ベトナム人の奥さんとの間に8歳になるお嬢さんを持つ中安さん。今でもこの時季になると「娘を日本人学校に入れたのは、正解だったのかどうか」という自問自答を繰り返すという。

今回のテーマは、海外で暮らす日本人が必ず直面する「子どもの学校問題」です。

ベトナムの日本人学校は小学校と中学校しかない

 9月はベトナムでは新学期の季節である。ただし我々夫婦の娘は、日本人学校に通っているため、9月は年度始めではなく、日本と同じ2学期の開始だ。こういう節目の季節になると、私は「娘を日本人学校に入れたのは、正解だったのかどうか」という自問自答を繰り返す。

 日本では、「日本人の子どもだから、日本の教育を受ける」というのは、当たり前のこと。しかし海外で生活している日本人にとっては、まったく違う意味合いを持って来る。それはなぜなのか。

 ベトナムには、在留届を出している数で約1万人、実際にはその2倍程度の日本人が住んでいると言われている。家族で暮らしている人も多い。そういう人たちに向けて日系の教育機関もある。日本人幼稚園は、ホーチミン市に3つ、ハノイに2つある。日本人小中学校はホーチミン市、ハノイ共に各1校。

ところが高校はない。

 ベトナムだけではなく、日本人学校は世界共通で小中学部だけなのだ。唯一の例外は2011年4月に世界初の在外日本人高校として開校した「上海日本人学校・高等部」のみ。この「日本人高校がない」ということが、海外に長く滞在している日本人にとって悩みの種なのだ。

 ここで少し海外の学校事情について説明しておきたい。日本人学校とは、「日本国内の小・中学校と同等の教育を行なう目的で設置されている全日制の学校で、文部科学大臣が認定した学校」のこと。これに対し、現地の学校に通う日本人児童・生徒に対して、週末や平日の放課後に開設されている教育施設のことを「日本人補習校」という。なお「日本人学校は中学までだけ」と書いたが、補習校に関しては高校を設けているところもある。

 日本人学校は86校、日本人補習校は214校ある(海外子女教育振興財団調べ。2011年4月15日現在)。アジア圏と北米地域には、同じくらい数の日本人が住んでいるが、アジア圏に日本人学校が多く、北米には補習校が多い。北米では「英語を身につけておくと、子どもの将来にとってプラスになる」と、現地の学校に通って英語を身につけさせたいと考える親が多いからだろう。



 一方アジア圏の国々で、現地の公立学校に通うメリットは低い。だから、日本人学校に通わせて、日本語での教育を受けさせたいと考える親が圧倒的に多い。ベトナムで「現地の学校+日本人補習校」という組み合わせを選ぶのはベトナム人と結婚し、子どもの代まで当地で生活することを決めた日本人くらいだろう。

日本の全寮制高校か、それとも日本の私学の海外分校か

 話を戻そう。つまり、日本人学校に通わせた場合には、中学卒業後の進路をどうするかという問題が必ずついて回る。

 駐在員として海外に赴任している人は、子どもが高校に進学する前に日本に帰任するか、業務上、それが難しい場合、家族だけ日本に返して単身赴任するという例が多いだろう。ベトナムでは日本人向けの進学塾のようなものはないから、高校受験のために、現地に留学している日本人大学生などを家庭教師として雇っている人もいる。

 困るのは、ベトナムに移住して生活している日本人である。私の周りにも、現地採用としてベトナムで働いている日本人の方、私のようにベトナム人の配偶者を得て生活している人がたくさんいる。我々のような立場の人間は、「子どもが高校に進学するから」といって、会社を退職する、もしくは経営している会社を整理して日本に帰ったりするという選択肢は取りにくい。ではどんな方法があるのだろう。子どもができた時点で、我々夫婦もいろいろ検討してみた。



 まず考えたのが、子どもだけ日本に送り高校に入学させるという方法。親がまだ健在で孫を引き取ってくれる場合は、そういう対応も可能だ。しかし私の場合、晩婚だったこともあり、今8歳の娘が15歳になったとき、両親は86歳と80歳。とても親に負担をかけるわけにはいかない。

 日本の全寮制高校に進学させるという方法もある。私の母校である立命館大学が運営している立命館宇治高校は、帰国子女の受け入れに積極的で、日本国外でも入学試験を実施している。また私の幼なじみはかつて「聖パウロ学園」という全寮制の高校に通っており、同校も海外の日本人子女の受け入れに積極的だそうだ。そういう学校は増えて来てはいる。とは言え、日本に比べて5分の1とも10分の1とも言われる物価水準のベトナムで働いていて、日本の全寮制高校の学費を払えるのは、よほど経済的に成功している人に限られる。

 日本の私立高校が海外で運営している分校に通わせるというケースも検討した。私の知る限り全世界で7校のみと少ないが、アジアだとシンガポールに「早稲田渋谷シンガポール校」という高校があることを、同じ境遇にある友人が教えてくれた。シンガポールなら距離的にも近いから、子どもにも会いに行きやすい。
ホーチミン市でも入学試験を実施していて、寮もあるという。「これはいい選択肢」と思って学費を調べてみて愕然とした。初年度納入金が3万2480シンガポールドル。日本円に直すと270万円程度。寮に入れるとなると、さらに1年で125万円ほどかかる。合計最低でも400万円、3年間で1000万円を超えるお金が必要だ。

