今村夏子『こちらあみ子』が第24回三島由紀夫賞を受賞!
『こちらあみ子』が大好きな千野帽子(あたらしい小説家の、あたらしい説得力。)と米光一成のふたりが、チャットで「『こちらあみ子』三島賞受賞おめでとー記念対談」を行った。
その模様をお伝えする。

米光:はじめて会ったとき『こちらあみ子』すごいよって千野さんが大推薦してたんですよ。それが発売ちょっと前のことで。
千野:筑摩の編集者がゲラを読ませてくれました。太宰賞は数年前に津村記久子さんが出たので注目の賞だったんです。年末に喫茶店でゲラ読んで一驚ですよ。表題作が受賞作で、それと書き下ろしの一篇なんだけど、どっちもよかった。
米:「こちらあみ子」と「ピクニック」。今村夏子さんって、まだこの2作しかない?
千:らしいですね。
米:最初の2作がこれ、っていうすごさ。
千:そうです。表題作のタイトルは受賞時の「あたらしい娘」を改題したものなんだけど「こちらあみ子」ってタイトルだけで泣ける。
トランシーバーのこと考えて。作中にトランシーバーがすごーく切なく出てくるから。
米:受賞会見がネット中継されていて、記者が「特異なケースの人の話で自分たちとは関係ないと思う人もいるのではないか」というすごい質問をして。
千:ええっ。
米:選考委員代表の町田康さんが「こわれたトランシーバーで交信しようとする姿はまさにぼくたちの姿じゃないのですかッ!?」って答えていて、読んだ時の気持ちを思い出してジーンとした。
千:そうだ!
米:そうだ!
千:関係ない人たちのことだとは思いませんでしたね。ヒロインに特定の病名なんてのを当てはめようと思えば可能なんだけど、もったいない読みかたなんじゃないかな。
米:ラベルを貼らないでずっと彼女に寄り添って描くことで、彼女の近くにいることができる。気持ちがわかる、とは言わないまでも、わかりたいと思える。
千:わかる、じゃなくて、わかりたい、と思わせてくれるのはすごいよね。手持ちの共感のツボのなかで感動するんじゃなくて、こっちの共感のツボが読んでるうちに新しく増えてる。
米:うん。

千:開発される。読者として。
米:そもそも人はそれぞれみんな特殊な人で、人を簡単な分類でわかった気になるんではなくて、ゆっくりと寄り添う時間をもって感じるって、小説とか、映画のパワーのひとつだと思う。
千:そうだねー。あみ子は家庭や人間関係をたびたび壊してしまうんだけど、私もひょっとしたら、そういう感じで人を壊したりしてきたのかもしれない。だから、あみ子を許してほしいとか、そういうふうな共感とは違うんだよなー。
米:許す許さないじゃない。
千:お兄ちゃんが不良化するのも、お母さんが「やる気」をなくすのも、あみ子のやったことにたいするそれぞれの反応として、しょうがないかもしれない。
米:わかるわからないでもない。お兄ちゃんだって、お母さんだって、あみ子に悪意はないのはわかっている。
千:お兄ちゃん、ちっちゃいときは優しい子なんだ。お母さんも一所懸命。
でも、困ったことになるときには、なる。あと、最後のほうに出てくるクラスの男子、いいよねー。
米:とても素敵なシーンで。
千:あみ子に名前すら覚えてもらってないんだけど。ダメな作家なら、彼に名前をつけるだろうなと思った。
米:けっこうハードな状況だけど、読んでるとそうでもない。
千:なんかねー、あみ子との会話が、さくらももこの漫画に出てきそうな会話なのよ。
米:最初に出てくる近所の子が竹馬で現れるのもいいですよね。
千:さきちゃん。小説のツカミとして魅力的ですね。季節感もあって、絵が見える。
米:それこそ『ちびまる子ちゃん』的に、しっかり絵が見えてくる。

千:うん。絵としてはああいう、白味の多い絵を想起させる文章だよね。だから2篇とも事態はわりと重いのにドライに楽しく読ませてくれます。
米:「ピクニック」は、ビキニ姿のローラースケート履いた女の子の店が舞台で、こちらも絵になるというか、絵的にキャッチー。
千:それ説明すると、未読の人みんな笑う。なんか能天気な舞台設定だなーって。それで、しかもけっこうごはんがおいしい店という。…行ってみたい。
米:行ってみたいのかーw
千:行きたいです。あの「新入り」に説教とかしたい。困った客として。年誤摩化してこんなところで働いてんじゃない、って。

