「20億ドルもの未曽有の大リストラという“有事”は終わった。これからは、攻めの姿勢に転じる」――。
野村ホールディングス(HD)関係者がこう強調するのが、同社の4月1日付の役員人事だ。

 女性としては極めて異例となる眞保智絵・HD執行役員の野村信託銀行社長への就任がメディアに大々的に取り上げられているが、組織の性格を大きく変えるポイントは別にある。

 法人部門のトップであるホールセールCEO(最高経営責任者)について、吉川淳・グループCOO(最高執行責任者)の兼務を解き、このポストに新たに、尾崎哲・野村證券副社長が就任することだ。

 増資インサイダー問題を受けて2012年7月に当時の渡部賢一CEO、柴田拓美COOが引責辞任。永井浩二CEOと吉川COOの新体制へと移行した。

 08年に継承した旧リーマンの欧州、アジア事業の赤字縮小がホールセール部門のみならず、HD全体の浮沈を握る喫緊の課題だったため、緊急対応として、本来なら、CEO、COO双方の指揮下にあるホールセールCEOを吉川COOが兼務。

欧州を中心とした総額20億ドルのリストラを陣頭指揮してきた。

 これに一定のめどが立ったことで、4月からはホールセールCEOを通常通り、CEO、COOの指揮下に戻す。この軌道修正について、他の大手証券関係者は「株高で稼ぐ力も回復し、巡航速度に入るというだけのこと」と見る。

 しかし、実のところ事はそう単純ではない。

 証券業界ではこれまで、永井・吉川の二頭体制について「どっちがトップかわからない」(別の大手証券幹部)との評価がつきまとってきた。

 国内営業で抜群の成果を上げてスピード出世した永井氏は「伝説の営業マン」として国内ではカリスマ的な求心力を持つが、海外勤務の経験はない。

 しかも吉川氏は、海外勤務が20年に及び、うち10年は米国が占める。55歳の永井氏に対して59歳と4歳も年長だ。「地の利がない海外事業については、どうも吉川氏に遠慮しているように見える」(外資系証券関係者)。

 野村は最近、米国でわずかだが人員を増やしている。吉川氏はしばしば「米国事業は(リストラ対象である)リーマンとは別」と強調するなど、思い入れの強さがうかがえるが「永井氏は内心、さほど拡大したいとは思っていないだろう」(同)との観測がある。むしろ永井氏は、アジア事業の拡大に意欲を見せており、今後はこちらに経営資源を集中させる可能性もある。

尾崎氏の影響力は海外に

 新たにホールセールCEOに就任する尾崎氏は、債券や株式部門から経営企画まで幅広く経験しており、ロンドン駐在歴もある。永井氏より1歳年長だが、永井氏の野村證券副社長時代から常務を務めるなど、吉川氏よりは身近な存在といえるだろう。

 野村證券副社長としての尾崎氏の役割は、證券社長ながらグループCEOとしてHD全体のかじ取りに追われる永井氏に代わる、国内法人顧客への顔役だった。

 さらに、4月からはホールセールCEOに加えてHD執行役も兼務するため「国内外の両方に影響力が及ぶようになる」(別の野村関係者)。尾崎氏を通じ、海外も含めてより「永井カラー」を発揮しやすい体制になるわけだ。

 13年度は、三菱UFJフィナンシャル・グループが、サントリーHDの米酒類大手・ビーム買収というビッグディールを、資本提携している米モルガン・スタンレーとの連携でまとめ上げ、存在感を見せた。

 野村も欧州で約7億8400万ユーロ(約1100億円)の大型IPO(新規株式公開)案件を獲得するなど、リーマン統合と立て直しの成果を見せつつあるが、「こうした案件を他にも積み上げていかないと、安定した収益にはつながらない」(国内証券アナリスト)。

 コストのかかる欧米での投資銀行ビジネスにどれだけウエイトを置くのか、中長期の成長を見越してアジアにより大きくかじを切るのか。永井氏の采配がこれから見えてくるだろう。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 岡田 悟)