10倍を超えた制作本数

データ解析・機械学習技術を用いたサービス開発を手掛けるRe Data Science株式会社の代表であり、株式会社オプトとともに画像生成AIを取り入れた広告制作に取り組む高田悠矢氏によると、広告業界にとって2023年9月は、本当の意味での画像生成AI登場のタイミングであり、クリエイティブ制作の「当たり前」が根本から変わる歴史的転換点と言えるとのこと。

この歴史的転換点を経て「低コストで多くのクリエイティブのバリエーションの広告の制作が可能」となったことを証明すべく、高田氏らは、同月に「生成AIを活用したクリエイティブ制作コンテスト」を開催しました。このコンテストにより、どのような事実が明らかになったでしょうか。


今回は、当コンテストの詳細に触れつつ「広告制作において、画像生成AIをどのような価値に繋げていくのか」についても解説をいただきます。

なお、新たに2024年5月24日に、オプト・アドビ・Re Data Science共同『画像生成AI×効果予測AIを活用した広告クリエイティブデザインコンテスト』が開催される予定です。こちらは2023年9月に実施したコンテストと異なり「これまで業務で広告クリエイティブのデザインに携わった経験がない方々」が対象となります。生成AI時代の新たな広告制作フローを体験したい方はコチラから。

第一回の記事はこちら 前回のコラムにて、2023年中頃までは著作権の問題により、広告業界における画像生成の活用は限定的であったこと、その後、学習のためのデータセットに著作権の問題が発生する可能性があるデータを一切使わないことでこの問題をクリアしたAdobe Fireflyが2023年9月に商用利用可能となったことについて触れました(※)。そして同月、私が代表を務めるRe Data Scienceはオプトと共同で、いち早く画像生成AI「Adobe Firefly」を活用した広告クリエイティブデザインの制作に取り組むため、「生成AIを活用したクリエイティブ制作コンテスト」を開催いたしました。


こちらのコンテストでは、3~4人が一つのチームとなり、制限時間3時間/1商材(合計6時間)というルールのもと、以下の2つの架空の商材における広告クリエイティブの制作を行いました。
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画像生成AIを活用した広告制作の生産性とその効果 #2
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全7チームのなかで、もっとも多くのクリエイティブを制作したチームは2商材合計で130点を制作したほか、殆どのチームが100点以上の制作点数となりました。同程度の時間で、生成AIを活用しない場合の制作点数は、5点~9点程度ですから、10倍以上の制作量になります。また、このレベルの制作量となると、質が気になるところですが、10年以上、広告クリエイティブの制作に携わり、当コンテストの運営を担った株式会社オプトの阿部一馬氏によれば「緻密に作り込まれたものばかりというわけではないが、全体として、配信時に明らかに違和感が出てしまうレベルではない」とのこと。加えて、同氏は「今回のコンテストには、デザイナー経験が殆どない新人も参加しているが、そうした参加者も、プロンプト入力によって容易にアイデアを実現でき、ある程度の質を担保できている。この点は、熟練デザイナーと新人デザイナーの技術的な差を縮めるかたちで作用するため、大変興味深い。」とも述べています。

前回のコラムでは「私が着目し、提案や関連製品の開発を行っている領域はクリエイティブの“大量生成”です。
これは、言い換えれば“低コストで多くのクリエイティブのバリエーションが制作可能”である点に注目したということです。」と述べましたが、当コンテストでは、この点を明示的に証明することができたと言えます。

量を効果に転換するには

当コンテストでは「限られた時間で、一定の質を保った非常に多くのクリエイティブを制作することが可能である」という示唆を得ることができました。しかし、この結果をもって「著しい生産性の向上がみられた」と考えて本当に良いのでしょうか。「同じ時間でより多くの数のクリエイティブを制作することができた」という事実について、分母を「今回のコンテストで費やした制限時間」、分子を「それらの時間で制作できる点数」とするような生産性指標で捉えれば、確かにその値は生成AIの活用で明確に向上したと言えるでしょう。問題は”それが本当に意味のあることか?”という点です。

結局のところ、どれほど多くのクリエイティブのバリエーションを制作しても、実際に配信する数は限られます。また、コンテストにおける制作現場を観察すると、あくまで傾向としてですが、制作点数と制作に費やす時間の関係は以下のようになっていることがわかりました。
制作点数と制作工数(費やす時間)の関係
画像生成AIを活用した広告制作の生産性とその効果 #2
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※ あくまで今回のコンテストのケースの場合であり、生成AIを用いないと非常に多くの工数がかかるような対象を扱う場合には異なる傾向となる可能性がある点は留意する必要がある。

