ヨーロッパのグルメ大国といえば、フランスやベルギーを思い浮かべる人が多いだろう。日本ではインテリアやデザインのイメージが強い北欧だが、実はグルメな人たちからの視線もアツイ美食エリアなのだ。
とはいえ、知らなくても無理はない。デンマーク大使館のカーステン・ダムスゴー大使も、
「正直にいって、10年前は北欧料理に誰も注目していなかったと思います」
と言っていたくらいだから、その進化はごく最近。ここ10年内の話なのだ。
現在、世界ナンバーワンといわれるレストランはデンマークの首都コペンハーゲンにある「Noma」。イギリスのレストラン誌が毎年発表する「世界のベストレストラン50」で3年連続1位を獲得している。ちなみにベスト50のうち6軒が北欧勢だ。
さらに最近では料理界の五輪ともいうべき「ボキューズ・ボール国際料理コンクール」でも、北欧シェフたちはトップ争いの常連。なんと昨年は、北欧全体のメダル数がフランス・ベルギーの合計数より多かったのだとか。
そんな北欧のシェフが集まるグルメイベント「ノルディック・スターシェフ・イン・ジャパン」が先日、東京で開催された。デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンの駐日大使館が各国から1名のスターシェフを招へいし、食に関する交流を促進するという、世界でも珍しい試みだ。
実は北欧料理は日本料理との共通点も多い。イベントでもフィンランドのアンット・メラスニエミシェフが、
「食材本来の味や形状を活かし、美しく盛り付けするところが共通しています」
いっていたし、「NARISAWA」の成澤由浩シェフも、
「(北欧は)日本に近い食文化だと思います。海に囲まれ、山があって。シンプルに自然の恵みをお皿の上にのせているなあという印象です」
とコメント。たしかにイベントで出てきた料理も、盛り付けなどに日本料理との共通点を感じるものが多かった。
最近は科学技術を駆使した調理スタイルも人気だが、そうしたブームとは一線を引き、純粋さ、シンプルさ、新鮮さを重視。料理として素材を感じさせるのが大切だそう。国によって多少違いはあるものの、そのあたりの食への理想像は北欧に共通しているそうで、デンマークのトーステン・シュミットシェフいわく、
「料理の写真を見れば、北欧のシェフが作ったものかそうでないかがわかる」
というからスゴイ。
北欧料理の進化のきっかけの1つになったのが、2004年に北欧5カ国を代表する12人のシェフによって署名された「新しい北欧料理のマニフェスト」。マニフェストなんて聞くと、なんだか大層な感じもするが、高級レストラン向けの特別なものではなく、むしろ田舎の民宿や病院、学校の食堂など、一般の人たちに北欧料理の正しい知識を広げることを目的に作られたもの。つまり新しい北欧料理とは一部の高級レストランで供されるだけではなく、国全体として研究され、その意識やレベルがあがっているのだ。
マニフェストでは、「われわれ北欧の料理人たちは、今こそ美味しさと北欧ならではの個性を持った『新北欧料理』を生み出し、世界の偉大な料理と肩を並べる時であることを確信する」と述べ、その目的として以下10項目を挙げている。
(1)北欧という地域を思い起こさせる、純粋さ、新鮮さ、シンプルさ、倫理観を表現する
(2)食に、季節の移り変わりを反映させる
(3)北欧の素晴らしい気候、地形、水が生み出した個性ある食材をベースにする
(4)美味しさと、健康で幸せに生きるための現代の知識とを結びつける
(5)北欧の食材と多様な生産者に光を当て、その背景にある文化的知識を広める
(6)動物を無用に苦しめず、海、農地、大地における健全な生産を推進する
(7)伝統的な北欧食材の新しい利用価値を発展させる
(8)外国の影響をよい形で取り入れ、北欧の料理法と食文化に刺激を与える
(9)自給自足されてきたローカル食材を、高品質な地方産品に結び付ける
(10)消費者の代表、料理人、農業、漁業、食品工業、小売り、卸売り、研究者、教師、政治家、このプロジェクトの専門家が力を合わせ、北欧諸国全体に利益とメリットを生み出す
(2)などはまさに日本料理の価値観と同じ。また、(10)を読むと今後は北欧料理や北欧のフードデザインも北欧を代表するマーケティングツールになっていくのだろう。
きれいな水、新鮮な魚、ジビエ、森のキノコやベリーなど、自然の恵み豊かな北欧から発信される新しい食のカタチ。世界の料理シーンでますます存在感を増していきそうだ。
(古屋江美子)