【画像】“妖精”な彼女
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とにかくクルマと縁のない人生だった。
私の人生に〝絶頂期〟と言えるときがあったのだとすれば、それは小学生のころで間違いない。ルックスや育ち、おつむの出来にかかわらず、運動神経がいいだけで女の子にモテていたあのころ。
学校で一番足が速かった私は、小学六年生のときの演劇発表会の演目「ピーター・パン」にて、主役のピーター・パンを任せられたこともあった。ステージ上を所狭しと飛びまわり、フック船長と丁々発止の戦いを繰り広げる私。嗚呼、男女問わずクラスメイトからの羨望の眼差しを一身に集めていた二度とは戻らぬ栄光の日々よ。
あれから時は流れ、かつてのピーター・パンも大人になった。その日暮らしの冴えないフリーターへと成り下がり、空の飛び方も忘れ、女のケツばかり追いかけまわす毎日だ。
今日もこうしてクルマの助手席に鎮座して、過ぎ去りし日々に想いを馳せては、少しおセンチな気分になっている次第である。
さて、ハンドルを握ります本日のイイ女。一目見たときに「妖精みたいな子」だなと思った。
やさぐれピーター・パンと人間界に転生したティンカー・ベルがマッチングアプリで偶然の再会を果たす。そんなエロ漫画のようなご都合主義全快のシチュエーションを妄想しては悶々とする。救いようのないドスケベピーター・パンであった。
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クルマの免許を取ったばかりだという彼女は、練習がてらに近場のドライブデートに付き合ってくれる男性をマッチングアプリで募集していた。
「あなたの運転技術、ゴールド免許の私が査定してあげましょう」
永久ペーパードライバーの分際でいけしゃあしゃあと試験官に立候補。ウソをつくたびに伸びるのがピノキオの鼻ならば、私は鼻の下をいくらでも伸ばしてみせる。こうなりゃ堕ちる所まで堕ちてやろう。おいらはやさぐれピーター・パン。可愛い女の子が運転するクルマに乗るのが生き甲斐なのさ。
彼女の愛車はホンダのN-ONE(エヌワン)、「オリジナル」グレードの特別仕様車であるスタイル+ アーバンモデル。黒とブラウンでコーディネートされたシックな雰囲気の車内。
初めて買ったマイカーがうれしすぎて、愛車のカタログを常備しているらしい。「アーバン」と「シック」か。クルマと同じぐらい私の人生には縁がない言葉だ。要はおしゃれなカフェみたいなもんか、そうか、スタバみたいなもんだな?
クルマの色はガーデングリーン。まさかのピーター・パンの服装と同じ色、ここまでくるともう笑うしかない。いや、もう運命に違いない。
「バナナの皮ってそのまま食べられるって知ってた?」
「モグラが穴を掘る速度って時速80センチらしいよ」
退屈はしないがそれほどためにならない豆知識を次々と繰り出してくる彼女。変な緊張感が漂うより、これぐらい生温い感じのほうが初デートっぽい感じがして心地いい。釣られて私も懐かしの動物占いの話をしてしまう。ちなみに私は動物占いでいえばペガサスです。
「あとね~、美容室のお休みって、全国的に月曜日が多いんだけど、関東は火曜日が普通なんだよ」
そう、今日は火曜日。
SNSで見かけて気になっていたという古民家風カフェにてまずは腹ごしらえ。しかしまあ、なんと美味しそうにカレーを食べる子か。うまそうにメシを食う女の子はそれだけで絵になる、いや、花になる。ココ壱やはなまるうどんで満面の笑みでメシをかきこむ知らない女の子を見ているだけで、幸せな気分になるのは私だけだろうか。
食いしん坊のティンカー・ベルはデザートのケーキまでしっかりとたいらげる。イチゴに軽くキスをしてからお口にポイ。お世辞抜きに可愛い。セクシーとキュートとスイートのつばぜり合い、いや共食いだ!
