さいとう・たかを先生、ごめんなさい! さいとう先生は『ゴルゴ13』を40年以上描き続けているけれど、実際に先生がペンを入れるのはゴルゴの目だけ……といったたぐいの噂を、ワタクシ、真に受けておりました。しかし、先ごろ刊行されたムック『文房具の極』のインタビューでさいとう先生は、《皆さん私が『さいとう・プロダクション』として製作してるのを知ってますから、私が仕事してないと思われることもありますが。
(中略)そんなことはない、未だに鉄砲持って走り回ってますよ(笑)》
と語っているではありませんか! 先生はまた、長年の執筆で右手の掌の筋がつってしまい、最近手術してようやく治したとも話しています。「ゴルゴの目だけ~」なんてのはやはり都市伝説だったのですね……。

『文房具の極』の版元は、『ゴルゴ』はじめさいとう作品を多数刊行しているリイド社だ。それだけに、「プロフェッショナルの文房具」と題するこのインタビューでは、本来のテーマである愛用の文具にとどまらず、さいとうの仕事術から好きなコーヒーの種類までがっつり訊いている。ちなみにさいとうは、原稿のラフにはユニ鉛筆の2B、ペン入れにはピグマとマルチライナー(いずれもマーカー)、それからマジックインキを使っているとか。文具はたいていスタッフからあれこれ聞いて選ぶことが多いそうなのだが、そんなふうに周囲の意見を柔軟に取り入れることも、彼が作家として長寿を保っている理由なのかも。なお、この企画ではさいとうのほかにも、TBSアナウンサーの安住紳一郎、女優の杏、さらに元首相の麻生太郎がそれぞれインタビューに答えている。

出版界ではいま各社から文房具のムックが発売されている。これはもうブームといっていいだろう。ためしにamazonで「文房具 ムック」あるいは「文房具 雑誌」と検索をかけるだけでも出るわ出るわ。このブームの火つけ役となったのはおそらく、昨年秋に出て少なからぬ話題を呼んだKKベストセラーズの『すごい文房具』ではないだろうか(当エキレビ!でも紹介したところ、かなりの反響をいただいた)。それが今年もまた戻ってきた。
その名も『すごい文房具リターンズ』

昨年の第1弾もさまざまな趣向を凝らしていた『すごい文房具』だが、今年はますます企画が冴えわたる。目玉のひとつは、TBSラジオの「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」との連動企画、「OKB48選抜総選挙」だ(去る10月1日に放送された同番組での“選挙速報”はポッドキャストでも聴ける→前編後編)。「OKB」とは「お気に入りボールペン」の略。前出の番組の構成作家で文具評論も行なっている古川耕による総合プロデュースのもと、現在市販されているボールペン48本について、各種選考により順位を決めようというのだ。いうまでもなくこの企画の元ネタはAKB48の選抜総選挙である。パロディって本気でやらないと、「しょーもない」の一言で終わってしまうんだけど、この企画は徹底してガチだ。選考のなかには本家AKBが力を入れている“握手会”も組みこまれており、何かと思いきや、人を集めて実際にボールペンに触って試し書きしてもらうというもの。mixiの人気コミュニテイ「文房具朝食会」とのコラボで行なわれたこの握手会では、BGMにAKBの曲が会場に流れるなか、参加者たちが黙々と試し書きをしたという。試し書き用に主催者から配られたのはマルマンのニーモシネのA4ノート。これを“公式劇場”と名づけるネタの細かさには、AKBファンのわたしも恐れ入った。

で、選考の末、栄光の1位には三菱鉛筆のジェットストリームが輝き、2位は昨年の『すごい文房具』でもとりあげられていたパイロットの“消せるボールペン”フリクションボール・シリーズに決まった。
ジェットストリームは、エキレビ!ライターの杉村啓さんが「油性ボールペンだけど低粘度のインクを使ってさらさら書ける」「文具業界に衝撃を与えたエポックメイキングなボールペン」と教えてくれたこともあり、わたしも店頭で手に取ってみたのだが、試し書きしてその滑らかさにびっくりした。誌面に載っていた《他のボールペンに戻れない、まるで素人童貞になったような気分にさせられました》という投票者のひとりのコメントは、まさに言いえて妙。同じページでインタビューに答えている開発者の市川秀寿によれば、インクの粘度を落とすだけならさほど難しくはないものの、それに加えて柔らかさにこだわったのがジェットストリームの書き心地のよさの秘密だという。

