「突然ですが、あなたの腕時計のでっぱり部分(りゅうず)、盤面のどちら側についていますか?」
街頭でこんな質問をしてみたら、ほとんどの人は「え……、右ですけど」と答えるだろう。これって左腕に腕時計をはめて、右手で時間を調整する前提で作られているってことですよね。


じゃあ、左ききの立場はどうなる。無視なのか。
左ききの中には、「私は右手に腕時計をはめているから、時計をしたまま時刻調整するのがしんどいのよね」と溜息を漏らしている人もいるだろうに。

だから時計の老舗メーカー、セイコーウオッチに聞いてみた。
左きき向けの腕時計はないのか、と。

「左ききの方向けの腕時計は販売しておりません」
え~……。
いきなりですか。
「左ききの方に同様のお問い合わせをいただいた場合、腕から時計をはずして、右手で時刻を合わせていただくようにご説明しております。あるいは電波時計のように、時刻合わせが必要ないものをお勧めしていますね」
え~、普通の回答だ……。
「ただ、デザイン上の理由を主として、りゅうずが9時の位置(左側)にきている商品も、過去にはありました。現在でも、『アニエスベー』では9時の位置にりゅうずがある商品を発売しております」

てなわけでいただいたのが、ご紹介している写真。なるほど左側にりゅうずがあり、これなら左ききの皆さんも納得だ。

でもこれって『左きき用』じゃなくて、たまたまそういうデザインなだけなのよね。やっぱり基本、腕時計業界は左きき無視ってことなんですかね?

「……調べてみます。時間をください!」
ここでなんと、セイコーウオッチの担当の方が、わざわざ『時計資料館』なる施設で調べてくださるというではないか。
というか、そんな資料館があったなんて知らなかった。
すごいぞ、セイコーウオッチ!
頼むぞ、セイコーウオッチ!

で、後日。担当の方から再び連絡がきた。

「時計資料館でお調べしたところ、1959年製造の『セイコークラウン』に、9時位置にりゅうずがついた商品がありました」
おお、さすがセイコーウオッチ! で、それって左きき用なんですか?
「すいません。当時のカタログが残っておらず、これが『左きき用』として発売されたものなのかは、はっきりしないんです……」
むう、そうなのか。残念だ。

というわけで、やや行き詰まった感があるのでむりやり結論づけると、現在のセイコーウオッチに限れば、左ききの人を意識して作られた腕時計は「ない」ということになるようだ。
で、過去には左側にりゅうずがついた商品があったが、それが左きき用かはわからないと。

ただ、担当の方がおっしゃったように、現在は便利な電波時計なんかも流通しているわけで。
今後、時計の時刻合わせが必要なくなれば、もはやりゅうず自体がいらなくなる。そうなれば、腕時計で右きき・左ききとか言う必要もなくなるわけだが……。
ならないか。りゅうずがない腕時計って、何となく締まらない気がするし。

ああ、ふと気づけば、今回はほとんどセイコーウオッチの担当に頼りきりであった。反省である。

おしまい。
(新井亨)