10年で売上高43パーセント増

 百貨店業界は全体としては売上高の右肩下がりが続いている。2012年こそ16年ぶりに業界全体の売上高が対前年比プラスに転じたが、それまでは減少が続いていた。

この10年間で見ると約8兆円あった業界全体の売上高は、約6兆円にまで低下している。

 そんな環境で10年前に開業した大丸札幌店は開業以来の増収増益を続け、売上高に至っては10年間で43%も増加させている。ご存知のとおり、北海道経済は厳しい状況が続いているが、百貨店業界、北海道という外的環境はともに厳しいことを考えると、大丸札幌店の成功はまさに偉業といえよう。

 なぜ大丸札幌店は成功したのか。担当している番組での取材などを通じて何点か見えてきたので、ここで報告させていただき、今後の小売り銘柄の分析の参考にしていただきたい。

やはり業務の効率化が重要

 まず、大丸札幌店は業務を効率化したため、従来の店舗よりも従業員の数が少ない。モノを販売する人はそれに集中することができ、作業効率が上がるようにバックヤードも従業員が使いやすいように作られている。

 業務フローの改善は製造業でよく行われるものの、小売業では接客や品揃えが重視され、小売業の業務フロー改善と聞くと在庫管理ぐらいは思いつくが、荷捌きスペースの問題など、製造業と同じく改善の余地がたくさんあったというのは一つの発見である。

 売り上げの増加があまり期待できないのであれば、業務の効率化・改善を図るのは当然のことではあるが、こと小売業に関しては、つい売上だけに目が行きがちゆえに、業務フローで差別化できるとそれはそのまま収益上の強みとなるわけだ。

通路が広いので買い物ストレスが低い

 デパートや百貨店、と聞いてまず思い浮かぶのは混雑した売り場ではないだろうか。アニメサザエさんでもサザエさんが買い物に行くデパートは、セール時ということもあるが、いつも混雑している。

 しかし、大丸札幌店は通路が広い。

そして天井が高い。

 通路が広いため、買い物客は移動が楽である。他の買い物客とぶつかりながら移動することがない。通路を広く取るとその分売り場面積が狭くなってしまうため、通常店舗側は通路を無駄に広くしたくないが、客の買い物ストレスを軽減することで、むしろリピーターとなってもらい回転率を上げようという戦略である。

 また、最近では珍しくはないかもしれないが、売り場のど真ん中に4本のエスカレーターが設置されている。

 通常エスカレーターは上り下りが交差する形で2本が設置され、上りと下りの乗り場は反対にある。また、一つ上のフロアに行くと、もうひとつ上のフロアへ行くエスカレーターは売り場の反対側にあるという配置も多い。これは、客に少しでも店の商品を見てもらうにはよいが、とにかく上のフロアに早く行きたい買い物客にしてみると無駄に歩かされるため、ストレスが溜まる。

 売り場のど真ん中に4本の上り下りのエスカレーターがあるとエスカレーターでの移動にストレスがなく、また、エスカレーターを降りてからどの売り場にも行きやすい。買い物ストレスが低いこと、これは品揃えなどが重視される百貨店において、実は盲点だったと思われる。

顧客の期待を裏切る、期待を上回る

 大丸は梅田店ではピカチュウのポケモンセーターやユニクロが出店しているが、それらは従来の百貨店のイメージではありえない店舗である。

 また、紳士服のはるやまが比較的値ごろ感のあるスーツの店舗を別ブランドで大丸の中で展開している(大丸札幌店にも入っている)。

ブランドが違うので、はるやまの店舗だとは気付かないものの、はるやまの持つブランドイメージは従来の百貨店とは相いれない。

 これらのように、従来の百貨店ではありえないショップを誘致するメリットは、これまでよりも広い客層をつかむことができるという点である。

 ピカチュウは親子連れを連れてきてくれるし、ユニクロはハレの日消費の百貨店において、デイリー消費型の客を呼び込み、そして値ごろ感のあるスーツでは20代、30代の若いファッションを求める客を取り込める。

