「アイーン」「ラミ茶」「ゲッツ」など、様々なパフォーマンスで人気のラミちゃんこと、アレックス・ラミレス選手(横浜DeNAベイスターズ)が6日の試合で2000本安打を達成した。
外国人選手として初めての偉業であり、1695試合での達成は史上2番目の最速記録(1位は打撃の神様:川上哲治の1646試合)だ。
【ラミレスを救ったアドバイス】
メジャーで4番を務めたこともあるラミレスが、そもそもなぜ日本にやってきたのか。
ラミレス自身、日本野球についての知識もイメージもなく、来日前の情報は、インディアンス時代の監督であり、ヤクルト・近鉄で活躍した「赤鬼」チャーリー・マニエルから聞いた話と、高倉健出演の映画「ミスター・ベースボール」の2つだけだったという。そんなラミレスが2001年にヤクルトに入団したわけだが、来日の目的はズバリ、ローン返済。
《僕はちょうど、前の年にフロリダに家を買ったばかりで、まだ月々のローンが残っていた。ついでに言うと、車2台のローンも(笑)。メジャーリーグの年俸では、払いきれなかったんだ。そこで僕は、うちの奥さんにこう切り出した。「日本のチームに誘われてるんだ。1年間、日本でプレーすれば、この家のローンも、車の残金も払えるよ」 だから、1年日本でやって、アメリカに戻ってくればいいんじゃないかってね》(『ラミ流』より)
そんな腰掛け感覚の軽い気持ちで日本にやって来たラミレスは、果たして、シーズン開幕後の1ヵ月で、打率は2割1分台&三振数もリーグトップ。日本野球をナメきった挙げ句、何の結果も残せず帰国していく助っ人外国人の典型的なパターンとも言える。
この窮地を救ったのが、当時のヤクルト監督・若松勉だ。
《「ラミちゃん、日本で成功したいと思ったら、もっとセンターからライト方向に打つことを心がけなきゃダメだよ」(略)彼のアドバイスは正しかった。すぐに結果が出てきたんだ。僕が若松さんにそのことを話すと、若松さんは「それでいいんだよ。そのまま続けていれば、大丈夫」と言ってくれた》(『ラミ流』より)
まさに、「ミスター・ベースボール」における中日ドラゴンズ監督・高倉健と大物メジャーリーガー・ジャックの関係性そのもの。興味深いのは、当時のヤクルトのチームメイトには、古田・宮本・稲葉と、後に2000本安打を達成する選手が4人もいた、という事実。安打製造機として名を馳せた若松氏の指導力とヤクルト球団の人材発掘力には改めて驚かされる。
【こだわっているのは安打よりも打点】
今回、2000本安打を達成したわけだが、近日中にもうひとつ、別な新記録の樹立も控えている。それが「外国人・通算最多打点記録」だ。現在1位はT・ローズ(元オリックス)の1269打点。ラミレスは昨日時点で1262打点。本人としても、この記録には並々ならぬ思い入れがあるのは間違いない。
巨人に移籍した2008年、いきなりチームを優勝に導いたラミレスは自身初の年間MVPも獲得。しかし、何より嬉しかったのが打点王にも輝いたことだという。
《勝利に直結する打点は僕が最も期待されていることだからね》(『読売ウイークリー』2008年臨時増刊号より)
また、2012年に横浜DeNAに移籍した際にも、打点にこだわる同様の発言を残している。
《やっぱり、僕に求められているのは打点だから、常に打点を中心に考えてプレーしているんだ。(2000本安打については)これはやっぱり個人の成績にすぎない。チームの成績に直結するものじゃないから、今シーズンは、やっぱり100打点のほうにこだわりたいね》 (『週刊現代』2012年3月17日号より)
この「フォア・ザ・チーム」の結果としてラミレスが成し遂げたのが、2003年~2010年にかけての「8年連続100打点」。これは「世界の王貞治」の7年連続をしのぐ、プロ野球記録である。
【成功を導く、100パーセントの準備】
なぜ長期に渡って記録を残し続けることができるのか。その秘訣は「準備」にある、と本人は語る。
《僕は常に100パーセントの準備をしていないと、納得できない。それが僕の仕事の根幹をなすものだからだ。
《僕はフィジカルよりもメンタル面に、多くの時間をかけて準備している。これは、野球の仕事に限らず、ビジネスでも学校でも同じだと思うんだ》(『ラミ流』より)
では、具体的にどのような「準備」をしているのかも掘り下げてみよう。
~試合前の準備~
《試合の前には必ず対戦チームのビデオを見ることにしている。キャッチャーの配球を研究して、次に相手が仕掛けてくるだろう攻撃を見抜き、イメージトレーニングをしているんだ》(『週刊現代』2012年3月17日号)
相手ピッチャーとキャッチャーの傾向については、スコアラーからの情報だけに頼らず、自身でも「ラミレスメモ」として残し、以降の対戦にも役立てているという。
~試合中の準備~
ラミレスが特徴的なのは、相手ピッチャーのタイプや試合展開に応じて、4種類のバットを使い分ける点だ。
速球派のピッチャーには「軽いバット」、変化球主体のピッチャーには「重めのバット」。さらに、確実にヒットが欲しいときには「グリップの太いバット」を、外に逃げながら落ちる球を引っ張りたいときには「グリップの細いバット」……これもまた、用意周到な「準備」のひとつと言える。
そして、バットを選択した後にネクスト・バッターズ・サークルで、また次の「準備」を行う。
《僕はネクスト・バッターズ・サークルで、起こりうるすべての状況を考えておくようにしている。(略)そして「よし、この打席ではここに焦点を絞ろう」と、頭の整理をつけて、バッターボックスに向かうのだ。(略)僕のこういった直前までの準備が、クラッチヒッター(勝負強いバッター)を作るのだと思う》(『ラミ流』より)
ラミレスのこの姿勢は、「野球はマインドゲームである」ということを思い起こさせてくれる。
~試合後の準備~
試合が終われば飲みにいく……そんな野球選手らしいエピソードはラミレスにはない。
《僕は調子がいいときも悪いときも、絶好調のときも、必ず毎日、自分のバッティングを見直すようにしている。これが僕の基本。調子がよかろうが悪かろうが、常に僕のバッティングのよりどころはここにあるからだ。これを続けることで、僕は一定の調子を保つことができる》(『ラミ流』より)
ちなみに、試合のDVDをいつも録画しているのがラミレスの奥さん・エリザベス夫人。「今日は何だかホームプレートから離れていたわよ」など、時には具体的なアドバイスをされることもあるという。そういえば、イチローもかつて弓子夫人の「ちょっと離れてみたら景色変わるんじゃないの?」という一言をキッカケに打撃フォームを変えたという逸話がある。
どうやら偉大な選手の成功の影には、入念な「準備」と「内助の功」が必要不可欠らしい。
さて、2000本安打を達成したラミレスが球界でも一目置いている存在が、中日ドラゴンズの捕手・谷繁元信。そんな谷繁もまた、2000本安打まであと21本、名球会入りが目前に迫っている。
大谷や藤浪、菅野といったルーキーの活躍ばかりが騒がれる2013年のプロ野球だが、ラミレスの偉業達成を契機に、改めてベテラン選手の奮起にも期待したい。
(オグマナオト)