さて、『文房具リターンズ』では文具好きのあいだでの最近のトレンドとして、文房具を自分が使いやすいよう改造する、いわゆるカスタマイズにも多くのページが割かれている。そのなかでとりわけ目を引いたのは、“文房具女子”松本彩織が、知人の文具店店主や革工房、デザイナーのサポートのもと実用化したという「A5ノートカバー+α」だ。これは、記録に使う道具をひとまとめにしたノートカバーがほしい! という希望から生まれたもので、カバーのなかにはA5サイズのノートのほか、付箋、多色ペン、ペンのリフィル(替え芯)、両面シール、はさみ、ポストカードと切手、A4サイズの資料、名刺サイズのカードがすべて収納できる。わたしもメモをとろうとかばんからノートを取り出したはいいものの、筆記具はペンケースに入っているのでまた探さないといけない……ということがよくある。でも、このように最初からセットにしておけば手間取る必要もないわけだ。

ラッパーで前出のラジオ番組「ウィークエンドシャッフル」のパーソナリティを務める宇多丸も、文具のカスタマイズを実現したひとり。宇多丸は同番組の人気コーナー「ザ・シネマハスラー」での映画評論のため毎週ノートに感想を書きとめている。番組スタッフからミドリというメーカーのMDノートをプレゼントされたことをきっかけに文具に目覚めたという彼は、ついには同社と共同でオリジナルのノート、その名も「シネマハスラーMDノートブック」までつくってしまった。このノートでは、書き心地を追求した紙質と、どのページも180度に開くというMDノートのよさをそのままに、1ページあたりの情報を圧縮するため、通常のMDノートより罫線の幅を1ミリ狭めて6ミリにするなどの工夫が凝らされている。
また、感想をメモしたあと追加情報を書き入れることも多いということから、各ページとも左側にスペースがとられた。

もちろん、誰でもかれでもメーカーにカスタマイズを発注できるわけではない。けれども、ちょっとした工夫で不便を解消できるということはあると思う。たとえば、宇多丸はノートにバンド付きペンケースを装着し、そこにペンとリフィルを入れているほか(愛用のペンはやはりジェットストリームだとか)、ノートの1ページ目にはケースごと貼りつけられる付箋・ポストイットフラッグシンパックをセットしているという。こうするだけでも使い勝手はかなりよくなるはずだ。ほかにもカスタムダイアリーステッカーズのように、自分の使っているノートに貼るだけでカスタマイズができるという商品もある。なお、「シネマハスラーMDノートブック」も「A5ノートカバー+α」も一般向けに販売されているというので、入手して実際に使ってみるというのも当然ありだろう(入手先など詳細は同誌参照)。

最後にもう1冊、太田出版の雑誌「ケトル」も最新号のVol.3で「文房具が大好き!」と題して特集を組んでいる。同誌では、『すごい文房具』でもとりあげられている谷川俊太郎書き下ろしの一行詩が刻印された鉛筆(oblaat“poepencil”)について谷川本人が言及、それとともに鉛筆への愛着を語っているのをはじめ、文具店のガイドや文房具の雑学などなど盛りだくさんの内容だ。なかには「歴史に立ち会ったペン」として、NASAがアポロ計画で採用した「スペースペン」なんてものまで紹介されている。普通のボールペンは無重力空間ではインクが出なくなってしまうのだが、スペースペンはその問題をクリアした。

NASAといえば、「文具好きが観るべき映画×12本」というページでは『アポロ13』がとりあげられている。
この作品は、事故発生により最小限の電力で地球に帰還しなくてはならなくなったアポロ13号の実話を映画化したもの。当然ながらコンピュータは使えなかったため、トム・ハンクス演じるアポロの船長はシャープペンシルで飛行のための数値を手計算していた。《電気がなくても文具は大活躍》(同ページの紹介文より)というわけだ。それにしても、これだけあちこちでデジタル化が進んでいるにもかかわらず、文房具にこだわる人はむしろ増えているように思われる。それは、文具の持つぬくもりであったり、わりと融通が利くところだったり、あるいは電源などを気にせずどこででも気軽に使えるという親しみやすさゆえなのかもしれない。(近藤正高)
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