「写真に写っているのはあなたですね?」

いわゆるオービス(速度違反自動取り締まり装置)の測定は信頼できるのか? という話をしよう。

オービスは現場では自動的に測定と撮影を行うだけだ。
写真に写ったナンバーから車両の持ち主を特定し、郵便(いわゆる呼び出し状)を送って違反者を警察へ出頭させる。出頭した違反者はオービスが撮影した写真を見せられる。斜め前方から撮影されたクルマが写っている。運転者の顔とナンバーの部分を拡大した写真が添えられている。写真の上部または下部に、撮影日時、場所、制限速度、測定値などの文字が焼き付けられている。そして違反者は警察官からこう問われる。

「運転席に写っているのはあなたですね? この日時にこの場所を、このクルマを運転して走行しましたね? この速度を出しましたね?」

多くの運転者は身に覚えがあり「あー、やっちまった」と認めるようだ。当時の速度が何キロだったかよく憶えておらず、困ってしまう人もいる。「赤いストロボが光ってすぐメーターを見た。こんなに出してなかったぞ」となる人もいる。

【画像】オービス測定位置の少し手前には白線がある!

オービスの測定値は信頼できるのか。

私はこれまで事件数で9000件を超える裁判を傍聴してきた。
そのうちオービスによる速度違反の裁判は400件ほどになる。測定値を否認して争うケースもだいぶあった。それらオービスは、1件を除きすべて東京航空計器(TKK)のオービス3(3はギリシャ数字。読みはスリー)と三菱電機のRS-2000だった。 ※いわゆるオービスマップ上では、オービス3は「L」または「LH」、RS-2000は「H」とされる。

三菱電機は遅くとも2018年3月末にはRS-2000の部品供給、工場修理対応を終えた。その後も道路上に残っているRS-2000は、撤退前から委託していた業者に保守点検をさせながら稼働しているか、またはダミーとして残されているか、どちらかだ。いずれ姿を消すだろう。

オービスの否認裁判、証人となるのは誰?

さて、オービスの否認裁判で、検察官はオービスの専門家を証人申請する。大学教授? 博士? 国の専門機関の技術者? いや、検察官が申請する「専門家」はオービスのメーカー社員だ。メーカーには証言専門の社員がいて全国の裁判所を忙しく飛び回っている。その証言を私はあちこちの裁判所でさんざん聞いてきた。
TKKの測定方法はループコイル式、三菱はレーダー式。構造的なこと以外、だいたい同じだ。以下、TKKの場合でいく。

検察官「オービスに誤差はありますか?」
社員 「ございます」

ええっ? いきなり誤差を認めちゃったよ、と私も最初は思った。だが、こう続くのである。

社員 「誤差はプラス・マイナス2.5%の範囲に収まります。そこでナマの測定値に0.975をかけ、かつ小数点以下を切り捨てます。よって表示される測定値は0~マイナス5%、マイナス約1キロ毎時となります。実際の速度より高く表示されることはありません」

裁判官はニコニコとうなづく。一瞬不安にさせてから信頼性をがっちり固める、うまいね。もっとも重要なのは「白線」だ。

社員 「路面下に埋設したスタートループが車両を感知してから、6.9m先のストップループまでの通過時間、そこから速度を測定します。
測定値が設定速度(それ以上なら取り締まると警察が決めた速度)を上まわっていると、直ちにタイマーを作動させます。測定した速度で違反車両がちょうど測定地点へさしかかったとき、ストロボを発光させ撮影します。撮影地点には小さな白線があります。本件の写真を見ますと、違反車両のナンバープレートのちょうど下の路面に白線が見えます。まさにそのことが、測定値は正しかったことの証明になるのです」

裁判官は大きくにっこりうなづく。ばっちり有罪だ。多くの事件で弁護人は他車両や違法無線の電磁波の影響などをあれこれ言うが、それで誤測定が起こったなら、ちょうど白線のところで撮影されるはずがない。でしょ? ならばオービスの信頼性は絶対なのか。いや、長年傍聴するうち私はとんでもないことに気づいた。

オービス点検で得た走行試験結果は勝手に書き換えられる

例えばスタートループが車両を感知した時刻、ストップループが感知した時刻、0.975をかける前のナマの速度、そういったもの、つまり測定値の正しさの裏付けとなるものをオービスは一切残さない。写真に焼き付けられた測定値だけがすべてなのである。

そうしてだ、オービスは半年に1回、定期点検をおこなう。
点検のなかに「走行試験」がある。その場所を通行する一般車両、原則100台について、オービスの測定値とテープスイッチの測定値とを比較する。テープスイッチとは、タイヤの踏力に反応して車両を感知するタイプの測定装置だ。耐久性は落ちるが信頼性は高いとされる。100台について測定値を比較し、オービスの測定値はすべて0~マイナス5%、マイナス約1キロ毎時の範囲に収まっていた、とするのである。

ところが、定期点検はオービスからのケーブルとテープスイッチからのケーブルを「点検器」につないでデータを取り出す。なんと、肝心かなめ、唯一の証拠である写真に焼き付けられた測定値、との比較をやってないのだね。

しかも、である。100台の測定値をだーっと並べたものに不可解な点を被告人(運転者)が発見したことがある。社員氏はこう証言した。

社員 「あり得ない数値です…作表するときの間違いです…現場で点検器を確認したときには、異常を示すものは間違いなくありませんでした。エクセル形式で作表するとき、なぜか知らないけど間違ったものが印刷されてしまったということです」

なぜそんなことが起こったのか。


社員 「それがですね、誰かが誤った操作をしたんだと思いますが、誰もそういう意識がない。今ではわかりません」

オービスが誤った数字を出すことは考えられず、ならば人為的なミスだろう、でもどんなミスがあったのかわからない、というのである。しかも、こうも証言するのだった。

社員 「当然、正しい表を作成して(警察には)差し替えをお願いしたんですけども(笑)」

オービスの信頼性の証拠となる走行試験の結果は、メーカ-のほうで勝手に書き換えができるのだ。私はもう腰を抜かしそうなほどぶったまげた。しかし裁判は、普通に有罪、相場どおりの罰金刑(首都高速における超過74キロなので罰金10万円)だった。裁判とはそういうものなのである。

世間的には信頼できることになってはいるが

オービスの測定値は信頼できるのか。結論はこうだ。信頼に足る根拠、証拠はどうもないようだ。けれども警察的には、検察的には、裁判所的には、そして世間的には信頼できることになってる。そもそもオービスは絶対信頼できるので、走行試験において写真の測定値と比較する必要はないし、点検結果をあとから書き換えてもオッケーなのだ。


でもね、この程度でひどいとか言っちゃいけない。例えば検察官が無罪方向の証拠を隠して有罪することはぜんぜんオッケーなんだよ。そこはディープな話になる。省略しよう。ま、共通するのは、御上(おかみ。幕府または政府)がやることは正しい、ぜんぶお任せして大丈夫、ということだろうか。

ところで、私が傍聴してきたオービス裁判は、1件を除きすべてTKKと三菱のオービスだとさっき述べたでしょ。除いた1件は、スウェーデンを本社とする世界的企業、Sensys Gatso Group(SGG)のオービス、SWSS(Speed Warning Safety System)だ。2019年1月~2020年2月、さいたま地裁で私はその本邦初の超重要裁判を傍聴した。いや凄かった。その話はまた今度。

〈文=今井亮一〉
交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を発行。
編集部おすすめ