 もちろん、その一方で年齢層の高い従来からの大丸の顧客からは、それらショップは大丸にはそぐわないという意見も出るであろうし、一部の客は足が遠のくことも考えられる。しかし、10年で全体の売上高が4分の1が減った業界で、従来通りの戦略を取り続けることと、新たなことにチャレンジすることのどちらかと言われるとやはり後者であろう。

 大丸は梅田店で「百貨店なのに」とのキャッチコピーを使っているが、札幌店でも好感度なのにデイリーな位置づけを狙っており、いい意味で従来の百貨店のイメージを変える、あるいは拡大する取り組みを行っている。

「1人に100万円」ではなく「400人に2500円」を狙う

 超富裕層がたくさん存在する東京都心部であれば、富裕層向けの外商部門で百貨店はある程度の収益を稼ぐことができるが、札幌のような地方都市ではなかなかそうもいかず、地道に売り場で頑張るしかない。

 同じ100万円の売り上げを上げるにも、外商部であれば100万円の指輪を一つ誰かに売れば達成できるが、店舗の売り場だと平均客単価を2500円とすれば、400人の顧客にコツコツと販売しないといけない。そして、それら400人の客がまた次も買いたくなるような仕掛けも必要だ。

 対象客が1人であればその人の趣味や嗜好を徹底的に分析すれば、次も喜んでもらえる商品を提供できそうだが、400人の場合はそれぞれに趣味、嗜好が異なるため、みんなにリピーターになってもらうのは容易ではない。

 しかし、400人が常に店に足を運びたくなる店づくりができれば、1人や2人の顧客が離れたところで、他で十分にカバーできるため、外商部に頼った戦略よりは足腰が強くなる。

その土地土地に合った品揃え

 小売業の売り上げは来店客数×客単価で決まる。

売り上げを伸ばすには来店数を伸ばすか、客単価を上げるしかない。

 今でこそやっとアベノミクスで株式や土地などの資産持ちの人たちにとっては消費意欲が湧いてきたかもしれないが、多くの人たちの消費意欲は容易には引き上げられない。そうなると、来店数を伸ばすしかない。

 札幌のような地方都市の場合、その経済圏人口は首都圏とは比べものにならないため、リピーター獲得の重要性は首都圏の店舗に比べても大きい。そのためには、値ごろ感のある品揃えと、常に何か新たな発見のある店舗づくりが重要となる。

 札幌の人たちの収入は首都圏の人たちに比べるとやや低い。そこで、東京の店舗に比べると品揃えも値ごろ感のある商品を前面に出すそうである。

 また、本州であれば3月になればパステルトーンの春らしい商品が売れるが、札幌の3月はまだ本州の感覚で言えば冬の外気温である。そんな時にパステルカラーの商品をそろえても、まだ売れない。やはり、ある程度の現地化、その土地の人たちの嗜好にあった品揃えというのが重要である。

事業提携やM&Aは万能薬ではない

 収益性の向上のためにM&Aが有効なのはどの業界でもこの10年ほどの間に言われてきたことだが、大丸札幌店は梅田店や神戸店のノウハウを注入しつつも、オープン当初はスタッフに関西弁禁止令が出たほどに徹底的に現地化を図ったことが実を結んだ事例である(大丸は関西発祥の企業)。

 M&Aでは決して登場することのなかった、ほどよいローカルな百貨店というわけだ。

札幌には以前から丸井今井という百貨店が存在しているが、こちらは経営のテコ入れを伊勢丹に頼ったが、その経営再建は必ずしもうまくはいっておらず、事業提携やM&Aが万能薬ではないことがうかがえる。

 他の業界に目を転じても、鳴り物入りのM&Aでその後苦労をしている企業も少なくない。大丸札幌店の10年間での成功を見るに、コツコツと現場を改善する力を持っている企業が収益性を高める力を持っているのだなと改めて実感させられる。

 そう考えると、M&Aで店舗網を広げつつも、それぞれのブランドは維持している小売業のアークス(北海道、北東北に店舗展開するスーパーマーケットチェーン)のM&A戦略は、なるほどその業界にあった戦略なのかもしれないと、いまさらながら思うのである。

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