「消しゴム版画家」を名乗る一人の女性がいた。消しゴムを彫りハンコにするその女性は、かつてテレビ業界を中心に大きな影響を与えていたことがあり、今や伝説的でさえある。
その人の名はナンシー関。30代より上の世代なら必ず一度は彼女の作品を目にしたことがあるだろう。しかし超売れっ子だった今から10年前、2002年6月12日に虚血性心不全のため39歳で早世してしまう。
しかしなぜ消しゴム版画家がテレビ業界に影響力を持ち、伝説にまでなっているのか。
「消しゴム版画家を名乗っていましたが、やはりコラムを抜きに彼女を語ることはできないと思います」
そう語るのは没後10年を機に今月『評伝 ナンシー関「心に一人のナンシーを」』を上梓したジャーナリストの横田増生さんだ。アマゾン・ドットコムやユニクロに関するルポタージュでも名高い横田さんは続ける。
「山藤章二さんの『コラムニストとして100点。それに消しゴム版画を加えて120点。さらに横に添える一言で130点』という言葉が一番よく言い表しているのではないでしょうか」
「でも『コラムニスト』というと大上段でエラそうで嫌だったのでしょう。サブカル的な自意識からか終始肩書きは『消しゴム版画家』で通していました」
コラムニストとしてのナンシーさんはテレビ評論を主戦場とし、肩の力が抜けていながらも鋭く辛口なコラムで絶大な人気を博した。
「当代最高のコラムニスト」(坪内祐三さん:「テレビ消灯時間 リミックス」解説)
「マネをすると文章が面白くなる」(南伸坊さん:「小耳にはさもう」あとがき)
「影響を全く受けていないテレビのコラムニストが出てきたらウソか余程の勉強不足ですよね」(リリー・フランキーさん:NHK「さよならの風景」)
彼女を絶賛する声は数知れない。そして今でも、なでしこジャパンブームや嫌"韓流"騒動など様々な社会現象が起きるたびに「ナンシー関ならどう書いたのだろう」と彼女の不在を惜しむ声が絶えないという。
テレビ評論をする人は現在ネットを検索すればいくらでも出てくるが、ナンシーさんのコラムは彼らのものとどう違うのだろうか。
「テレビについてのコラムは驚くほど早く鮮度が落ちて、2、3年も経つと本当に気が抜けたようになっちゃうものなんですよ。でもナンシーのコラムは今でも全然色褪せない。他の人のものと読み比べると違いは一目瞭然です」
それはナンシーさんがテレビを越えた普遍的な本質を語っているからではないかと横田さんは分析する。
生前はとりわけ熱心な読者ではなかったという横田さんは、彼女の死をきっかけに軽い気持ちで著作を読み始めその面白さに夢中になったという。
没後10年にナンシーさんについて書こうと早い時期から決意して書かれた今回の新刊では、同居していた妹さん、幼馴染みからマスコミ関係者、著名人まで100名近い関係者にインタビューを重ねている。そこに横田さん独特の客観を努めたクールさが加わり「評伝」の名に恥じない掘り下げた人物評に仕上がっている。
またナンシーさんの面白さについても通り一遍をなぞるだけでなく、従来あまり指摘されてこなかった「定点観測」の魅力についても声高に言及している。
「郷ひろみ、神田うの、山田邦子など、ことあるごとに取り上げる人物やテーマがあります。それらを時系列に並べて定点観測的に読んでいくと彼女の文章の魅力が倍増するんです。そのことが今まであまり話されることがなかったのは不満でした」
暗いニュースが多い現在「今もナンシーが生きていたら」という声が絶えないのは当然かも知れない。それはナンシーさんにものごとの本質を看破して欲しいということよりも、むしろ現代のモヤモヤをぶっ飛ばして欲しかったという思いからくるものなのではないだろうか。
何しろナンシー関のコラムは閉塞知らずで問答無用に面白かったのだから。
(鶴賀太郎)
その人の名はナンシー関。30代より上の世代なら必ず一度は彼女の作品を目にしたことがあるだろう。しかし超売れっ子だった今から10年前、2002年6月12日に虚血性心不全のため39歳で早世してしまう。
しかしなぜ消しゴム版画家がテレビ業界に影響力を持ち、伝説にまでなっているのか。
「消しゴム版画家を名乗っていましたが、やはりコラムを抜きに彼女を語ることはできないと思います」
そう語るのは没後10年を機に今月『評伝 ナンシー関「心に一人のナンシーを」』を上梓したジャーナリストの横田増生さんだ。アマゾン・ドットコムやユニクロに関するルポタージュでも名高い横田さんは続ける。
「山藤章二さんの『コラムニストとして100点。それに消しゴム版画を加えて120点。さらに横に添える一言で130点』という言葉が一番よく言い表しているのではないでしょうか」
「でも『コラムニスト』というと大上段でエラそうで嫌だったのでしょう。サブカル的な自意識からか終始肩書きは『消しゴム版画家』で通していました」
コラムニストとしてのナンシーさんはテレビ評論を主戦場とし、肩の力が抜けていながらも鋭く辛口なコラムで絶大な人気を博した。
「当代最高のコラムニスト」(坪内祐三さん:「テレビ消灯時間 リミックス」解説)
「マネをすると文章が面白くなる」(南伸坊さん:「小耳にはさもう」あとがき)
「影響を全く受けていないテレビのコラムニストが出てきたらウソか余程の勉強不足ですよね」(リリー・フランキーさん:NHK「さよならの風景」)
彼女を絶賛する声は数知れない。そして今でも、なでしこジャパンブームや嫌"韓流"騒動など様々な社会現象が起きるたびに「ナンシー関ならどう書いたのだろう」と彼女の不在を惜しむ声が絶えないという。
テレビ評論をする人は現在ネットを検索すればいくらでも出てくるが、ナンシーさんのコラムは彼らのものとどう違うのだろうか。
「テレビについてのコラムは驚くほど早く鮮度が落ちて、2、3年も経つと本当に気が抜けたようになっちゃうものなんですよ。でもナンシーのコラムは今でも全然色褪せない。他の人のものと読み比べると違いは一目瞭然です」
それはナンシーさんがテレビを越えた普遍的な本質を語っているからではないかと横田さんは分析する。
生前はとりわけ熱心な読者ではなかったという横田さんは、彼女の死をきっかけに軽い気持ちで著作を読み始めその面白さに夢中になったという。
没後10年にナンシーさんについて書こうと早い時期から決意して書かれた今回の新刊では、同居していた妹さん、幼馴染みからマスコミ関係者、著名人まで100名近い関係者にインタビューを重ねている。そこに横田さん独特の客観を努めたクールさが加わり「評伝」の名に恥じない掘り下げた人物評に仕上がっている。
またナンシーさんの面白さについても通り一遍をなぞるだけでなく、従来あまり指摘されてこなかった「定点観測」の魅力についても声高に言及している。
「郷ひろみ、神田うの、山田邦子など、ことあるごとに取り上げる人物やテーマがあります。それらを時系列に並べて定点観測的に読んでいくと彼女の文章の魅力が倍増するんです。そのことが今まであまり話されることがなかったのは不満でした」
暗いニュースが多い現在「今もナンシーが生きていたら」という声が絶えないのは当然かも知れない。それはナンシーさんにものごとの本質を看破して欲しいということよりも、むしろ現代のモヤモヤをぶっ飛ばして欲しかったという思いからくるものなのではないだろうか。
何しろナンシー関のコラムは閉塞知らずで問答無用に面白かったのだから。
(鶴賀太郎)
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