〈本当は書くつもりなんてなかったのですが、執筆中の長編小説が停滞していたので、息抜きになんとなくやっつけたのでした。商業誌ではないのだから、多少、だめなところがあってもかまわないや、という気軽さで。


「U-cafe オツイチ特集号」は、こんな前書きで始まる同人誌。先日乙一さん自身が書き下ろし小説を発表したことで話題を集めた同人誌「U-cafe」の最新号で、この前書きも乙一さんだ。前号は一般から公募した多数作品の中の一作、というゲスト扱いであったが、今回は丸ごと一冊乙一に関連した内容で構成されている。

僕は参加者の特権で先に全文を読ませてもらったのだけど、ああ、こういうのが欲しかったんだよ、と思った。商業誌ってどうしても売り上げを出すことを考えなきゃいけないしがらみがあるから、ファンにとってはよそよそしく感じちゃうことも多い。僕がどんなに「乙一さんのことが知りたい!」と思っても、雑誌のインタビュアーは作品の魅力とかそんなことばかり聞いて、乙一さんが好きな食べ物とかいつ風呂に入っているのかとかを聞いてはくれない。
僕はもっと人間が見たいんだよ。

この本には、前号発表の乙一作「電車のなかで逢いましょう」に、乙一原作の『失踪HOLIDAY』『きみにしか聞こえない』『傷』をコミカライズした清原紘の挿絵付きバージョンを再録。ニートの男が電車で一目惚れした女性にいきなり結婚を申し込むというストーリーだ。

〈「働き先が見つからないんです。春に大学を卒業して以来、自宅でゲーム実況動画をながめるだけの日々なんです。ニコニコ動画にコメントを流し込む日々なんです」
「よくわからないけど、とにかくあなたが人間のクズだってことはなんとなくわかりました」〉

こんなセリフ回しに乙一さんの趣味が反映されていてニヤニヤする。
もともと本のあとがきやブログ、ツイッターでの乙一さんの文章が好きだった僕にとって、それがついに小説になったか、という嬉しさがこみあげてくる。でも、〈だめなところがあっても〉なんて言うから乙一さんの作家としての隙が覗けるかと思ったんですが、全編ばっちり面白くて、ほんというとちょっとだけがっかりしました。

「乙一ってどんな人?」というアンケートには、乙一さんとゆかりのある滝本竜彦さん(『NHKにようこそ! 』など)、佐藤友哉さん(『子供たち怒る怒る怒る』など)、荒木飛呂彦さん(『ジョジョの奇妙な冒険』など)などが回答を寄せている。U1は前回の記事で紹介したように、ごくふつうの会社員、ふだんは出版とはまったく関係ない営業マンだ。「荒木飛呂彦先生にどうやってコメントをもらったんですか!?」と乙一さんもツイッター上で驚いていたが、自分の伝手だけでなく集英社のフリー編集者の人にも協力してもらったらしい。営業って仕事の底力を見た。
総勢12名による回答も「白い」「スローリー(動き、しゃべりが)」といったものから、立食パーティの時に見たことがない速さでごはんを食べてまわっていた、という意外なものまであって、マッハの残像を残しながら肉を皿に盛っていく乙一さんを想像したらおもしろかったです。

これだけだったら別に「有名人のブログたくさん見てればいいじゃん」と思うかもしれない。しかしこれは同人誌。一般参加者による作品も、乙一作品の書評から「電車の中で逢いましょう」の二次創作漫画や小説まで様々だ。たとえば、春原ロビンソンが漫画化した「電車のなかで逢いましょう」は本編の肝である主人公の心の機微など一切取っ払ったギャグになっている。「乙一先生なめとったらしばくぞ」と思って読み始めたのに、つい笑ってしまって最後には春原ロビンソンのファンになっていました。


皆、既に多くの同人・商業経験のあるメンツなので、随分豪華だねということをU1に言ったら、「この本に僕がどうしても書いて欲しい、また書きたいと言ってくれる人に頼みました」と言っていた。生意気なこと言うな、と思ったので僕は「乙一さんと初めて会った時に、泥酔してビールぶっかけたよ! イエイ!」というひどい内容のコラム「酒と乙一さんと私の死体」を寄稿してやったら、「面白かったです!」と言ってくれたのでU1のことがとても好きになりました。

内容だけでなく、デザインやレイアウトも凝っている。乙一オリジナルロゴを(勝手に)作ったり、各作品の雰囲気に合ったフォントやロゴを一つ一つ選んで使用している。随分多くの人の手を借りたようで、仕事が終わってからも毎晩遅くまでスカイプで構成の打ち合わせなどをしていた。「ただの同人誌じゃなく、もし本屋さんで立ち読みしても面白くて買ってしまうくらいクオリティの高い本にしたい」と言って、あんまり僕と遊んでくれなくなったりした。


U1が目指す理想の同人誌とは一体なんだろうか?

「好きな作家が商業を離れてどんな事を書くんだろう、というのはやっぱりファンとして読んでみたいし、それが出来るのが同人誌というメディア。また、乙一さんたちと自分の作品が同じ本になるっていうのは他の参加者にとっても嬉しいし、励みになると思うんですよね。そうした場所を自分は作っていきたいし、この本を読んで、楽しそうだな、自分も書いてみたいなと思ってくれたら、それが僕にとっては一番嬉しいことです」

U1のこの本にかける想いは普段下ネタばっかり言ってる男とは思えないくらい、ピュアだ。「U-cafe オツイチ特集号」は11月14日のコミティア94「め01b U-cafe」ブースにて発売される。

ちなみに僕も「や20b 宵待ち坂」にて小説と漫画の同人誌を出すので、よかったら来てね!(たろちん)