、うち西成区が822人だ。全体の4割弱が西成区という計算になる。

 やや乱暴な推計にはなるが、先の大阪市の調査結果を踏まえると、2018年時点の大阪市のホームレス数1023人のうち、約4割の400人程度が西成区にいたとも考えられる。そこから2年経った2020年の現在では、大阪市による「あいりん日雇労働者等自立支援事業」をはじめ、ホームレス対策を目的とする施策が重点的に実施されたこともあり、その数はさらに減少したと推測される。

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