社員にとって一番困るのは突然の解雇通告。ドイツでは「解雇保護法」によって11名以上の従業員の会社では、よほどの理由がない限り、解雇できない仕組みになっている。仮に解雇した場合、裁判沙汰になるのは必至。なので、会社側はドイツ人を「解雇」しないでリストラする方法を考え出した。
「うちの会社は最近、海外支社で何千人も解雇した。ドイツ国内ではそんなことはできない。解雇保護法で守られていることもあるが、大量解雇のニュースで会社のイメージに傷がついたら、消費者はとても残酷にその会社の商品をボイコットするから」
その例として、最近イメージ悪化で倒産した7000店舗以上もあったドラッグストア・チェーン店(Schlecker)がある。実は以前から、同社についての悪い情報(給料安い、休暇少ない、などなど)がよく消費者の間で知られていた。
というわけで、「解雇」という醜い単語を回避するため、「リストラ」という名目で、職場をどんどん人件費の安い外国に移すという狡いやり方を採用している。それは同社だけでなく、他の会社でもよく行われるようだ。その結果、職場が海外へ移ったことでドイツ国内で要らなくなった人達をどうするかという問題が発生するのだ。その問題解決策として、「退職奨励制度」を導入している大企業が多いという。
制度の形態は各企業によって様々。今回は話を聞いたドイツ人が勤める企業の「早期定年プログラム」を紹介しよう。同プログラムの対象年齢は55歳以上で、対象者に対して会社側は以下の条件を提示する。
「もう会社に来なくていいよ」
「55~60歳まで、額面給料の90%を報酬として払いますよ」
「60~63歳まで国民年金(納めた年金保険料によって月10~25万円まであり得る)、企業年金(月3万円程度)に相当する額(計月13~28万円まで)を払いますよ」
55歳からの早期退職に応じれば、仕事をしなくても額面の90%を貰い続けられるというのは一瞬凄く魅力的に感じるかもしれない。ところが、実は以下に説明する「罠」が存在する。
額面が仮に50万円としよう。もらい続けられるのは90%の45万円、そのうち7万円くらいは所得税で消える。そして将来の年金を受け取る権利を破棄したくないので自発的に年金保険料(以前は会社が半分負担していた)の全額10万円を収める。
「貯蓄に余裕がある、第2の仕事がある人以外で同プログラムを承諾したら、後でびっくりするだけでなく、かなり後悔することになるでしょう」
他方、昨年のリストラ(ドイツ国内のみ)で多くの従業員に「退職金を払うから辞めてくれないか」という提案があった。退職金の算定は以下の通り。
・年収(ボーナス含む)を12で割って、それを月収とみなす。
・その月収を働いた年数分で掛け合わせる。
例えば20年働いて月収50万だったら1000万円の退職金が支給される。その退職金を受け取り、さっさと辞めて行った社員もいれば、3年前から辞めることをずっと拒否している人もいる。
退職金でも、早期定年プログラムでも辞めない社員はどうなるか。ドイツの労働市場でも、若くて安い人件費の人材がいいという傾向が最近目立ってきており、当然それが50歳前後の会社員に対する無言のプレッシャーになることはいうまでもない。具体的にはこんなプレッシャーがあるという。
・40歳過ぎたらもうおじさんと思われる。
・50歳以降の人は完全にアウト(出世なし)、もうチャンス一切ないという雰囲気。
・20代社員の割合がどんどん増える(若いだけでなく痩せていて、綺麗で、残業好きで、エリート層に属していると顔に書いてあるような女性)
・ほぼ賃金ゼロのインターンが急増する。
・30代、40代の女性が部長、役員クラスにどんどん出世していく。
この30代、40代の女性エリートたち、なぜか金髪で容姿端麗、痩せ型ばかり。ある部署で行われたミーティングに参加した女性たちも同様な特徴を持った人が大半。「これって女性の仕事能力ではなく、人事部の女性の好みで選ばれ、出世していくのでは」と勘ぐりたくもなる。こうした女性たちに追い抜かれていく男性社員たちの心境はどんなものであろう。
ちなみに、ドイツの公的年金の支給年齢は67歳(以前は65歳)だが、14.4%(48×0.3%)の控除で63歳から前倒しで受け取ることも可能。ここでちょっとおもしろい統計データがある。「事実上、法定上の各年金受給年齢(男女別)の国際比較(2010年)」(Statista調べ)では、法定上は65歳なのに男性61歳、女性62.1歳でもう仕事を辞めている結果になっている。前述の早期定年プログラムの影響などが大きいと思われる。日本人では男性66.5歳、女性69.5歳となっている。
なお、日本社会ではお馴染みの下請け会社、関連会社などへの「天下り」だが、ドイツではそのような慣習はほとんど存在しないという。また、これまでの話でお分かりのように「終身雇用」もずっと昔になくなってしまっている。
中高年のドイツサラリーマンの多くはこうしたリストラや会社の勧めもあって、できれば会社を早く辞めて、「第2の人生」に踏み出したいと思っているようだ。だが、現実は厳しい。生活維持のためどうしても辞められず、辛抱して働いている中年層が多いのも事実だろう。彼らの中には優秀な人もたくさんいる。そうした人材とコンタクトして、日本で積極的に活用してみてはどうか。
(羽石竜示)