などで、個人の資産運用に革命的な示唆を与えプライベートバンクの実情にも詳しい、作家・橘玲氏とがベストセラーになっている、藤沢数希氏との初めての対談が実現。金融業界の裏側をセキララに語り合った内容を4回にわたって掲載する。
外資系金融の実情を語った第1回第2回に続き、第3回は、外資系金融の待遇とと日本の解雇規制について。

[参考記事]

●「金融幻想の終わり」を語る!(1)それでも外資系金融は終わらない!?
●「金融幻想の終わり」を語る!(2)日本の金融ビジネスの現場

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橘玲(以下、橘) そろそろ独立を考えてらっしゃると聞いたのですが、それは「サラリーマンはもういいや」という気持ちになられたからですか?

藤沢数希(以下、藤沢) まあ、そうですよね。会社って、やっぱり命令系統に組み入れられて、一番下と一番上以外、どこまで行っても中間管理職で、自由もないし、ぶっちゃけクオリティ・オブ・ライフは非常に低いですね。僕は一応バブルが終わる前にトレーダーになったんですが、ちゃんと稼いでボーナスがもらえるポジションになったときに、はじけてしまった。それでも2007年ぐらいはそれなりにボーナスがもらえていたんですが、2008年は自分ではすごく儲けたのに、急にボーナスが減っちゃったんです。

橘 全体のパイが小さくなっちゃったんですね。

藤沢 そうなんです、他部門のとばっちりで。トレーダーって会社との信頼関係、例えば「10億稼いだら少なくとも5000万円はあげるよ」というような“暗黙の了解”が崩れると、途端に仕事が面白くなくなってくるんです。だって、リスクを取って失敗したらクビになるかもしれないのに、成功してもリターンをもらえないんですよ。そうすると、あんまりリスクを取らずに、大人しくしてるのが、いちばん賢明になってしまう。

橘 公務員っぽいですね。

藤沢 公務員よりは全然マシですけどね。

クビにはなるけど、給料は全然いい。で、その暗黙の契約が崩れたのが2008年からで、最近ますますその傾向が強まりました。

橘 ボーナスの額はどれくらい減ったんですか。

藤沢 2007年のピークに比べて全体の報酬は6割くらいになってますね。そう考えると、あのバブルの絶頂から給料の総額は4割しか減ってないんですけどね。従業員の人数は2割ぐらい減ってますから、生き残った人の給料は高止まっているとも言えます。2007年の給料が、国内大手企業のエリート社員の5倍くらいがふつうだったのが、それが3倍ぐらいになった感じです。この先も、こんな感じでタラタラいくんじゃないですか。だから、まだまだ何だかんだ言って恵まれてて、この先も会社にしがみついていたいっていう人はすごく多いですよ。

橘 投資銀行の人って、40半ばでどんどん辞めていくイメージがあるんですが。

藤沢 そうですね。そこまでいったらマネジャーになるか、それ以外はリストラになってますね。

でも、40半ばって言ったら15年は働いていることになりますよ。それだけ働いてたら普通にリタイヤできてますよ。奥さんが3回変わったり、フェラーリを買ったりすると、とてもリタイヤできないかもしれませんけど(笑)。やっぱり金融はオイシイですね。

橘 そういうのは外資系金融機関だけですね。

藤沢 この業界は、グローバル化の最先端にいるというのもありますね。各国に主権があるので、簡単に規制ができない。自国だけ規制したら、ほかの国に逃げられちゃうだけなので。例えば、日本の規制が厳しくて法人税が高いとなれば、香港やシンガポールに行けばいい。どこにいても同じ仕事ができますからね。そうなると、各国は積極的に規制できないし、法人税の値下げ合戦になるわけです。

橘 じゃあ、給料は減ったとはいえ、まだまだ外資系金融マンとしてのそこそこリッチな生き方は、成立するわけですね。

投資銀行のイメージは、マイケル・ルイスの『ライアーズ・ポーカー』に描かれていた鉄火場みたいな雰囲気なんですが、ああいうのはもうなくなってしまったんですか。

藤沢 いや、まさにあんな感じです。あれはなかなかよく描かれてます。

橘 あれを読むと、楽しいんだろうなって思いますけどね。

藤沢 実際、楽しいですよ。しかも、マーケット部門のトレーダーになると、そんなに労働時間も長くないんです。朝7時に会社に来て、夜7時に終わる。12時間…長いかな(笑)。それでも週末は必ず休めるし、(投資銀行の)投資銀行部門の人よりは給料は全然高い。だから、まあいい仕事ですよね。他人のお金でリスクを取って…

