先日、日本の編集者さんがソウルを訪れ、建物の屋上にある我が家を見た時、「山岡士郎の家じゃないすか!」とおっしゃったのだが、確かに韓国はこんな家が結構多い。

人気マンガ『美味しんぼ』にて、主人公である山岡士郎の、独身時代の自宅が登場するのはコミックス21巻のこと。
女子社員ふたりが彼の自宅を訪れると、果たしてそこは、ビルの屋上一角に建てられた小屋だった。

私が借りているソウルの住まいも、3階建て鉄筋コンクリート住宅の屋上、家主のおばさんが家庭菜園を営んでいるスペースの脇に、ぽつんと設けられている。居室の大きさは6畳ほど。隣接して、本当の山岡士郎の家とは比べ物にならない小さなキッチンがあり、シャワーとトイレ、ちょっとした物置も用意されている。
繁華街に近い好立地のわりに家賃は安く、何より屋上の空気が気持ちいい。夏は暑い、設備が古い、階段がキツイ、などのデメリットはあるが、私的には大満足、訪れた人たちも概ね面白がってくれている。


屋上スペースに一軒だけ建てられた小屋のことを、韓国語で「オクタッパン」と言う。漢字にすれば「屋塔房」だ。
このオクタッパン、韓国ではレアなものでは決してない。庶民の家が集まるエリアでは、多くの屋上スペースに、山岡の家っぽいものを見ることができる。

私の周囲にも、オクタッパンに住んだことのある人は少なくない。それぞれに感想を聞いてみた。

オクタッパンについて常識のように言われる「冬寒く、夏暑い」という話は、やはりどの物件にも共通するようだ。薄い屋根や外壁が、ダイレクトに大気に接するのがその理由。まあ冬寒いのは暖房さえ用いれば何とかなるが、夏暑いのはどうにも避けられず、直射日光で温められた室内は「サウナにいるようなもの」だと話す人もいる。
他にも「女子の一人暮らしにはセキュリティーが不安」「虫が多い」などの意見を聞くことができたが、それでも彼らはオクタッパンについて一概に、「不便だけど風情のあるところ」という肯定的なイメージを持っているようだ。「夏に屋上でサムギョプサル(豚の3枚肉)を焼くのは最高ですよ」との声も。
近所の不動産屋の話によると、オクタッパンは一部の人たちに常に人気があり、最近は借りるのが難しくなっているそう。
「新築物件にはオクタッパンがあまりないんですよね」とも教えてくれた。

こんなオクタッパンでの暮らしを魅力的に描いたのが、2003年に韓国で話題となった恋愛ドラマ『屋根部屋のネコ』である。このドラマを観て、広い屋上をふたりきりで自由に使えるオクタッパン(=屋根部屋)暮らしにあこがれた若者は多いよう。

一方、私のオクタッパンは前述のとおり、屋上の大半を占める家庭菜園は家主のおばさんのスペースであり、暑いからといってパンツ一枚で過ごすこともままならない。
さらに彼女はキッチンまでなら自由に入っていいと思っている節があり、ある時はキッチンに置いてあった私の靴が勝手に屋外に整理されていたり(靴を屋内に置くなという話らしい)、ある時は見知らぬ大量の白菜がガスコンロの上にどーんと置かれていたり(ありがたいことではあるが)、予期せぬ闖入者に驚かされたことも度々あった。
おばさんに干渉されまくりの、ラブとは関係がなさそうな私のオクタッパン暮らしは、とは言えくだんの『美味しんぼ』にて、世話好きのパワフルなおばさん・おちよさんの襲撃を受ける山岡士郎のそれに近いものがあるなと、真夜中の食べきれない白菜を前に、ほくそ笑んでみたりもするのである。

(清水2000)