「僕、ゲイなんです」
彼 ー 柳沢正和さん ー が全世界に向けてカミングアウトをしたのはTEDxTokyo 2012での会場。TEDxTokyoとは今年で4回目を迎えるイベントで、様々な分野の講演者(スピーカー)がプレゼンテーションを行うものだ。本家はアメリカのTEDカンファレンスと呼ばれるもので世界的に人気が高く、この4月よりNHKのEテレで「スーパープレゼンテーション」として毎週紹介されているのでご存知の方も多いかも知れない。
しかし全世界が注目する大舞台でカミングアウトをすることは、容易なことではないのではないか。
「すごく悩みました。僕の行動が他のLGBTの人に不必要にカミングアウトをしなければいけない、という強迫観念を与えることだけは避けたいと思いました。カミングアウトだけで必ずしも問題が解決するわけではないですから」
この発言には驚いた。カミングアウトに際し個人的に勇気を要したのではないかと思い質問したにも関わらず、柳沢さんの口から出たのは他のLGBTを気遣う言葉だった。LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとったもので性的マイノリティーの総称としてよく使われる。柳沢さんが彼らのことを慮らずにはいられなかったのは、それだけLGBTの置かれている状況が生きづらいものだということなのだろう。
人知れぬ重圧を抱えながらも、舞台に立つ決意をさせた思いは何だったのだろうか。
「特にLGBTの権利を声高に主張したいというわけではなかったんですよ。ただ互いが違うということを受けいれることによって、みんな自然に自分らしく暮らせる世の中になればいいなという思いでした」
その思いをひとつの形にしたのが「カラフルカフェ」だ。葉山一色海岸に夏場の週末だけオープンし、LGBTを中心に運営されている。
柳沢さんがこのカフェのプロジェクトリーダーを務めた昨年は、LGBTだけではなく近所の人や観光も含めたくさんの来場者がきたという。
「大勢来てくださったこともありがたかったのですが、それ以上にうれしかったのはこのカフェではLGBTもストレートもみな自分らしく自然に振る舞ってもらえたことです」
このカフェにはソフトバンクやアルファロメオのような大企業も協賛についている。LGBTを取り囲む社会状況は改善してきているのだろうか。
「あからさまに悪意を持って差別するような人は減ってきていますし、いい方向に進んでいるとは思います。でもマイノリティーの存在を想定さえしていないケースがまだまだあると思うんですよね」
そのことはLGBTの問題に限らない。プレゼンテーションの翌日、会社である人から「自分はゲイではないけれども、自分の中のマイノリティーの部分と突き合わせて考えてみたよ」と言われハッとしたと柳沢さんは語る。自分も気づかないうちに人を傷つけてしまっていることがあるのかも知れないと気づかされたのだ。
日本人が一丸となり高度経済成長を目標としてきた時代は過ぎた。社会が成熟しそれに伴い新しい問題も浮上してきた。
人々の生活の多様化とともに人々の抱える問題も増えてきている。共働きながら保育園の空きがなくて困っている人もいれば、介護をしながらフルタイムで働かなければいけない人もいる。そしてLGBTもいる。
他人からは見えづらい問題を抱えながら生きていかなければいけない人々が、少しでも楽に自然体で生きられるような社会はこれからの日本には必須だ。
そのためには一人ひとりが違う人間であり、違う問題を抱えていることを理解し、受け入れなければいけない。
そういう思いを柳沢さんは「Acceptance(許容)」というプレゼンテーションのタイトルに込めた。
(鶴賀太郎)