大統領選挙を11月に控え、米国における選挙熱が少しずつ高まっている。民主党のオバマ大統領が再選を果たすかが、もっぱらの関心である。


ところで、オバマ大統領が2008年の大統領に当選した際、福井県小浜市から「オバマを勝手に応援する会」が立ち上がったニュースを覚えている方も多いだろう。

「大統領就任式に出席し、ホワイトハウスの庭でおばまガールズがフラダンスを披露する」という当初のプランは叶わなかったものの、オバマ氏が来日した際、リムジンごしに手を振り合ったり、米国独立記念日に大使公邸にメンバーが招待されるなど、交流は静かに続いていたようだ。

小浜市以外にも、「名前が同じ」という、それだけの理由から始まった国際交流は他にもあり、今回はそんなサクセスストーリーを集めてみた。

愛知県に、新城(しんしろ)市という場所がある。戦国時代、有名な長篠の戦いの舞台でもあった長篠城があったところである。

新城、という名前は、奥平氏が長篠城から移転築城した「新城城(しんしろじょう)」に由来するのだが、例えば米国インディアナ州に「ニューキャッスル」という市があるように、世界各国には、「新しい城」という意味を持つ都市が数多く存在する。

そこで、新城市は、世界各国の「新しい城」という意味を持つ都市と親睦を深めるべく、1998年から「世界新城サミット」なるイベントを開催しているそうだ(サミット名は2010年からは世界新城アライアンス会議に変更)。

2010年の参加都市は、新城市に加え、ノイブルグ(ドイツ)、ニューキャッスル(アメリカ)ヌシャテル(スイス)、ニューキャッスル(南アフリカ)、ニューキャッスル・アポンタイン(イギリス)の合計6都市。かなりグローバルな感じである。

サミットでは学生交流や文化交流に関する議論のほか、「他にもある世界の『新城市』をアライアンスに巻き込むための方策」を検討するなど、その拡大志向ぶりには目を見張るものがある。

一方で、2008年のサミット開催後の市長ブログでは「第1回に参加したフランスのヌフ・シャトーは、2回目からは音沙汰なしだし、アメリカ・ペンシルベニアのニューキャッスルは、第3回をインディアナと共同開催した後、不参加となった」という経緯も報告されており、開催には苦労もありそうである。会議は隔年で行われており、予定通り行けば今年が会議は開催都市にあたるので、今後の新城市に注目である。


また、新城市から南西、知多半島の北方にある愛知県知多市は、ロシア(当時はソ連)の東シベリアにある「チタ」という市と交流を持っていたことがあるらしい。これは知多市青年会議所が中心になって行っていた活動だそうで、当時活動をしていた、早川さんに話を聞くことができた。

早川さんによると、「日本ふるさと塾の荻原茂裕氏を招いて、まちづくりに関する講演会を開催したことがあったのですが、その時、チタ市の存在を知り、何か交流ができないか、という話になりました」というのがきっかけだったのだそう。

当時、チタ市はソ連軍の重要拠点で、外国人の受け入れはされておらず、また、冷戦の名残から、日本とソ連の間には友好的な関係があるわけではなかった。

一方で、チタにある火力発電所は、第二次大戦時にシベリアに抑留されていた日本人も建設に関わった経緯があるようで、「旅行会社、新聞社、墓参希望者など様々な方の力を借りて、1991年に、チタ市訪問が実現しました」とのこと。とはいえ、ビザの発給も難航し、外務省の担当者さんには大変お世話になったのだとか。

交流はその後10年ほど続き、知多からチタへの訪問、チタから知多への訪問が、それぞれ1年おきに続いたのだそう。しかしながら、「あまりにも近くて遠い、シベリアのチタ市との国際交流は、知多青年会議所の単独では負担が大きくなり、毎年の行き来は難しくなりました」とのことで、残念ながら、現在は停止しているそうだ。

ちなみに、早川さんは、第一回チタ訪問の団長として、チタを訪問されたのだが、その際、「偶然、ダライ・ラマ14世が同じホテルに宿泊しており、名刺交換をさせてもらった」こともあるらしく、その偶然もさることながら、ダライ・ラマ氏が名刺を持っていたということに驚きを禁じ得ない。

公式な交流は停止しているものの、東日本大震災の際には、領事館を通してお見舞いのメッセージが届いたりなど、交流は細々と続いているようである。

ちなみに、「オバマを勝手に応援する会公式サイト」は、2011年7月から更新が止まっているのだが、今年の大統領選ではどのような活躍を見せるのか、あるいは見せないのか、注目である。
(エクソシスト太郎)
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