オリンピックの影に見落とされがちでしたが、夏の風物詩は今年もやっぱりまぶしく輝いています。
ところで、甲子園を見ていると、ついつい体がむず痒くなって野球がしたくなったり、脳が火照って野球漫画や小説を読みたくなりませんか。高校野球漫画と言えば、『ドカベン』『タッチ』に代表される伝統的な一大漫画ジャンル。現在連載中のものでオススメは?と訪ねたところで、やれ『ダイヤのエース』だ『ラストイニング』だ『大きく振りかぶって』だ、と意見が分かれることと思います。そこで今回は、これから一気読みをする上でもまだまだハードルが低い“既刊10巻以内”という縛りの中で、オススメ・注目の高校野球漫画をご紹介します。
◇『砂の栄冠』※既刊9巻まで発売中
週刊ヤングマガジンで連載中の作品が『砂の栄冠』。テーマはズバリ「高校野球と金」です。
「グラウンドには銭が埋まっている」とは『グラゼニ』はもとより古くから野球界に伝わる格言ですが、この漫画ではなんと、逆にグラウンドに銭を埋めてしまうところから物語が始まります。主人公はプロのスカウトたちが「投手ならば15勝以上出来るエース、打者ならば3割30本が狙える守備も上手い大型内野手になれる」と絶賛するほどの野球センスを持つ七嶋裕之。群馬県の県立高校・樫野高校野球部の古くからのファンである老人トクさんから託された1000万をグラウンドに埋め、必要な時に掘り出してチームが強くなるための環境整備、コーチの招聘などに使います。七嶋以外はいたって普通の高校生の集まりである進学校の野球部がどうすれば甲子園に出られるのか、現在の高校野球に潜む問題点や課題を浮き彫りにしながら物語は進んでいきます。甲子園出場の手段としてトーナメントを勝ち進むのではなく、はじめから「21世紀枠」を狙う、という初期の目標がそれを端的に示しているでしょう。
作者は『ドラゴン桜』でお馴染みの三田紀房氏。東大に受かるためだけの方法論で人気を博した作者がその題材を高校野球に切り替えた、と見ると構造がわかりやすいと思いますが、一方で三田氏は『クロカン』『甲子園に行こう』など多数の野球漫画をこれまでにも手がけてきており、試合展開の妙や説得力はサスガのひと言です。
これから読む方に是非とも押さえてきたいただきたい見どころは、主人公・七嶋がどんどん腹黒く進化していくところ。「さわやかな高校球児」を演じつつ、その裏で大人たちを利用し、見限り、自分が勝つために、チームが強くなるためなら手段を選ばなくなります。
そしてもう一つの見どころは、「ガーソ」こと監督・曽我部のダメっぷり。チームが強くなったのは七嶋のおかげなのに、自分の采配のおかげと有頂天になり、そして遂には余計な采配や選手起用をしてチームに不必要なトラブルを招きます。むしろ、ガーソ、次はどんなことやらかしてくれるのか!? と楽しみになってくること間違いなしです。
◇『ボール・ミーツ・ガール』※既刊1巻まで発売中
“この野球部は水穂初芽を甲子園でプレーさせるためにある部なの”
水穂初芽は主人公の一人である、女性。そうです、この『ボール・ミーツ・ガール』という漫画は野球センスバツグンの女子高生・水穂初芽を要する浅草中央高校野球部のお話です。現在の高野連の規定では、女子は公式戦に出場することはできません。つまりは、ルール違反です。この作品はそのタブーを犯し、常識を覆して甲子園を目指す、いわば「挑戦」と「冒険」の物語です。
実際、野球部監督にしてこの企画の発案者・藍上彩葉は「この野球部は野球というルールに則って野球ではないスポーツをして甲子園出場だけを目指す野球部だから」と語り、将来プロを目指すつもりの真面目な生徒は野球部には入部させない、というトンデモ発言が次々飛び出します。例えば、「した!」「しゃーす!」というよくある球児の挨拶に対して「普通じゃなく異常」と説き、“『ありがとうございました』『よろしくお願いします』もはっきり言わない 言えないのは子供よ 大人の世界じゃ通用しない”と、練習を開始する前に選手全員にアルバイトをさせて挨拶や社会常識を学ばせ、「絶対的精神的優位」を手に入れようとします。
