■時の総裁を蘇生させる装置に転化する
続投か、退陣か。石破茂首相(自民党総裁)の命運を賭けた権力闘争が自民党の総裁選管理委員会や参院選総括委員会を舞台に繰り広げられている。
参院選(7月20日投開票)で自民、公明の与党が大敗したにもかかわらず、首相は責任を取らず、自民党内に「石破降ろし」の動きを呼び、臨時総裁選(総裁選前倒し)を求める声が高まったためだ。
だが、森山裕幹事長ら執行部の判断で、臨時総裁選を実施するに当たって、党所属国会議員と都道府県代表の合計の過半数の要求には、書面が必要で氏名が公表されるとの方針が示されると、その勢いに衰えが見える。
臨時総裁選が成立しなければ、石破総裁の続投が信任される。時の総裁を辞任させる装置としての臨時総裁選が、その総裁を蘇生させる装置に転化してしまうのである。「首相続投」派にとっても「石破降ろし」派にとっても、後に退けない戦いになっている。
9月2日の自民党両院議員総会に、参院選総括委員会が大敗の要因を盛り込んだ報告を提出するところから、政局が再び大きく動き出す。森山氏は「責任を明らかにする」と述べているが、進退はどうなるか。臨時総裁選は果たして成立するのか。石破首相にどういう次の一手があるのか。
■石破首相の延命を目論む「心理戦」
臨時総裁選については、8月8日の両院議員総会で有村治子会長(参院議員、麻生派)が議決機関の総会として、総裁選管理委員会に実施の是非を判断するよう申し入れることとし、これを逢沢一郎委員長(衆院議員、無派閥)が受け入れ、実施に向けて手続きを進めることに決まった。
党則6条4項は、総裁の任期満了前でも、党所属国会議員(295人)と都道府県連代表(47人)の総数(342人)の過半数(172人)の要求があれば、総裁選を行うと定める。
2001年に森喜朗首相・総裁に党内から退陣要求が出たのを契機に設けられた規定で、現職総裁も出馬できるが、党内過半数から辞任要求があれば勝ち抜くことは難しいとされ、事実上の総裁リコール規定と呼ばれている。

臨時総裁選への手続きに舞台が移されることから、「首相包囲網」が狭まったと報じられたが、森山氏は事前に有村、逢沢両氏らと打ち合わせ済みだった。ここから臨時総裁選を要求するか、阻止するかの抗争が始まる。
総裁選管理委員会は8月19日、初会合を開き、臨時総裁選を要求する党所属国会議員には、書面(記名)で提出してもらう方針を確認した。逢沢氏は記者団に「参院選の総括の内容を見極めたうえで、要求確認を行っていく」と述べ、参院選総括の後に総裁選実施の是非を決定するとの段取りを明らかにした。
ここに石破首相の延命を目論む「心理戦」がさり気なく仕込まれている。
■首相は「辞める必要はない」が54%
森山氏が委員長を務める参院選総括委員会は、関係議員・候補や有識者からの聞き取りなどを踏まえ、9月2日に報告書をまとめて両院議員総会に提出することにしている。
総括として、大敗の要因は、自民党が物価高対策などの経済政策や政治とカネの問題に真摯に向き合って来なかったところにある、などという報告をまとめるとの観測も出ている。要は、首相一人の責任ではないという趣旨である。
森山氏周辺は、その場合、総裁のリコールに等しい臨時総裁選を求めることに逡巡する向きも出るだろう、と議員心理を読む。
森山氏自身の進退についても、首相周辺からは「幹事長は留任する。それが責任の取り方だ」という情報も漏れてくる。森山氏も「引き続き幹事長をやれという指示であれば、それは当然のことだ」と語ってきた。

最近の世論調査で、首相の続投を支持する声が増えていることが、こうした強行突破作戦を支えている。8月25日の読売新聞世論調査(22~24日)では、内閣支持率は39%で、参院選直後の7月調査から17ポイントも上昇した。石破首相が辞任すべきだと「思う」との回答は42%(前回54%)、「思わない」は50%(同35%)で、前回から逆転した。
総裁選挙管理委員会は8月27日の第2回会合で、さらに「石破降ろし」派の切り崩しを図る。臨時総裁選の要求は、議員本人が特定の日(9月8日で調整中)に党本部に書面(記名・捺印)を持参し、その氏名が公開されると決めたのだ。となると、議員心理的には要求へのハードルがさらに高くなる。
■臨時総裁選を「行うべきだ」が41%
内閣にいる閣僚や副大臣、政務官66人は提出しにくい。提出するなら、辞任してからが筋だ、との圧力もかかるだろう。それ以外の議員も、臨時総裁選に賛成すれば、「石破降ろし」に批判的な地元有権者との離反を招くだけでなく、時の首相に弓を引いたとされ、人事や選挙の公認などに影響を及ぼすのではないか、との懸念が出てくるからだ。
党執行部からの締め付けが強くなる中で、臨時総裁選が成立する見込みはあるのか。
日本テレビが8月25日にまとめた自民党国会議員動向調査によると、党所属議員295人のうち、臨時総裁選を「行うべきだ」が120人と41%を占め、「必要ない」が41人、「わからない」が90人、未回答は44人だった。9月上旬の段階で、この120人に都道府県代表47人のある程度を上乗せして、過半数172人の同意を得られるのは、微妙なのではないか。