橘 株主のお金でリスクが取れるっていうのはいいですよね。

藤沢 株主も、最後のコストは社会に押し付けてリスクが取れるわけです。

しかも、投資銀行業界はグローバル化していて規制もされにくいときたら、儲かるべくして儲かるようになってるんですよ。

橘 その超過利潤がなくなることはないですか。

藤沢 頭に来てる人はいっぱいいるし、規制しようと考えている人もいっぱいいるでしょう。でも、うまく規制する方法がないんです。つぎはぎだらけの不完全な規制で、だましだましやっていくしかないんでしょうね。やっぱりグローバル資本主義経済の中の金の流れの中心に座ってる、というのは大きいですよ。

橘 いったん既得権益ができてしまうとなかなか崩れない構造は、日本で改革が進まないのと同じですね。

藤沢 それは世界共通です。そういう意味では日本の銀行も、同じだと思いますけど。日本の銀行は国債を大量に買っているわけです。国債金利と預金金利には1%くらい差があるから、普通に国債を買っていれば儲かります。金利に1%の差がある理由は、日本が財政破綻して国債が暴落するかもしれないというリスク分ですが、じゃあもしそういう事態になって銀行が潰れそうになったら…

橘 絶対に潰さないでしょうね。

公的資金注入でも何でもやって救済します。

藤沢 ええ。だから日本の銀行だって、社会にコストを押し付ける分から儲けている部分があるわけで、儲かるべくして儲かる仕組みになっているのは同じです。

橘 その最たるところが「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」ですから、どうしようもないですね。日本の金融ビジネスは完全に国債依存になっていて、抜けるのも難しい。グローバルな競争という面では、なかなか厳しい現実ではないでしょうか。

藤沢 抜けたら日本国政府の財政が破綻しますからね(笑)。でも、サラリーマンとして勤めるには、ちょうどいいかもしれません。

橘 一銀行マンがそんなこと考えてもしょうがないですからね。それにしても、日本の銀行というのは、貸し出しでリスクを取る気はほとんどないんでしょか?

藤沢 そんなことはないでしょう。今、住宅ローンの金利は1%台ですか。政府が不動産業界とか金融業界と癒着しているので、住宅ローンには税金から補助金が出て、個人はほとんど金利ゼロで家を買えるんです。

中小企業が融資を受ける際にも政府が保証をつけたりして、みんなで貸出先を作ろうとはしてると思います。官民一体で貸し出し先を開拓してます(笑)。

橘 それでも貸し出す先がないというのが問題ですか?

藤沢 そうですね。それと、日本の大企業はもうちょっとお金を借りたほうがいいかも知れません。企業が資金調達するときに銀行から融資を受けるのと、増資して株式市場で調達するのと、どちらがコストが高いかと言えば、コーポレート・ファイナンスの教科書的には株式市場で調達するほうですよね。

橘 日本の経営者はまだ、融資には金利が発生するけれど、株主市場から調達すれば金利負担がないから、株式のほうがコストが安いと思っているみたいですね。

藤沢 いまは株主がどんどんグローバル化しているので、株主資本にも例えばROE7~8%というグローバル基準のリターンを要求されるわけです。日本みたいな低成長の国でそんなROEを達成するのは無理なので、それに答えようと思ったら日本の会社の経営者は、リストラをしたり取引先に泣いてもらわなきゃならない。だから、グローバル化した株主に、世界のスタンダードなROEを届けないといけないので、コストカットでどんどん縮こまっている、と。

橘 だったら、銀行から超低金利でお金を借りて株主資本をどんどん償却して、レバレッジをかけたほうが日本経済が回るという論理ですか。

藤沢 そうですね。結局、みんながお金を使わないのに、金融緩和でシステムの中にお金をじゃぶじゃぶ入れるから、そのお金で別のお金を売ったり買ったりするしかなくて、そうするとまたどこかで資産バブルになって金融機関が儲かるんですよ。

