連載第96回 
サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」

 現場観戦7700試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。

 プロサッカーの試合ですっかり定着したVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)ですが、最近では細かいオフサイドなど、判定を下すのにかなり時間がかかるシーンが見られます。

どの競技もスピードアップに取り組んでいる時代に「VARにそんなに時間をかけていいのか」と後藤氏は指摘します。

サッカーの「VARが長い」問題 誤審の歴史を知るベテランライ...の画像はこちら >>

【長引くVARの時間】

 4月11日、12日の週末、僕はJ1百年構想リーグを観戦した。

 日産スタジアムでの試合ではFC東京がしっかりした守備からのカウンターで横浜F・マリノスを下し、勝点23として首位の鹿島アントラーズと暫定的に並んだ。しかし、翌日のUvanceとどろきスタジアム by Fujitsuでは、川崎フロンターレの前半の猛攻を耐えた鹿島が、後半2ゴールを決めて相変わらずの勝負強さを発揮。再び、FC東京に勝点3の差をつけて首位の座を守った。

 どちらも、守備の堅さが武器のチームだ。攻撃力で彼らを崩すようなチームの出現を期待したいが、昨年準優勝の柏レイソルは出遅れ。川崎はこのところ攻撃力は増しているが、守備が淡泊すぎるので勝点を積み重ねることができない。

 ところで、この2試合は試合がスムーズに進行して、記者会見も比較的早く終わったのでうれしかった。

 横浜FM対FC東京の前半アディショナルタイムは3分ちょうど(第4審判による「表示」ではなく、実際の所要時間)。川崎対鹿島の前半アディショナルタイムは2分7秒だった(後半は選手交代などもあるので、それぞれ6分7秒、7分10秒だったが)。

 時計が45分を回った瞬間の第4審判のアディショナルタイム表示が「2分」とか「3分」だと、ホッとするのは僕だけだろうか?

 たとえば、ちょうど1週間前に同じくUvanceとどろきスタジアム by Fujitsuで行なわれた川崎対浦和レッズ戦の前半アディショナルタイムは10分02秒だった。

 開始直後の3分に浦和のマテウス・サヴィオが蹴ったFKに根本健太が合わせてゴールネットを揺らせたが、オフサイドの判定。

ところが、ここでVARが介入。最終的にゴールが認められるまで5分以上が経過していた。

 さらに、10分過ぎには浦和のダニーロ・ボザが負傷して治療で2分以上中断。その後も、VARだのなんだのがあって、アディショナルタイムを厳密に計算したら10分02秒以上あったはずだ。

【ミリ単位のオフサイドに時間をかける必要はあるのか】

 サッカーという競技をこれからも発展させるためには、エンターテインメント性を高める必要がある。そのために、よく指摘されるのがアクチュアル・プレーイングタイムである。

 時間の浪費をどうやって防ぐか、が課題である。

 米国のメジャーリーグ・ベースボール(MLB)でピッチクロックが導入されるなど、どの競技でもスピードアップに取り組んでいる。

 サッカーでも、昨年GKに関する8秒ルールが導入されたし、今年はスローインやゴールキック、選手交代にも時間制限が設けられる。

 そんな時に、VARに5分もかけていていいのだろうか?

 ゴールが決まった瞬間とVARでゴールが認められた瞬間で、サポーターが二度喜べるという副産物はあるにしても、VARが盛り上がりに水を差すものであることは間違いない。

 とくに時間がかかるのがオフサイドを巡る判定だ。

 ここで、ふたつのフレーズに注目したい。

 まず、競技規則の第11条にある文言だ。

 オフサイドポジションというのは「競技者の頭、胴体もしくは足の一部でも、ボールおよび後方から2人目の相手競技者より相手競技者のゴールラインに近い位置にある」時だ。そして、次に「相手競技者やボールと同一レベルにいる場合、オフサイドポジションにいないことになる」とある。

「同一線上の場合はオフサイドではない」という意味だ。

 しかし、物理的に厳密に同一線上ということはありえない。ミリ単位、ミクロン単位、オングストローム単位......と細かく計測していけば、どちらかが前にいるはずだ。

「そんなの、非常識だろう」って?