というのも、旧安倍派、麻生派、旧茂木派などの「石破降ろし」派が、降ろした後の戦略として、その臨時総裁選に誰を擁立するのか、党をどう再建させていくのかという展望やシナリオを示せていないからだ。
後継総裁候補は、高市早苗前経済安全保障相なのか、小泉進次郎農相なのか、林芳正官房長官なのか。誰が火中の栗を拾うのか。
これに関連し、保守政党として、逃げた岩盤保守(右派)層を取り戻そうとするのか、それとも穏健保守層の支持を受けて新しい保守リベラル路線の政党を目指すのか。こうした理念をめぐる議論もないまま、感情論で突き進む「石破降ろし」の動きに、世論が、とりわけ自民党支持層が引いているのである。
■「誰も責任を取らねば、民主主義の否定」
臨時総裁選が不成立なら、石破政権が少数与党のまま継続する。党則に従った手続きによって、石破総裁が信任されることになる。首相として、秋の臨時国会に向け、内閣改造・党人事、補正予算案の編成などに取り掛かることになる。人事は全員留任もあり得る。
石破政権としては、森山氏主導で自公連立政権を拡大する工作を進めることになる。日本維新の会がその対象だ。吉村洋文代表(大阪府知事)が「副首都」構想実現のための連立協議を視野に入れているためだ。

自民党の臨時総裁選をめぐる抗争が一段落すれば、こうした自公維3党の連携強化の動きが表面化してくるとみられる。これによって、政権が安定化に向かえば、「石破降ろし」は表向き収束していくだろう。
一方で、昨年10月の衆院選、今年6月の東京都議選、7月の参院選と3連敗した首相の責任が不問に付されるわけではない。「石破降ろし」が再燃することもあるだろう。その間、自民党内の分断は進み、党の政治文化やモラルが毀損されていくことへの批判も強まってくるのではないか。
小林鷹之元経済安全保障相が8月24日のBSテレ東番組で「究極の民意は選挙結果だ。組織のトップである総裁には責任の取り方を考えていただきたい」「誰も責任を取らねば、民主主義の否定になりかねない」と指摘したのは、党の歴史や政治文化に基づいた正論なのである。
■「絶対に、戦争をしてはいけない」
臨時総裁選が成立したら、どうなるか。党内には「石破首相が臨時総裁選に出て勝てば、問題ない」(旧岸田派幹部)との声もあるが、総裁選がすんなり実施されるわけではない。
石破首相が即、衆院解散に打って出る、との有力情報がある。国民世論の支持の高さが勝算の根拠らしい。首相周辺は、それに備えて臨時国会召集も準備しているという。

「首相続投」派の鈴木宗男参院議員は8月20日、自身のブログに「党内で総裁選前倒しをして、実施すべきだという声が出て来たならば、石破首相は決然と『国民に信を問う』ことが一番わかりやすいことである」と綴っている。
石破首相が政権運営に当たって心理的に後押ししてもらっているのは、小泉純一郎元首相なのだろう。8月24日夜、パレスホテル東京の「和田倉」に、首相の声掛けで、小泉元首相、山崎拓元副総裁、武部勤元幹事長、赤沢亮正経済再生相が集まった。
山崎氏によると、小泉氏は2005年に郵政民営化法案が参院で否決され、解散・総選挙を断行したことについて、法案採決で反対した造反組に対立候補を擁立し、結果的に大勝した思い出話を披露した。今の臨時総裁選を求める動きについては「成立しないと思うが、心配だ」とも語ったという。
石破首相が発出に意欲を示す戦後80年「見解」に関しては、小泉氏が猪瀬直樹氏(作家、日本維新の会参院議員)の著書『昭和16年夏の敗戦』に涙ながらに触れ、「絶対に戦争をしてはいけない。とにかく平和だ」と語ったという。小泉氏は、自らの戦後60年首相談話の経験を踏まえ、首相に「(見解を)出せばいい」と勧めたと伝えられている。
この会合は、首相が8月14日に赤沢氏を福岡市にいる山崎氏の元に派遣し、「小泉氏との会合をセットしてほしい」と依頼して実現したもので、首相が会場を選んだという。山崎氏を通じて、衆院解散を匂わせるところに、石破首相の強かさがうかがえる。
だが、様々な手練手管を使って、総裁の座に居座るのはいいとしても、自民党をどう再建するのかというプランとともに、民意をどう受け入れるべきか、リーダーとしての責任はどう取るべきか、についても「見解」を示してもらいたいものである。

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小田 尚(おだ・たかし)

政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員

1951年新潟県生まれ。
東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。

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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)
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