米:ぼくは、なんとなく、行きたくはないw。
千:「ピクニック」は、視点人物が「ルミたち」で、「ルミ」単体はまったく出てこない。新しいなー。
米:不思議な気持ちになってくる。
千:集合体が視点人物って、やっぱり不思議な語りかただけど、そういう語りかたでこそ表現できてしまうものがある、って痛感した。
米:「ルミたち」って、日本語ならではの手口っておっしゃってましたよね。
千:はい。ヨーロッパ語だと通常、「彼女たち」としか言えないわけです。「彼女たち」みたいな3人称複数を主体にずーっと語っていくと思わせぶりなサスペンスが発生してしまう。いっぽう「ルミ」って名前を入れようとすると、ヨーロッパ語では「ルミと仲間たち」としか言えない。するともう「ルミ」が個体化してしまうし、へたすっと、「ルミ」が仲間たちから浮いてるようなイメージすら与えてしまう。
米:そもそも日本語って確固とした主語って苦手。
たとえば「少女です」って述部に対応する主体は、日本語だと「彼女」でも「彼女たち」でもいいし明示する必要すらない。英語だとそうはいかない。
千:日本語の「ルミたち」にはさっき言った余分なサスペンスがなくて、ニュートラルというか平たく語ることができる。
米:他の小説で、こういうのある?
千:1人称複数ならあるんですよね。バルガス・リョサの「小犬たち」とかちょっと違うけどアゴタ・クリストフの『悪童日記』。でも3人称で名前入りってのはちょっと知らない。
米:固有名の複数形が言えない。っていうか、本来そういうことを言う状況って、理屈で考えるとないのか。
千:ないと思う。
米:日本的というか、世間ってものがある世界の言語でしか表現できなさそうな。
千:社会じゃなくて世間ね。
米:さっき「ローズガーデン」に行きたくないって言ったのは、伊藤潤二の絵も浮かんできて。
千:いとうじゅんじー!!
米:伊藤潤二の漫画って、自己が増幅する話がよくあるんだけど、あの人称の使い方がそういった不安を感じさせて、うっすらと怖い。
千:米光さんの想像が怖いww。でも伊藤潤二なら女子がカワイイ。
米:「ルミたち」って人称でずっと描写されてると、それぞれの顔がないように感じられて。
千:おお、今村夏子漫画化計画。ある種の尖った漫画に負けないように書かれていて、作者の人じつは漫画好きなんじゃないかと思える節もある。無根拠に言うけど。
米:あー。
千:長嶋有、角田光代、柴崎友香、といった人たちも、漫画が好きで漫画に負けないように書いてるでしょ。長嶋さんは漫画も描いてるけど。
米:「フキンシンちゃん」
千:漫画が好きで漫画みたいな小説を書く、という道もあるけど、漫画が好きだから漫画に学んで漫画に負けないように書くっていうのもあるなー。と。
米:高野文子とか大島弓子に漫画化してもらいたい気もする。
千:高野文子はあるねー。「田辺のつる」は漫画で「信頼できない語り」をやった感じがする。「ピクニック」にかんする怖い想像と言えばね、日本だと、ちっちゃい子とか若い女子とか、自分のこと下の名前で呼ぶでしょ。
米:「秋子はねぇ」みたいな。
千:うん。それで「ピクニック」の「ルミたち」も、じつは3人称の「彼女たち」じゃなくて1人称の「私たち」だったりする可能性もある。
米:!?
千:ルミが「私たち」って言わないで「ルミたち」って言ってる。ルミは若年女子だから日本語だと可能性0ではない。
米:おお。そう思って、読み返してみよう。「こちらあみ子」も、視点のありようが小説全体に影響を大きく与える。三人称で描かれていて、しかもずっとあみ子に寄り添ってる三人称。語り手の距離間がぶれない。
千:だけど、ちゃんと「あみ子に見えてない部分」を匂わせるような書きかたをしてますね。あみ子視点なんだけど、外から見たあみ子とあみ子の自己像の違いみたいなもの伝わるようになってる。
米:あみ子そのものじゃない。あみ子が分からないことも、語り手はわかってる。
千:そう。
米:その語りのありようが、寄り添っている感覚を手渡してくれるんだろうなぁと思う。『こちらあみ子』を読んでよかったーって思った読者に次なる読書をオススメするとしたら?
千:敷居の高い質問!! うーーーーんさっき書いたバルガス・リョサの「小犬たち」はいいかなーと思いました。あとは……意外かもしれないけど綿矢りさ『勝手にふるえてろ』とか。
米:ああ。
千:『勝手にふるえてろ』は主人公が厄介ですよ。読む人によっては「なにコイツ」って思う。
米:『蹴りたい背中』も、微妙な関係というか、にな川だけじゃなくてハツのほうも風変わりな。
千:そうそう。『蹴りたい背中』『勝手にふるえてろ』は、主人公の厄介さでは太宰の『人間失格』、織田作之助の『青春の逆説』にも負けてない。
米:ぼくは山本昌代『応為坦々録』を連想しました。絵を描くこと以外はお構いなしの奔放な北斎の娘がひょうひょうと生きているのが、そのまま手渡される。
千:「そのまま」ってのはキーワードかもね。『こちらあみ子』の。「そのまま」って小説ではじつは難しい、なかなか達成しない。
米:作ってるものだから、もちろん作為というか、作ってるところはあるんだけど、それがこれみよがしじゃなく、どれだけ誠実にそのまま作れているかということは、あるかも。
千:うん。『こちらあみ子』は、縫製がすごいというか、縫い目が見えないくらいの出来だと思った。あっ、深沢七郎とかいいかも。
米:深沢七郎の青春小説、なんだっけ?
千:『東京のプリンスたち』
米:また読みたくなった。
千:深沢七郎の小説とかエッセイを読みながら今村夏子の新作を待つ。そうするとまた全然違ったやつ書いてくるかもしれない。
米:楽しみ。でも「次回作は?」って聞かれて「今後書きたいとかナイです」って言ってたw
千: 考えてくれー。
(米光一成)

プロフィール:千野帽子・すごい本を薦めるのが巧みな人。著書『読まず嫌い。』『文藝ガーリッシュ』『世界小娘文學全集』『文學少女の友』。6月12日「第1回 東京マッハ句会」を主催。
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