「鉛筆は2BかHBを使いましょう」って言われてた小学生のころ、文房具屋で見つけた『F』の鉛筆に、かなりテンションが上がった記憶がある。Fって何だよ! と。
新しい鉛筆が出たのか!? と。さっそく親に言って、その謎めいた鉛筆を買ってもらった。

ところが使ってみると、これがなんとも普通。濃さも書き心地もHBとそんなに変わらないし、高級感があるわけでもない。テンションは一気に下がり、一度使っただけで、その後「F」が鉛筆立てから出ることはなかった。

大人になってから、記号の意味を知った。『B』はBLACK(黒い)、『H』はHARD(硬い)、そして『F』はFIRM(引き締まった)。Fは最新のもんじゃなく、昔からあるHとHBの間の濃さの鉛筆だった。

ただ、疑問は残った。どうして意味ありげに、Fなんていう別格っぽい記号がつけられてるのか。BとHだけで片付く話じゃないんだろか、と。

疑問を解決すべく、日本鉛筆工業協同組合に問い合わせたものの、鉛筆の規格はドイツで決められたから、調べてみないと分からないとのこと。
そこで、文献を探してみることに。すると、鉛筆の歴史が詳しく記されている『鉛筆と人間』(ヘンリー・ペトロスキー著)っていう本に、Fが誕生するまでの経緯が書かれていた。

19世紀、鉛筆の濃さの表し方は、国や業者によってさまざまだった。数字で表す業者や、H(HARD)とS(SOFT)で表す業者など、いろんな規格が乱立していた。
そんな中で、ロンドンにあるブルックマンっていう鉛筆製造業者が、『B』と『H』で表示した鉛筆を作った。画家が求める濃い鉛筆のグループをB、製図者が好む硬い鉛筆のグループをHとして、濃さと硬さのランクを数字で表した。
多くの人に使われ始めると、BとHの間にニーズがあることが分かって、いくつかの製造業者が『HB』を作った。そして、HBとHの間に『F』が作られた。

つまりBとHっていう、まったく別モノのラインが最初にあって、その間の濃さを埋める過程の中でHBが生まれ、さらにFが生まれた。濃さとしてはHHBなんだけど、3文字での表示はスマートじゃないからか、新しくFって記号が作られたってわけだ。こうして、19世紀の段階ですでにFは誕生していた。
この記号は世の中に浸透し、しばらく乱立してた濃さの表示は、20世紀になって統一されたという。


ちなみにこの先、新しい鉛筆の記号が生まれる可能性はあるのか、三菱鉛筆株式会社に伺った。
「現在の鉛筆で、すでにきれいなグラデーションになっておりますので、さらに細かく定義するのは、技術的に難しいと思います」
手作りだったら、微妙に違う濃さの鉛筆を作ることはできるという。でも、鉛筆は大量生産する必要があるから、品質が維持しづらいんだとか。新しい記号が生まれる可能性は、あまりなさそうだ。

謎めいた鉛筆記号『F』。その誕生の裏には、結構お勉強になる鉛筆の歴史が詰まってました。
(イチカワ)
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