「鳩ぽっぽマークがなくなっちゃったから駄目なんです」。それは、聞く人が聞けばヒヤリとする発言だった。

 5月26日に開かれたセブン&アイ・ホールディングスの株主総会。自身が出した役員人事案が取締役会で否決され、退任を余儀なくされた鈴木敏文氏が会長として出席する最後の総会だった。

 それだけに、会場は鈴木氏の退任を惜しむ声に包まれた。セブン-イレブン1号店のオーナーは涙に声を詰まらせながら鈴木氏への感謝を述べたし、村田紀敏・セブン&アイ社長(現顧問)は「偉大な経営者である鈴木氏と一緒に退任できることが、私にとって一生の宝」とまで言った。

 そんな雰囲気の中で一つ、鈴木氏のこれまでの取り組みに対する皮肉として飛び出したのが冒頭の発言。セブン-イレブンのあるオーナーが、イトーヨーカ堂の不振についてただしたものだった。

 彼の主張はこうだ。ヨーカ堂のマークを、消費者からの信頼の象徴であり、従業員のプライドの象徴でもあった「白い鳩」から、「セブン&アイのロゴ」に変えてしまったことが、社員の士気の低下につながり、今の不振を招いたのではないか、というのである。

気を使う井阪新社長

 関係者は、この発言の“裏”に「鈴木氏の痕跡を消せ、というメッセージ」(セブン&アイ関係者)を感じ取り、震え上がった。

 というのも、セブン-イレブン・ジャパンの社長だった井阪隆一氏がセブン&アイの社長に就任し、新体制になった今でも、鈴木氏は変わらず恐れられている。全ての役職から退いたとはいえ、井阪社長が「精神的な支柱」として「今までと同じように私どもの相談に乗っていただく」と名誉顧問への就任を打診。執務室は社外に設けるものの、しょせん、「スープの冷めない距離」にいるからだ。

 また、鈴木氏の腹心として知られる後藤克弘氏が副社長に就任。新体制発足の会見で、鈴木氏の秘書などを務めた経験から「他の方々よりグループ全体の情報は持っている」と述べる後藤氏からは、“鈴木臭”が漂ってくる。

 このままでは鈴木氏に「院政」を敷かれてしまう──。そんな危機感が、創業者である伊藤雅俊・セブン&アイ名誉会長の周辺に募ってきたところで、この発言である。社内の伊藤派のみならず、社外の“支援”にも後押しされた伊藤家が、いよいよ反転攻勢に出るのではないか。そんなふうに見る向きが出ても無理ない話なのだ。

 井阪社長は会見で、鈴木氏のみならず、伊藤名誉会長もまた「精神的な支柱」だと述べ、2人に気を使う姿勢を示した。人事をめぐる一連の騒動には終止符が打たれたとはいえ、火種はくすぶり続けている。井阪社長は今後、難しいかじ取りを迫られそうだ。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 新井美江子、大矢博之)