 2012年2月には、バンコクにある「如水館バンコク高等部」が文科省の認可を受けたと聞いて、調べてみた。初年度納入金が180万円程度。寮はない。シンガポールに比べるとハードルが低いとは言え、どちらも、私のような路地裏生活者にはとても手が届かない金額だ。これも選択肢から消えた。

どの選択肢をとっても「高額の学費」という壁が

 小中学校時代から家庭教師をつけるなどして、英語をしっかり勉強させて、高校からはインターナショナルスクールに通わせるという方法もある。

実際、私の周りでその方法を採った人もいるが、中学卒業まで英語で教育を受けていた子どもたちに合わせて授業が進められるインターナショナルスクールに入ると、授業について行けない場合が多いそうだ。それを見越して、小学生のときからインターナショナルスクールに通わせている日本人夫婦の友人もいる。

 しかし我が家の場合、妻がベトナム人なので、娘には日本語とベトナム語を身につけてもらいたい。それだけでも大変なのに、英語までとなると負担が大き過ぎる。私は今までいわゆる「帰国子女」を採用したことが何度かある。母国語をしっかり身につける前に外国に留学したために、言葉以前の「論理的思考」が弱く、日本語でも英語でも、言いたいことが言えない、という人を何度も見てきた。娘にはそんな風になって欲しくない。そういう理由からも、インターナショナルスクールに通わせるという選択肢は、とらなかった。

 さらにインターナショナルスクールも、全般的に学費が高い。学校によってかなり差はあるが、しっかりした学校だと年額100万円を超える。やはり現地採用の人間にとっては辛い金額だ。

 そもそも、日本人幼稚園や日本人小・中学校の学費も、現地の物価水準からするとかなり高額である。

娘が通っていたともだち幼稚園は月謝が350ドル(約3万5000円)、これに加えてスクールバス代が85ドル(約8500円)で、月額435ドル(約4万3500円)かかっていた。幼稚園では1クラス10名程度の子どもに対し、先生が3人ついてくださるという、とても恵まれた環境だったので、それを考えるとこの月謝は決して高くない。むしろ「これでよく経営が成り立つなあ」と思う金額なのだが、それでも払う側からすればやはり高い。現在通っているホーチミン日本人学校はもう少し高く、学費が400ドル(約4万円)、スクールバス代が130ドル(約1万3000円)なので、月額最低530ドル(約5万3000円)かかる。

 我々の場合、共働きで、ベトナム人の妻も外資系企業で管理職をしており、ベトナムの相場からすると高い収入を得ているから、何とかなっているが、私の収入だけでは日本人学校に通わせるのは難しい。我々でも2人目の子どもができたら、日本人学校に通わせるのは、まず無理だろう。

十人十色の選択肢。しかしどれも一長一短

 子どもを持つベトナム在住日本人が集まると、この「どこの学校に入れるか」という話題は、必ず出てくる。

 先日も、ホーチミン在住の日本人の友人と話をしていて子どもの話になり、「9月から娘は2学期で」という話をすると、「え、中安さん、娘さんを日本人学校に入れたんですか!? それはまた大変なことをしましたねえ」と言われてしまった。その方はベトナム人の奥さんとの間に娘さんがいらっしゃる。結局、彼はベトナム語と英語で教育が受けられる、セミ・インターナショナルスクールを選んだ。月々の学費は約2万円。日本人学校よりは安い。

 また同じくベトナム人女性と結婚したある友人は、学費無料のベトナムの公立校を選んだ。しかし日本語も使えるようにと、週末には日本人補習校に通わせた。それだけでは足りないから、日本人の家庭教師をつけたそうだ。

 ある日本人は、2人目の子どもが学齢期になった時点で、ベトナム人の奥さんとお子さん2人を、日本の親御さんのもとにおくり、日本人の旦那さんがベトナムに単身で残るという選択肢をとった。日本では義務教育は原則無料だからである。

 経営していたお店を売却して、ベトナム人の奥さんとお子さんを連れて、日本に引き揚げた人もいる。子どもが生まれたときから、夫婦の会話もすべて英語に切り替えて、英語が子どもの母国語になるように育てている日越夫婦もいれば、ベトナムの公立学校に入れて、家庭内公用語はベトナム語という一家もいる。

 これらの例のように日本人とベトナム人の夫婦の場合は、それでもまだ選択肢には恵まれているほうである。しかし日本人同士のご夫婦の場合、そういうわけにはいかないから大変だ。

 これから駐在員はもちろん、海外のどこかの国で長く住む、もしくは終の棲家と決めて生きていく日本人は増えるだろう。その際に、「子どもの教育をどうするか」という問題は、必ず立ちふさがってくる。娘の高校進学まであと7年。我々もそれまでに「どこの高校に行くか」という問いに対する答を見つけなければならない。

(文・撮影/中安昭人)

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