橘 超低金利でもお金を借りてビジネスをしようとか、そういう機会やチャンスがないことが、日本の問題の深刻さを象徴していますね。

藤沢 ずうっと言われているのに、なかなか変わりません。だから、とりあえずその大企業が「ほとんどゼロ金利でお金を借りて、レバレッジをかけてみる」というのをやってみたらいいと思うんです。そのほうが株主も喜ぶし。

橘 サラリーマンは「安定こそが全て」と思ってやってきたのに、会社がハイレバレッジのギャンブルみたいになったら大変ですね。

藤沢 僕は、村上ファンドとかホリエモンが出てきた時に、企業買収して不採算部門の売却や経営陣の刷新とかどんどんやって、資本の論理で産業構造を変えていくのがいちばん良かったと思うんですが、それはできませんでした。

橘 企業が「家」のようになっているから変えられないんです、きっと。

日本の雇用規制の厳しさについて


藤沢 日本は雇用規制も厳しすぎますね。「企業が社員をリストラするなんてけしらかん」という文化。ヨーロッパもそれに近い。それに対して米国や香港は雇用の流動性があって、企業はばんばん解雇するし、従業員もどんどん転職する。これは多分、社会の初期値みたいなもので決まっていて、いったん解雇規制を作って今いる社員を守るとなったら、緩めることはできないんじゃないかと思うんです。

橘 解雇規制が厳しいと雇用の流動性が失われて、解雇されたときの痛みがますます大きくなるので、なおさら解雇されないようにしがみつくしかない。それを後押しする政治的な圧力もあるから、ますます硬直化してしまいますね。

藤沢 この数年間を見ても雇用規制は強まる一方でしょ。派遣の範囲を狭めようとしたり、5年間派遣をやったら正社員にしなきゃいけないとか。いったんそういう方向で回り始めたら、行き着くところまでいくしかないんだと思います。

橘 解雇規制は緩いほうがいいと思いますか?

藤沢 僕は基本的にそのほうがいいと思ってます。でも、もちろん負の側面もあります。たとえば外資系の証券会社は、日本でも実質的に解雇規制が緩い世界なんです。だって、解雇規制って言っても、究極的には2年も3年も裁判やって、そこで判決がどうなるかってことで、会社が社員をクビにしても、会社を訴えたりしたら転職できないとなれば、ほとんどの人は裁判なんてしませんよね。だから、外資系は、日本でも割り切ってどんどんクビを切るわけです。その代わり、ジョブ・マーケットの流動性がそこそこあるから転職しやすいわけなんです。こういう論理で動いている世界だと、社員は転職マーケットで自分の価値を高めることしか考えなくなります。自分のスキル・アップにつながる仕事は奪い合いになり、逆に面倒くさくて、自分の市場価値を上げない仕事は押し付け合いになってしまう。そう考えると、解雇規制の緩い国では、時間のかかる「ものづくり」の文化は醸成されないかもしれません。

橘 逆に言うと、日本は製造業中心だから、終身雇用の「家」的なシステムがうまく嵌ったのかもしれませんね。

藤沢 製造業は10年研究して、十中八九は何の成果にもならない世界だったりします。1年後に自分の机がそこにあるかどうかもわからないようなところで、息の長い研究開発なんてできないかもしれませんね。

橘 結局、雇用の流動性を高められるのは、営業とかトレーダーもそうですが、結果がきっちり出て、その分の取り分がはっきりわかる職種に限られるのでしょう。しかし、製造業もこのままではダメですよね。中国や韓国や東南アジアの製造業のキャッチアップがどんどん早くなっているから展望がない。

藤沢 行き着くところまで衰退していく方向ですね。なかなか難しい問題です。

(次回、第4回に続く)

●橘 玲(たちばな あきら)

作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に(以上ダイヤモンド社)などがある。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。

3月中旬に新刊が発売予定。

●藤沢数希(ふじさわ かずき)

欧米の研究機関にて、理論物理学の分野で博士号を取得。科学者として多数の学術論文を発表した。その後、外資系投資銀行に転身し、マーケットの定量分析、トレーディングなどに従事。 おもな著書に、(いずれもダイヤモンド社)がある。ツイッターのフォロワーは7万人を超える。

(撮影/和田佳久 構成/渡辺一朗)

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