ホットコーヒーには牛乳やクリームをどばどば入れて飲みたい筆者なのだが、韓国のカフェでコーヒー(いわゆるハンドドリップコーヒー、アメリカンコーヒーというもの)を頼むと、日本でなら一緒に出てくるのが当然のように思われているミルク類が、なかなかやってこない。

それで店員さんに「すみません、牛乳を」と頼むと、想定外の注文がきたかのようにワンテンポおくれて「牛乳、ですか? 少々お待ちください」と言い、ちょっと大きめのコップに並々と牛乳を入れて持ってくる、そんなお店が結構多いように思われる。
ミルクを入れるための小さい容器が、最初から用意されていないのだ。

行きつけのあるカフェは、「牛乳を頼むのは清水さんだけだから」と、わざわざ私専用の小さなミルク入れを購入してくれたほどだ。ありがたいような、申し訳ないような気分である。

もちろんスターバックスなど、外国人慣れしたお店に行けばポットに入ったミルク類が常に用意されているのだが、最近韓国で流行している個人経営のおしゃれカフェを始め、自家焙煎を行うこだわりのコーヒー店ですら、コーヒーと一緒に牛乳・クリームが出てくることはない。そのたびに私は、一杯の牛乳をおどおどスペシャル・オーダーすることになる。

カフェラテやカプチーノといった、もとから牛乳が入ったメニューはどのお店にも置かれているけれど、いちばんスタンダードなドリップコーヒー・アメリカンコーヒーは、あくまでブラックで飲むというのが韓国式のようだ。


そのことに兼ねてから疑問を持っていた私は、この理由を、自家焙煎コーヒーにこだわるソウルのカフェ・D店に聞いてみた。店長は日本でコーヒーを学んだ経歴を持ち、現在はコーヒー教室も運営している同店も、コーヒーと一緒に牛乳やクリームを出したりしない。もちろん、お客さんの要望があれば提供するということだ。
「韓国では健康ブームとともに、インスタントではない本格的なコーヒーが広く飲まれるようになったんです。だから、コーヒーの純粋な味や香りを楽しむために、砂糖や牛乳を入れないという人が多いんですね」
インスタントの対極にある飲み物、それがカフェのコーヒーなのである。

韓国でコーヒー、韓国語で言うところの「コッピ」という飲み物は、一般的にインスタントコーヒーのことだった。

砂糖と脱脂粉乳が既に混ざった状態で売られるインスタントコーヒーは、家庭や職場や食堂でお茶のように気軽に飲まれる、まさに国民的なドリンク。その甘ったるい味が、辛い韓国料理を食べた後にベストマッチなことから、インスタントコーヒーの自販機はどんな食堂にも置いてある。

また、タバン(漢字で書くと「茶房」)と呼ばれる昔ながらの喫茶店では、コーヒーを注文すれば、当たり前のようにこの甘ったるいインスタントコーヒーが現れる。お年寄りたちはここでコッピを楽しみ、話に花を咲かせるのだ。

ところがここ5年ほどでカフェ文化が一気に定着し、街にはおしゃれカフェが続々登場、自家焙煎にこだわる本格的なコーヒーを出すお店も珍しくなくなった。こうした韓国のカフェブームを決定的なものにしたのが、日本でも話題となった2007年のテレビドラマ『コーヒープリンス1号店』だと言われている。


ソウルでも特におしゃれな人が集まる地域、弘大(ホンデ)前やカロスギルを歩けば、個性的でかわいらしいカフェが多く、ついつい立ち寄ってコーヒーを飲んでみたくなるに違いない。そのとき牛乳が欲しいなら、「ウユ・チョム・ジュセヨ」と遠慮せずお願いしてみよう。
もちろん昔ながらのタバンで、甘ったるいコッピを飲むのもオススメだ。古き良き韓国がここにある。
(清水2000)