湖南省の中南大学大学院在籍中に邱永漢氏と出会い、卒業を待たず、2005年から氏が亡くなる2012年5月まで秘書として中国ビジネスと中国株を直接学んだ上田尾さん。約2年前からビジネスの拠点を台湾に移した上田尾さんが見た台湾漫画業界事情。

 拠点を中国大陸から台湾に移し、早いもので2年が経過しました。

 この間、日本の専門学校グループと邱永漢が32年前に台北で開校した日本語学校の「永漢日語」とで漫画学校を開校し、台湾から世界に出て戦える漫画家を育成するべく、日本の有名な漫画家さんや専門学校から指導のプロを特別講師として迎え、台湾の多くの漫画好きの方々から支持をいただくことができました。

 約2年の間、台湾の漫画業界に携わり、メディアでよく取り上げられているオモテの部分から、業界の人にしかわからないウラの部分まで、いろいろと垣間見ることができました。

 その結果、我々もこのオモテの部分に惑わされ、漫画学校としては失敗し、立ち上げ準備から2年後には閉校という残念なかたちになってしまいました。

 オモテの部分では今も変わらず多くのメディアが取り上げ、最近では政府機関も目に見えるかたちでこの方面に力を入れるようになりました。

台湾でも漫画・アニメは大人気

 3月25日から27日にかけて、台北でコミックワールドイン台湾(CWT)という同人誌イベントが開催されました。

 台湾ではほぼ毎週のようにどこかで同人誌イベントが開催されていて、大勢の若者が来場しとても人気があるのですが、今回の同人誌イベントの会場はなんと台北市政府の庁舎内でした。

 台北市観伝局(観光伝播局)局長の簡余晏氏は、「漫画・アニメのイベントを市政府庁舎内で行なうことに多くの人は戸惑うかもしれないが、台湾の漫画・アニメコンテンツは重要なパワーである」と話し、自らも日本の人気漫画のコスプレでイベントに参加し注目を浴びました。

 2月には次期台湾総統の蔡英文氏が同人誌イベント会場を視察に訪れ、台北のカリスマ市長柯文哲氏も、漫画を利用した地方都市や伝統産業の活性化について、私の提案を快く聞いてくれたりと、これまでは若者にしか知られていなかった漫画・アニメ業界も多くの人に幅広く認識されるようになってきました。

 台湾のトップや政府官僚が台湾の漫画・アニメを重要なコンテンツと認識し重視してくれるのは、台湾の漫画家にとっては当然良いことですし、年2回行なわれている漫画博覧会にも1週間で60万人以上の来場者があり、入場のため何日も前からテントを持参して泊まり込むのも当たり前になっています。

 台湾の総人口が約2300万人で、60万人の来場ですから、いかに漫画・アニメが台湾で人気かわかります。

台湾でマンガ学校を開校してみたものの

 このような情況を見て、台湾で日本のノウハウを活かした漫画学校を開校すればチャンスがあるのではと思い、さっそく私は日本の専門学校と一緒に台北で漫画家を育成するための学校をつくりました。

 台湾で数少ない長期連載をしている漫画家さんや、日本語が堪能な漫画家さんに声をかけ、漫画教育のノウハウだけではなく、「学校とはなにか?」「先生はどうあるべきか?」なども含め、半年間かけて日本での教育実習をしっかりと行ないました。

 開校前の説明会も100名以上の入学希望者が参加してくれ、台湾の若者は漫画に興味を持っているのだとあらためて実感したのですが、いざ学校が始まっても思うように学生数が伸びず、第一期生の卒業を待って閉校することになってしまいました。

プロになれても月収11万円

 今回の失敗から、台湾政府も進めようとしている台湾独自の漫画・アニメ制作の実態がどのようなものかわかりました。

 現実には、台湾の漫画家さんたちは夢を見ることすらできない環境にいます。もちろん日本でも成功する漫画家さんはほんの一握りですが、台湾は日本より格段に厳しい情況です。台湾の漫画家さんの能力の問題ではなく、環境が漫画業界をなかなか成長できない状態にしているのです。

 その一つの理由として、出版社があげられます。

 台湾で漫画を扱う出版社は、日本の人気漫画を中国語に翻訳して販売しています。出版社からすれば、すでに日本で人気のある漫画の版権を取得した方が確実に売れるし、吹き出しを翻訳するだけなので手間もなく効率的にお金が儲かります。なので日本の漫画版権を取るのに必死で、台湾の漫画家を時間とお金をかけて育てる必要があまりないのです。

 日本漫画の翻訳をしているだけなので、出版社自体も漫画編集者の人材が育たず、台湾の漫画家さんが漫画の持ち込みに来てもちゃんとアドバイスをすることもできません。そうなると、台湾の漫画業界自体レベルアップは難しくなってしまいます。

 それでも台湾でデビューする漫画家さんはいるのですが、読者はどうしても日本の漫画と比べてしまうので、日本の人気漫画との競争で結局は連載も長く続かないというのが現状です。

 連載が続かない理由にはもちろん人気もありますが、二つ目の理由として挙げられるのが金銭的な問題です。

 漫画家さんが頑張ってデビューし単行本を出したとしても、得られる収入は多くありません。台湾で漫画家デビューすれば、原稿料は一般的には1ページあたり1000元(約3500円)程度です。

 連載が続き単行本を出すことになれば、収入は次のようになります。

 単行本(180ページ)は1冊約100元(約350円)で販売されており、印税は8%程なので印税収入は1冊あたり8元(約30円)。

しかし台湾作家の漫画の発行部数はせいぜい2000冊程度。完売したとして印税収入は1万6000元(約5万6000円)。当初の原稿料180ページ×1000元=18万元(約63万円)をプラスしても、合計収入は19万6000元(約68万6000円)。

 月刊連載で30ページもらったとして、半年かけての収入を月で割ると約3万2600元(約11万円)。この金額をわかりやすく言えば、うちのレストランで皿洗いをしているおばちゃんと同じくらいの給料です。漫画家としてデビューし、順調に単行本を出し、完売してもこの収入ですから相当厳しいと言えます。

 このような漫画家さんたちの情況を政府のお偉いさん方はどのくらい理解しているのかわかりませんが、「イベントに出れば注目されて若者たちの支持を得られるかも?」という安易な発想でないことを期待しています。

 今回の漫画学校で、実に多くの台湾の漫画家や漫画家の卵と接してきました。みんな本当に漫画を描くことが大好きですが、漫画家としては生活できないので、仕事をしながら同人イベントに参加して自分の作品を販売しています。そして今、そんな台湾の漫画家さんたちと一緒に、日中間で漫画を描いて仕事にすることを計画中です。

 去年は台湾から368万人もの旅行者が日本を訪れています。台湾人の目線で、まだあまり知られていない日本の地方都市の魅力や、その体験を漫画でわかりやすく紹介できればいいなと思っています。

(文・写真/上田尾一憲)