これらが意味するのは、10枚以上の大量のクリエイティブを制作するケース、すなわち、図中で言えば右側の領域においては、生成AIを活用することにより制作工数が大幅に削減されて生産性が著しく高まるものの、数枚のみを作成するケース、図中で言えば左側の領域においては、制作工数が概ね変わらず、生産性は殆ど向上しないという事実です。つまり、実際に配信するであろう枚数のみを制作するような場合においては、生産性の向上は期待できないということになります。

では、生成AIによって可能となるクリエイティブの“大量生成”ならびに“低コストで多くのクリエイティブのバリエーションが制作可能”である点を、どのように価値に転換させることができるでしょうか。
ここで、私たちが行った試算を紹介します。当試算では、オプトより2022年に配信したディスプレイ広告のうち「配信先、商材、媒体、日時等の条件が全て同一で、クリエイティブのみが異なる事例」に対応するデータの一部を抜き出して使用しています。「諸条件が全て同一のクリエイティブ」が3つあるようなケースを40ケース、合計120件のデータを用意いたしました。
試算には諸条件が全て同一のクリエイティブを使用
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まず、120件全てのCTR(Click Through Rate)の平均は0.37%となりました。次に、諸条件が全て同一の3つのクリエイティブのうち、最も効果の良いもののみを抽出して、CTRの平均を算出すると0.51%という結果でした。つまり、仮に、3つのクリエイティブのバリエーションのなかから、広告効果が良いものを事前に選ぶことができれば、その事前選抜をしない場合と比べて、1.4倍程度(≒0.51%/0.37%)の広告効果の向上を期待できることになります。また、あくまで理屈の上ではありますが、クリエイティブのバリエーションを増やせば、更なる効果の向上も見込めると言えます。

※CTR(Click Through Rate):ユーザーに広告が表示された回数(impression数)のうち、広告がクリックされた回数の割合のこと。

最適なクリエイティブをどう選ぶのか

問題はどうやって“神のみぞ知る真の正解”、すなわち、“もっとも広告効果の高いクリエイティブ”を選ぶかです。ここで前回のコラムの冒頭で述べた以下の話に繋がります。
識別のためのモデルは、この新しい生成AIと対比して「従来のAI」と呼ばれることがあります。
この部分について補足しておきたいのですが、「従来の」という表現は「古臭い」「廃れた」とかいった意味ではなく、従来のAIが生成AIに“取って代わられた”というわけでもありません。「識別」と「生成」はあくまで“仕事の違い”であるという点が重要であり、どちらも現在進行形で進化を続けています。また、これらを組み合わせることで新たな価値を創り出すことができます。
つまり「生成AIを用いて、たくさんのバリエーションを制作した上で、広告効果を予測(識別)するための別のAIで、最適なクリエイティブに絞り込む」というかたちで、複数のAIを併用すれば良い、というのが私たちの提案になります。

実は、前述のコンテストにおける勝ち負けは、単に「より多くのクリエイティブを制作したら勝ち」という判定基準ではなく、この効果予測AIのプロトタイプを用いて「もっとも効果が高いと判定されたクリエイティブを制作したチームが勝ち」という判定基準にしていました。当ルールでは、多くのクリエイティブを制作すればするほど、効果が高いと判定されるクリエイティブを制作できる確率は高まるので、多くのクリエイティブを制作することはもちろん有利に働きます。
しかし、優勝チームをはじめとした上位チームは、それだけではなく、どのようなクリエイティブが効果予測AIに“良いクリエイティブ”と判断されるかを観察しながら、まるでAIと壁打ちをするかのようにPDCAをまわすことで、より効率的に最適化を図るなど更なる工夫をしていました。

また、このコンテストで用いた効果予測AIのプロトタイプですが、コンテストを開催した2023年9月、すなわち、著作権の問題をクリアした画像生成AIが登場し、広告業界が歴史的な転換点を迎えた月、の翌月である2023年10月に”Open CTR Predictor“という名前で正式にローンチしております。

Open CTR Predictorは、こうした新しいクリエイティブの制作フローを普及させるため “どなたでも、無料で”お使いいただけるかたちで提供しています。この機会にぜひ気軽に使ってみてください。効果予測AI:Open CTR Predictor
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高田 悠矢
Re Data Science株式会社 代表取締役社長

2010年 工学系修士課程修了後、⽇本銀⾏⼊⾏。景気動向や金融システムに関する統計分析業務に従事したほか、資金循環統計やGDP統計(内閣府出向時)の推計手法設計に携わる。2015年 株式会社リクルート⼊社。戦略策定のための統計分析や、リコメンドエンジンの開発、⼈事課題に対する統計分析・機械学習手法の適用、⾃社データを活用した経済指標の開発・発信など、データ起点のさまざまな取り組みの企画・実行を担う。2021年 Re Data Science株式会社を創業。機械学習技術を用いた新規事業企画・開発支援、データ解析等を行う。