「オービスに撮られた。警察へ出頭して赤切符を切られた。
そんな趣旨のメールを受信した。もっと若い女性っぽい文面だった。メールのタイトルは空欄だ。本文に宛先名も差出人名もない。怪しい。もしや新手の詐欺メールか? うーん。しばし唸って結局、私は返信しなかった。
あれから何週間、考えてみれば、メールと同様のお悩みを抱える方が、世の中には少なからずおいでかも。2021年8月末時点で運転免許人口は約8200万人。1%としても約82万人だ。
いわゆる赤切符を切られると、反則金(軽い行政罰)ではすまない。いきなり「刑事罰」の対象とされる。スピード違反の刑事罰は「6月以下の懲役又は10万円以下の罰金」だ。罰金の上限は10万円。なので警察官は、罰金刑が相当の違反者に対し「次は10万円を持って出頭すればすぐ終わりますよ」と言うことがある。
次に出頭を求められるのは、いわゆる「交通裁判所」だ。場所や出頭日は赤切符に書かれている。そこは、ものすごく簡単にいえば、略式の裁判手続きでちゃちゃっと罰金を徴収するための場所だ。
たとえば東京の首都高速で超過70キロ台で普通車で初犯だと、通常は「罰金10万円に処する」という略式命令(罰金の支払命令)が出る。窓口で納付すれば、罰金についての手続きはすべて終わる。運転免許の行政処分のほうは、後日べつに呼び出し状がくる。
「10万円をぽんと払えるほど余裕がない。どうしたらいいのか」、基本的な要点のみ、3つに分けて説明しよう。
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1、不起訴か公判請求か
略式の裁判手続きは、違反者の同意を必要とする。「略式でいいね」「はい」だけじゃダメ。「正式な手続きがあることもわかりましたが略式でけっこうです」という書面に違反者が署名・押印する必要がある。署名・押印しなければ、検察官は略式の起訴ができない。検察官は、不起訴とするか、公判請求(正式な裁判への起訴)をするか、どっちかを選ぶ。
違反は事実でも、検察官は不起訴とすることがある。それを「起訴猶予」という。違反が軽いほど不起訴になりやすい。というか、統計を調べると、軽い違反はほぼ100%不起訴だ。逆に、違反が重いほど不起訴は難しい。
検察官が公判請求をすると、しかるべき手続きを経て後日、違反者は「被告人」として正式な裁判の法廷に立たされることになる。違反事実は認めたうえで「警察で罰金10万円と聞きました。生活はこれこれで、とても払えません。どうか減額を」と主張することになるかな。
私は、交通違反以外も含めて9400事件ほどの裁判を傍聴してきた。主張が認められて1万円でも減額されることは、きわめてまれだ。「ネットで変なものを読みかじった、不起訴狙いの不届き者」とか見なされると、減額なしのうえに、国選弁護人の費用(たぶん10万円弱)を負担させられるかもしれない。ご注意を。
2、1日5000円で労役場留置
罰金刑10万円の判決は、こんなふうに言い渡される。
「主文。被告人を罰金10万円に処する。
略式命令だと、端数(千円単位)や仮納付(即日納付)についての言及が加わることがある。が、基本的には正式な裁判の判決と同じだ。
「罰金を払わなかったら1日5000円の強制労働だぁ」なんてネットでは言われたりするが、そりゃまったく違う。財産刑を執行できない場合に、自由刑(体刑)に換えて執行する、それが労役場留置だ。でもって自由刑の期間を1日5000円(※)で計算するのである。「換刑処分」という。 ※罰金額が数万~数十万円だと原則5000円のようだ。
労役場留置の目的は、自由を奪って懲らしめること。拘置所や刑務所、少年刑務所などで執行される。体験者たちよれば労役作業は、封筒貼り、ビーズの色分けなど、ほんとにもう子どもできる作業だという。しかも出来高のノルマなどはない。封筒貼りをやった人は、こんなふうなことを言っていた。
「ただ座っていても退屈なので、労役作業はありがたかったです。糊をどうつけると効率的か、自分なりに工夫したりして、楽しかったです」
とはいえ、自由を奪って懲らしめる刑罰だ。そのへんの厳しさはある。なお、「金はあるけど労役場留置を体験したい。レポートしたい」なんていうのを検察庁は嫌うようだ。私は検察庁とモメ、銀行預金から差し押さえ(手数料込みの自動引き落とし)を食らったことがある。その話は長くなる。また今度。
3、検察庁に相談して一部納付
「10万円は大金だ。後日の納付も難しい」という場合、いちばん妥当なのは、検察の徴収係に相談することかと私は思う。10万円を一括納付か、さもなくば労役場留置か、という二者択一ではない。法務省の統計には「一部納付」なるものがある。
「こういう生活をしており、今はぎりぎり3万円しか捻出できません。残り7万円、これこれの方法で稼ぎ、×月×日までに必ず納付します」
そうした誠実なお願いが突っぱられることは、あまりないようだ。法廷で検察官が、罰金判決を言い渡され途方に暮れる被告人に対し「係のほうに相談してみてください」とにっこり言うシーンを、私は目撃したことがある。悩んでうつ病になったり、ネットで「高額バイト」を探したりせず、まずは検察庁に相談しよう。詳しい説明は省くが、高額バイトに連絡をとったら人生アウトですぞ!
ただし、検察庁はめんどうを嫌う。威信を大事にしたがる。「ローンでよろしく。きゃぴっ」なんて調子の人、一部納付が許されたら「罰金は分割OKだよーん」とYouTubeで広めそうな人は、さくっと労役場へ連行されるかも。もし預貯金があれば、調べられて差押えを食らうかも。
以上でごく簡単な説明を終える。全体をながめたうえで、どうするか決めてほしい。
さて、ここからは“豆知識コーナー”だ。さっきから言っている法務省の統計とは「最高検,高検及び地検管内別 罰金刑 執行件数及び金額(令和2会計年度)」というデータだ。会計年度とは4月1日からの1年間をいう。以下、単に年度という。
2020年度のすべての犯罪の罰金刑の執行額は361億5318万8000円。これは国の一般収入になるそうだ。じつは、罰金収入は昔はもっと多かった。たとえば2006年度は1006億1625万5000円だった。
昔、罰金収入の8割は交通違反と報道されたことがある。近年、飲酒運転、無免許運転、超過速度の大きい速度違反の取り締まりが激減している。そのせいもあるのだろう。交通違反以外の犯罪も全体に減ってもいる。やっぱり少子化の影響ですかねえ。
労役場留置による罰金刑の執行額は、2006年度は全体の約2%、21億9452万1000円だった。2020年度は約4%、14億1394万6000円だ。約2%から約4%へ増えている。日本は全体に貧困化してる?
〈文=今井亮一〉
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通違反以外の裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。