韓国人が日本を旅する際に使うガイドブックを読んでいたところ、本場の日本人である私も知らない単語が出てきて驚いた。宿泊施設の項、ビジネスホテルやカプセルホテルよりも先に、「韓人民泊(ハニンミンバク)」なるものが真っ先に紹介されているのである。


韓国では『地球の歩き方』に相当するメジャーなガイドブック、『100倍楽しむ』シリーズの東京編によると、韓人民泊は主に韓国人が経営する宿泊施設であり、新大久保などの韓国人街に多く存在するそう。
客室はおおむねドミトリー(相部屋)となっており、お風呂やキッチンは共用。宿泊費は1泊およそ2500円~3500円とのことで、これだけ見ると低価格が魅力の、普通のゲストハウスと大差ないように思える。

ところで私の経験から話をすれば、一般ゲストハウスは意外と日本人客が多い。国際交流を期待して宿泊しても、外国人に出会えずがっかりすることも多かった。だがこの韓人民泊なら、韓国人に囲まれ密度の濃い体験ができる違いない。

なぜなら、『100倍楽しむ』に出ている韓人民泊の名を日本の検索サイトに打ち込んでみても、ほとんど情報が現れないからだ。日本向けには広報していないのだろう。
ここでなら、初来日のウブな韓国人と触れ合えるかもしれない。早速、ハングルで書かれたガイドブックを見ながら予約することに。

韓国のテレビでも紹介されたことがあるというC民泊は、宿泊数日前に電話したところ、すでに予約で一杯。なかなか繁盛しているようだ。
どのような宿泊客が多いのか聞いてみたところ、「大半は韓国人のビジネスマンや留学生で、次にマレーシアなど東南アジアからのお客さんが多いです。日本人も時々泊まりますね」と答えてくれた。
次に電話したS民泊は、1日だけなら宿泊できるとのことで、さっそく予約をお願いする。「日本人がなぜウチを知っているのか」と逆に質問されるほどで、否応なしに期待は高まる。

当日、ガイドブックに書かれた地図を見ながらS民泊とおぼしき場所に行ってみるが、それらしき看板はまったく見つからない。再び電話すると主人のおばさんが現れ、やはり看板のない10階建てマンションの一室に案内してくれた。

そこはダイニングキッチンを中心に、ユニットバスと和室2つがある、一般的な2DKの住まいだ。設備は新しくないが、日当たりは良く不衛生ということはない。
6畳の和室には2段ベッドが2組置かれ、そのうちひとつが私の場所ということだ。なお、もうひとつの和室はすでに先客がいるようで、おばさんが扉越しに韓国語で何か話しかける。
おばさんによると、宿泊客の大多数が韓国人旅行者なのだが、ごくまれに受験などで上京する日本人も訪れるという。韓国語のサイトはあるが日本では一切告知をしておらず、ここに来る日本人は口コミでこの宿を知るのだそうだ。


部屋は一見すると日本のそれなのだが、ところどころのディティールが韓国仕様で興奮した。
壁に貼られている注意書きはすべて韓国語。ダイニングには自由に使えるパソコンが一台あるのだが、キーボードの上にはハングルが並ぶ。
炊飯ジャーには炊いたお米が、冷蔵庫にはキムチが入っており、自由に食べてよいというのもいかにも韓国式である(韓国の学生向け下宿にはこうしたシステムが多い)。
さらに夜眠るとき、ベッドの布団がやけに薄いなと思ったら、敷布団は電気で暖まるものだった。これなんかも、家にオンドル(床暖房)は当たり前の韓国人らしい選択である。


同じ部屋の宿泊客はその日私だけで、隣の部屋の人は、気配はするれども一度も現れず、結局ウブな韓国人とのコミュニケーションは実現できなかった。それでも日本の一角に、韓国を切り取ったような小さな空間があるということが、私にとっては新鮮であった。
東京最安値というわけではないが、新宿からのアクセスも良く、なかなか使える韓人民泊。プチ韓国旅行を体験しに、また泊まってしまいそうである。
(清水2000)