 そう、選手がオフサイドの位置にいるかどうか、オングストローム単位で計測するなんて非常識極まりない。

【「はっきりとした、明白な間違い」に再注目したい】

 では、どこまでが常識の範囲なのか......。

 現在のVARでやっているように赤や青のラインを引いて、爪先が(あるいは頭の先が)ほんの1センチ出ているかどうかを判定するのは常識なのか、それとも非常識なのか......。

 もうひとつ、注目してほしい文言がJFAの「VARの実施手順-原則と実践および進め方」の最初に書いてある言葉だ。

「『はっきりとした、明白な間違い』または『見逃された重大な事象』があった場合にのみ主審を援助する」

 僕は尋ねたい。スロー再生や静止画を使って、赤や青のラインを引かなければ判別できない程度の誤差が「はっきりとした、明白な間違い」だったり「見逃された重大な事象」なんだろうか?

 肉眼の限界を超えてまで厳密に計測すべきものとは思えない。

 つまり、オフサイド判定は基本的にピッチ上の主審、副審の判断に任せ、VARではスロー再生などせずにノーマル・スピードで見て明らかに相手競技者より前に出ていることがわかった場合だけ介入すればいいではないか。それより小さな誤差は「はっきりとした、明白な間違い」ではないのだから。

 もうひとつ、現在のプロトコルではVARが介入できるのは「得点」「PK」「一発退場」「警告・退場の人間違い」の4つの事象に限定されている。規則を作った人も「何でもかでも介入すべきではない」と思ったから、4つの事象に限定したのだろう。

 しかし、「はっきりとした、明白な間違い」なら、他の事象でも介入してもよいのではないか? たとえば、ゴールキックかコーナーか......。きわどく外れたシュートにDFやGKが触れたか、触れなかったか。なかなか肉眼では(主審の立ち位置によって)見極められない。そんな時は(映像で見ればすぐにわかるのだから)、VARの助言で判定を訂正してもいいではないか?

【ルールやプロトコルは見直したほうがいい】

 20世紀のうちから、多くの競技でビデオ判定が導入された。大相撲では、なんと1969年から導入されている。

 しかし、FIFAはずっとビデオ判定導入に消極的だった。そのFIFAがようやく重い腰を上げたきっかけとなったのが、2010年南アフリカW杯のドイツ対イングランド戦での誤審だった。フランク・ランパードのシュートがクロスバーをたたいて明らかにゴール内でバウンドしたのに、審判団はノーゴールと判定した。

 批判が高まり、FIFAはビデオ判定とゴールライン・テクノロジーの導入に動いた。

 まさに「はっきりした、明白な間違い」だった。

VARというのは、本来はこういう誤審を防ぐためにあるもののはずだ。

「はっきりとした、明白な間違い」は、W杯史上だけでもいくらでも思い出すことができる。

 1986年メキシコ大会でディエゴ・マラドーナはイングランドのGKピーター・シルトンとの競り合いで手を使ってゴールを陥れた(僕は目の前でこれを見た)。4年後、イタリア大会のソ連戦で、マラドーナは今度はゴール前で手を使って相手のシュートを防いだ。そして、どちらも主審が見逃した......。

 1966年イングランド大会決勝戦。ジェフ・ハーストのシュートがクロスバーの下をたたいて跳ね返ったが、あれは本当に入っていたのか......。少なくとも、ランパードのシュートよりはきわどかった。

 1974年西ドイツ大会決勝戦。ベルント・ヘルツェンバインがPKを獲得して西ドイツが同点に追いついたが、あれはシミュレーションではなかったのか......。

 いくつもの「はっきりとした、明白な間違い」が、世界のサッカー史を作り上げてきたのである。

 誤解のないように言っておくが、これは現場の審判員に対する批判ではない。

彼らは決められたプロトコルに従って最大限の努力をしてくれている。

 僕が言いたいのは「ルールやプロトコルを見直したほうがいいんじゃないか」ということだ。

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