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いろんな意味で大満足のランチを終えた私たちは、天気もいいので多摩川沿いをドライブしてみることに。
水辺を一緒に歩けたら最高だね、なんて話していたのだが、晴天なれど川の近くは突風が吹き荒れ、とてもじゃないが散歩など楽しめそうにもない。
「私、実家がこの近くだからさぁ、学校終わりに友達とよく遊びに来てたんだよ~、懐かしいな……」
「俺もガキのころはよく河原で遊んでたなぁ、水切りってわかる? 石投げてピュピュピュッってなるやつ」
「やったやった! あれ得意なんだよね、私、こう見えてソフトボール部だったからさ」
「あのピッチャーの下手投げって可愛いよね」
「え、どこが?」
「俺、女の子がすること、何でも可愛いと思っちゃうんだよなぁ」
「立派な病気じゃん(笑)、でもさぁ……みんなで石投げしてるだけなのに、なんであんなにおもしろかったんだろ……、子供のころって何やってても楽しかったのにな。夢だった美容師になれたのに色々面倒で、今、あんま楽しくないの」
カフェで見せた無邪気な表情とは違い、雨に濡れた捨て猫のようなシュンとした顔をする彼女。若造が何をわかったことを言いやがってと思いつつも、人生の先輩としてひとこと励ましてあげたくなる。
「好きなことと向いてることって違うからさ。辛いことばっかりだったら辞めりゃいいじゃん。すげえよ、自分がなりたいもんに一回でもなれてんだからさ」
「……頑張れって言われなかったのはじめて」
きょとんとしている彼女。
「まあ、その結果が俺みたいな万年フリーターになっちゃうかもだけど」
「あは♪ ありがとね……ってかちょっと車の中暑くない?」とモソモソとダウンを脱ぎ始める彼女。その瞬間、川面に反射した太陽の光が私の目を直撃した。あまりの眩しさに目を開けていられない。どれくらい経ったのだろう。ゆっくり目を開けると、そこにはカラフルな水着に身を包んだ彼女がいた。
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「あのさ、もうちょっとだけ付き合える?」
答えはもちろんイエス。女の子の〝もうちょっと〟を叶えるために男は生きているんだから。
「ちょっと怖いけど、大好きな渋谷の街を走ってみたいの」
期待していた展開とは若干違ったが、彼女の可愛い夢を叶えるため、私たちは夕暮れ間近の渋谷に針路を取る。
さすがは渋谷、平日といえども街を埋め尽くす人、人、人の群れ。ハンドルを握る彼女の緊張が、助手席にまで伝わってくる。
「教習所の通りにやれば大丈夫だよ!」
さあ、行こうか、ティンカー・ベル、一緒にスクランブル交差点に突撃だ!
「ね、もう一周だけいい?」
あれから三十分ほど経っただろうか。
渋谷の道路にすっかり慣れてきた彼女は、さっきから同じ通りを何度もグルグルと周回中。さすがにこれ以上は付き合っていられない。
この道玄坂を昇り切れば……、いや、これ以上は言葉にはすまい。ねえ、ピーター・パンとティンカー・ベルの関係はもう卒業しよう。真っ黒ないやらしいランジェリーを身にまとい、サキュバスのように私を誘惑してはくれまいか。
退屈なドライブをやり過ごすため、私は淫靡な妄想にひたすら落ちていくしかなかった……。
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「じゃあ、そろそろ帰るね、今日は付き合ってくれて本当にありがと!」と、ティンカー・ベルは今日一番のスマイルを見せ、夜の街に溶けて消えた。本当にネバーランドに帰ってしまったかのようだ。結局私は単なるドライブ相手に使われただけみたいだ。
ああ、一日の疲労がどっと押し寄せてくる。人恋しくて風邪をひいてしまいそうだ。スクランブル交差点に佇む人の群れにまじり暖を取る私。信号が赤から青に変わったと同時に、ぴょんとその場でジャンプしてみる。
「やっぱ飛べねえか」
苦笑いを浮かべ、私はのんべい横丁へと一歩を踏み出す。ティンカー・ベルとの夢のようなひとときを肴にして飲む酒は、結構イケるんじゃないかと期待している。
(※)ストーリーはすべてフィクションです。
<今回の”彼女”=茜紬うた ヘアメイク=岩瀬 真由 写真=ダン・アオキ 文=爪 切男>
■今回のデートカー
ホンダ N-ONE 174万2400円
ホンダの名車「N360」を現代版にリメイクしたN-ONE。キュートな外観とセンタータンクレイアウトにより、広々とした室内空間を両立。多彩なシートアレンジも魅力だ。
■茜紬うた(あづみ うた)
鹿児島県出身のグラビアイドル。血液型はB型。ひとりカラオケやカフェ巡りが趣味で、歌ったり、カワイイ子を探すのが大好き。「グラビアで頑張ります!!」
”彼女”をもっと見たい方は、こちらをご覧ください。
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■爪 切男(つめ きりお)
作家。1979年香川県生まれ。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)でデビュー。同作はドラマ化もされ大きな話題を呼ぶ。現在集英社発のWebサイト『よみタイ』で、美容と健康に関するエッセイ『午前三時の化粧水』を連載中。