“肉体的 才能的 技術的に勝てないあんたたちはこの「絶対的精神的優位」という武器だけは必ず手に入れなきゃならないの そうすればどんな名門校と対戦したって気後れすることないわ だって あんたたちは大人で 相手は所詮ガキだもの”
納得できるような、できないような……。物語はこんな調子で、高校野球、ひいては野球という競技にはびこる「常識」や「ルール」を疑うところから展開していくのです。
描いているのは漫画家たまきちひろ氏ですが、原作に名を連ねるのは綱本将也氏。“年齢”に焦点を当てたサッカー漫画『U-31』、そして“監督”に焦点を当て大人気の『GIANT KILLING』の原作者として名を馳せる綱本氏、と聞けば、その特異な物語構造にも納得いただけるのではないでしょうか。
既刊の1巻だけでなく、連載中の「ジャンプ改」でもまだ練習ばかりで試合描写もなく、各キャラクターの性格や特徴も、そして、超高校級という設定の水穂初芽の実力のほどもまだまだ未知数ですが、早めに唾をつけて知ったかブリするには今がチャンスである、と言えるでしょう。
◇『ポンチョ』※既刊2巻まで発売中
「超本格高校野球漫画、堂々プレイボール!!」というふれこみで週刊ヤングマガジン誌上で連載スタートしたのが、今回最後に紹介したい作品『ポンチョ』です。
この作品、悪く言えば「どこかで見たことあるような……」という設定、良く言えば「これぞ王道スポ根漫画」と言いたくなる設定が満載なのが特徴です。
例えば……
・主人公にして素性不明の天才バッター・通称「ポンチョ」
・肩を壊して野球を辞めた、元・全国区のエースピッチャーとの運命の出会い
・野球の知識バツグン! 好みの男性は野村克也、と語る美人マネージャー
・部員は9名揃わず、おまけに部室は不良が占拠中、の県内最弱野球部
・その不良のリーダーは、元天才キャッチャーにして県内屈指の名門校の監督の息子
・そんな名門校と、県内最弱野球部による“これが最後”の対抗戦
・2軍メンバーで様子を見ていたものの、思わぬ苦戦に顔を出した強豪校のレギュラーたち
いかがでしょうか? どこかで聞いたことがあるような、見覚えのあるような設定ばかりにもかかわらず、気になって仕方がないという不思議。
最近、野球漫画に限らず、設定やテーマの奇抜さが売りの“変化球”的な作品が多く、もちろんそれはそれで楽しめるのですが、ここまで“直球ど真ん中”で勝負してもらえると、読んでいても頼もしい限りです。
作者である立沢克美氏はこれが初の週刊連載ですが、実はあの井上雄彦氏の下で長年チーフアシスタントを務めてきた、という実力と実績の持ち主。
漫画的王道さ、はもちろん、投球における「バックドア・フロントドア」理論(外角のボールゾーンからストライクゾーンに入ってくる球を「バックドア」と称するのに対し、その逆が「フロントドア」)など、最新の技術的知見やノウハウも多数登場し、その「本格」っぷりをさらに際立たせます。
まだまだ今後の展開がどうなるかわからない部分も多いですが、期待感も込みでオススメします。
という訳で、異論反論出てくるでしょうが、既刊10巻以内の注目高校野球漫画を3冊ご紹介してみました……話題騒然のあだち充『MIX』はノミネートしないのかって? あれは「高校野球漫画」っていうよりは、やっぱり「あだち充漫画」だと思うんですよね、ジャンルとして。というか、まだ明青学園中等部ですから。高等部に舞台を移してきたときにでも、また検討したいと思います。
(オグマナオト)